衛星を使った宇宙からのブロードバンド提供をめぐる競争が始まっている。スペースXが2月22日に打ち上げた通信衛星が先駆けになるかもしれない。

高まる熱狂、技術的な困難

イーロン・マスク率いるスペースXは2月22日、通信衛星2基の打ち上げに成功した。これによりマスクは、多くの夢想家たちが失敗してきた宇宙開発競争に参戦したことになる。
地球低軌道(low-earth orbitの頭文字をとって、LEOとも呼ばれる)からインターネットサービスを提供する試みに関しては、これまでに多額の資金が泡と消えてきた。
グローバルスターとイリジウム・コミュニケーションズは破綻に陥りながらも挑戦を続けているが、ビル・ゲイツやボーイングなどの支援を受けたにもかかわらず頓挫した計画もある。
そうした経緯をものともせず、20を超えるベンチャーが宇宙からのブロードバンドサービスをユーザーに届けるべく資金調達をおこなっている。対象となるユーザーの多くは、従来のモバイルサービスを利用しにくい地域に暮らす人たちだ。
カリフォルニア州パロス・ベルデスを本拠とするコンサルティング会社テルアストラ(TelAstra)の社長でアナリストのロジャー・ラッシュは、あるインタビューのなかで「何も変わっていない。変わったのは熱狂のレベルと非現実的な期待のレベルだけだ」と述べている。
マスクが率いるスペースXのほか、グレッグ・ワイラーのワンウェブ(OneWeb)、ボーイング、カナダのテレサット(Telesat)などの企業はいずれも、連邦通信委員会(FCC)に対して衛星を使ったブロードバンドサービス提供の認可を求めている。
だがラッシュによれば、きわめて困難な技術的な課題がいまだに立ちはだかっているという。
地球低軌道システムには、さまざまな衛星を運用するための複雑なソフトウェアが求められる。地平線から地平線へと高速で移動する衛星に照準を合わせる、高度な地上アンテナも必要だ。小規模な装置を開発して資金を節約しても、コストがすぐにそれを凌駕してしまうとラッシュは言う。

90分で1周する地球軌道上の衛星

ボーイングは現在、60基の衛星について認可を求めている。また、FCCは2017年、ワンウェブに対して、イギリスで認可された720基の衛星を使ってアメリカ市場でサービスを提供する許可を与えている。
スペースXの計画には衛星4425基が必要だが、同社はさらに7518基の認可を申請している。FCCのアジット・パイ委員長は、スペースXの計画を支持すると表明している。そのため、スペースXが地球低軌道からのブロードバンドサービス提供の認可を勝ちとる可能性は高いだろう。
スペースXが計画している衛星コンステレーションは、現時点で運用されているすべての国の衛星を合わせた数をはるかに超えるものだ。科学者団体「憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists)」の集計によれば、地球の軌道上にある人工衛星は、2017年8月現在で1738基にのぼるという。
スペースXの広報担当者ジョン・テイラーはメールで送付された声明のなかで、2月22日に打ち上げられた2基の衛星は試験機だと説明した。「これらの衛星が計画どおりに機能したとしても、地球低軌道衛星コンステレーションの設計と配備にあたっては、まだ相当の技術的作業が待ち受けている」と述べている。
テイラーによれば、このシステムが実現すれば、人口のまばらな地域に暮らす人たちが安価な高速インターネットサービスを利用できるようになるというが、料金については言及されていない。
地球低軌道上の衛星は地球の80~2000km上空を飛行し、およそ90分間で地球を1周する。従来の通信衛星は、それよりもずっと高い約3万6000km上空を飛行する。地球1周の所要時間は1日で地球の自転と一致するため、一点にとどまって浮いているように見える。
低い位置を飛行する衛星は、ブロードバンドの送受信という点で利点がある。というのも、信号の遅延時間が短くなり、電話での会話や動画ストリーミングが中断される可能性が低くなるからだ。

投資から収益を得られるのか

業界団体「衛星産業協会(Satellite Industry Association)」のトム・ストループ会長は、全世界でのブロードバンド提供という目標の重要性が増すにつれ、衛星によるサービスへの関心が高まっていると指摘する。
ストループ会長によれば、衛星は軽量化し、安価になっているという。「実験の段階はとうに過ぎており、次の世代へと入りつつある」と同氏は言う。
衛星の性能も向上している。TMFアソシエイツのアナリスト、ティム・ファーラーはあるインタビューのなかで、性能向上のおもな原因は、より多くのデータを運べる高い周波数を使用するようになったことだと述べている。
地上ターミナル(上空の衛星を追跡するアンテナ)についても、小型化と低価格化が進んでいるとファーラーは言う。
イリジウムのような既存の衛星サービス事業者と競争するのは、夢想的なイノベーター以外には不可能だ。
イリジウムは、スペースXによる再三のロケット打ち上げを通じて、66基の地球低軌道衛星群をアップグレードしている。また、2月27日にはビアサット(ViaSat)が高軌道の新衛星から提供するブロードバンドサービスを発表している。
いっぽう、1990年代後半の衛星バブルとその崩壊を生き延びた企業のひとつで、高軌道上の衛星13基からブロードバンドサービスを提供しているインマルサットは、これまでのところ地球低軌道への進出を避けている。
インマルサットのルパート・パース最高経営責任者(CEO)は「私にとってビジネスケースとは、単に『うまくいくか』だけでなく『投資から収益を得られるか』を意味する」と語る。
パースCEOはあるインタビューのなかで「地球低軌道ネットワークにはビジネスケースを見出せない」と指摘し、その実現は「きわめて困難」だろうと述べている。
実現するためには衛星本体を安く製造する必要があるが、一般に「個別の注文事項の多い、高度なあつらえ品」である製品の場合、それは難しい。また、4年か5年ごとに交換する必要もある。

火星都市計画の資金源を狙う

さらに、地上タワーとの接続という運用上の難問もある。何しろ、衛星サービスはどれも屋内で稼働するシステムとはだいぶ異なるのだ。
地球低軌道衛星は、絶えず移動している。1基が地平線の向こうに消えたら、別の1基が途切れなく、ネットサーフィンをしている消費者と接続しなければならない。そうでなければ、インターネットのセッションが中断してしまう。
マスクはこうした課題を衛星を頻繁に打ち上げることで解決しようとしている。マスクが率いるスペースXは高価なロケットを使い捨てずに再利用している。
ブロードバンド衛星2基を搭載したスペースXの「ファルコン9」が2月22日の打ち上げに向けて準備を進めていたさなか、マスクはツイッター上でこれが成功すれば「もっともサービスが届いていない」人たちにサービスを提供できるようになるだろうと述べた。
スペインの観測衛星とともに搭載された2基の衛星は、マスクが描く野心的な計画の一部をなすものだ。マスクは2015年、ワシントン州シアトル近郊レドモンドのエンジニアリング拠点を発表した際に、その計画の概要を説明している。
マスクによれば、システムの構築には100億ドルから150億ドル、場合によってはそれ以上のコストがかかるが、ひとたび開発されれば、スペースXに大きな利益をもたらし、それは火星の都市計画の資金源になるという。
「長期的に見て、火星で都市を築くためには何が必要か。確実に言えるのは、多額の資金が要るということだ」とマスクは述べた。「したがって、多額の資金を生み出す何かが必要だ」

多くの企業がしのぎを削る時代

もうひとりの先駆者であるワイラーが率いるワンウェブはエアバスと提携し、フランスとフロリダで衛星を開発している。ワンウェブには、クアルコムやリチャード・ブランソン率いるバージン・グループ、日本の億万長者である孫正義が率いるソフトバンク・グループも出資している。
また、衛星大手のインテルサットもワンウェブのサービスの提供を計画している。インテルサットの戦略計画担当シニアバイスプレジデントを務めるブルーノ・フロモンはインタビューのなかで、2020年にもサービスを提供できるようになると述べている。
ワンウェブのワイラーによれば、同社は2018年に打ち上げを開始する計画であり、打ち上げのペースは3週間から6週間に1回程度になる見込みだという。ワイラーはこの計画を「2027年までにデジタル格差を埋める」ための「ミッション」と表現している。
それが実現するか否かは、サービス料金を払える人がどれだけいるかにかかっている。そう指摘するのは、マサチューセッツ工科大学でネットワークを研究するビンセント・チャン教授だ。
チャン教授はインタビューのなかで「問題は、技術的に実現可能だからといって経済的にも可能とは限らないことだ」と述べている。「月額100ドルのサービス料金を払う余裕のある人が、アフリカにどれだけいるだろうか。10ドルなら払えるかもしれない。1ドルなら払えるだろう」
衛星産業協会のストループ会長は、多くの企業がしのぎを削る時代が来ると確信している。「その究極の勝者は、消費者ということになるだろう」とストループ会長は言う。「ブロードバンド衛星というカテゴリーの中だけでも、複数の選択肢が存在するようになるだろう」
(取材協力)Olga Kharif
原文はこちら(英語)。
(執筆:Todd Shields記者、Dana Hull記者、Julie Johnsson記者、翻訳:梅田智世/ガリレオ、写真:Violka08/iStock)
©2018 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.