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今日から始まる中国の全人代で、習近平による任期制限の撤廃案が了承される見通しです。「まるで皇帝」「終身主席につながる」など、独裁が強まるとの批判が中国の国内外で噴出しています。

まさに大転換と言える動きですが、印象的なのが日本とアメリカの報道の温度差。今回は日本と比較して、アメリカのメディアの方が危機感を持って報じています。「習近平がロシアのプーチン大統領やトルコのエルドアン大統領らと並ぶ独裁者になる」「米中衝突の現実味が高まった」など、世界の指導的立場にあったアメリカの退潮が進む中、衝撃をもって受け止められています。

習近平はなぜ独裁を強め、それが何をもたらすか──本日から4日間、特集で探ります。
習近平はちょうど文化大革命の頃に青年期を送りました。父親の習仲勲元副首相の失脚も見たし、自身もいわゆる下放で地方の農村に送られました。多くの高齢の中国人同様文化大革命のトラウマは共有しており、幼馴染である薄一波副首相の息子、薄熙来が文化大革命を思わせるやり方で権力確立を図った時には、容赦なく排除しました。
もっとも、文化大革命では習仲勲は命までは失わず、習近平んも共産党への信頼を失いませんでした。共産党への入党が認められず鬱々とした日々を送っていましたが、送られた先の農村の人々がこぞって習近平の入党を請願してくれて、ようやく習近平の入党がかないました。彼の人生で最もうれしかった出来事の一つであったろうと思われます。

中国では、汚職撲滅というのは、他の途上国同様に権力闘争の名目、ということがいえますが、多くの場合、資本主義への反発という性格ももっています。毛沢東が繰り返したように、過去の歴代の王朝でも資本主義の発展を汚職の発生と同一視する発想が根強くあります。無規律な資本主義への生理的といってもいい反発が中国士大夫の根底にあり、資本主義とは士大夫=共産党によって律せられねばならない、という発想が古来からあります。
習近平が様々なやり方で経済活動への監査の仕組みをつくりあげ、ビッグデータやAIをも駆使して上から統制しようとしているのは、おそらく本気であり、情熱さえもっているでしょう。
資本主義の台頭とその抑圧は中国の歴史で繰り返されてきたことです。その際、多くの場合海禁政策、つまり海外貿易や海外進出の抑制を伴いました。中国というのはかなり内向きな国で、現在でも、少なくとも指導部内でもグローバルな覇権のための構想や戦略といったものは共有されているようには見えず、海外進出も内政の都合に左右されているように見えます。

習近平思想なるものは、その学習が各地で進められているものの、内実はよくわかりません。そもそも、習近平は毛沢東のような極度に思想家体質な人物でもないでしょう。しかし、習近平は、文化大革命や大躍進のようなやり方ではないにしても、資本主義の統制に共産党の主なアイデンティティの一つととらえているように見えます。国家主席、党総書記、党中央軍事委員会主席を兼ねるようになったのも、共産党指導下で統制された中国を実現するためでしょう。
連邦制国家でない限り、一つの中央政府が統治する人数が増えれば増えるほど、一つの中央政府が統治する領土が広ければ広いほど、その政府は強大な権限を持たざるを得ない。どのような人物がトップに就こうとも、その肩書が皇帝であれ首相であれ国王であれ大統領であれ何であれ、そうならざるを得ない。かつてのローマ帝国が、その典型だ。頂点の強大な権限が揺らげば、その大きな国家は分裂することになってしまう。
絶対権力は絶対に崩壊する。中国と世界のためにも2期で交代が望ましい。
習政権のやっていることは国益と党益の追求だけであり、それが「中国の夢」の実態だ。
「一帯一路」構想も中国にだけメリットがあるもので、それに賛同する国は富を吸い上げられることになる。
このままでは東シナ海も南シナ海同然になるのは目に見えており、日本は早急に軍備を強化していかねばならない。
こうした場合、外交的に「中国ともうまくやろう」などと思うのは論外だ。そんな姿勢を見せれば、友好国のアメリカも冷淡になる。
とにかく旗幟を鮮明にし、中国とは正面からぶつかり合う姿勢を崩さないことだ。
記事を読んでいて、そもそも2期10年制はどうやって導入されたのかが気になったので探したら、下記記事を見ると鄧小平が毛沢東に権力が集中したことへの反省から導入したものとのこと。一方で、鄧小平は主席を離れた後も、実質的には権力を握る構造となってもいたともある。
http://toyokeizai.net/articles/-/198234?page=2
習近平は私と同い年。中学時代、グループサウンドに聞きほれ、我が家に取り付けられたエアコンをかけながら深夜放送を聞いていたその同じ時、彼は洞窟のような粗末な寝台で、重労働に疲れ切った体を休めていた。
私が、大学で合ハイ(注:私の時代には合コンはなく、合同ハイキングだった)やマージャンにうつつを抜かしていた頃、彼は失脚した太子党の息子として捲土重来を期していた。
そんな彼の信じる者は、自分の父親、毛沢東、プーチンだった。そして権力を握り、仮借なく反対派を粛清してきた。今や絶対権力を握りかけている。
いつの世でも、絶対権力とは「落ちるしかない権力」である。守らないと自分がやられる「恐怖の報酬」が絶対権力である。
習が歴史の例外となれるのか否か。政治外交からの切り口からはもちろんだが、史劇として実に興味深い。
楽しみな連載。