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均一化より多様化がいいのは、万が一間違えた時の逃げ道になるから。突然変異が種を救うこともあるしね。
「AI時代をどう生きるか」というテーマの答えが「これからはルールを決める人材」というのはちょっと滑稽です。

AIとはそもそもルールすら自ら決めて(発見して)しまうからです。ディープラーニングによりそういう新たなパラダイムに入ったからAIが騒がれているのです。

従ってこのテーマで語るのならば、ルールを決める人材、ではなく「これからはアウトカムを自分で定義する人材」くらいの解がふさわしいと思います。
ゆとりの時に教員の考えさせる教育をしたんだろうか『「ゆとり教育が学力低下をもたらした」という批判が集まったことで、実は今、揺り戻しが起きています。教科書の量が「ゆとり教育」の3割増になったものの、授業時間は1割しか増えていない。つまり、この10年はものすごい勢いで詰め込み教育に戻っていて、「自分で考えなければダメだ」とわかっているのに、正解主義の学生がどんどん生まれています。』
指示待ち社員の話が出てきますが、指示待ちになったのは会社側の責任も大きいと思います。権限も、深く考える必要のある仕事も与えず、はいはい、とひたすらボールを返す仕事ばかりさせられて、その挙句、指示待ちにならされてしまった可能性も。会社は社員の無能を嘆く前に、仕事のアサインを含めた育成に真摯に向き合うべきだと思います。
いろいろ言われながらも結局のところ学歴ブランドにとって代われる教育指針って生まれていないように思います。今のところ多くの有名ベンチャー起業家も「学校なんて」と言いながらも、自身は「立派な学歴」を持っている方が一般的。
うちは小学生女子3人で、できれば大学行かずともに道を切り開けるようにしたいと思っています。
まあ、金がないのも大きいんですけど。
これが「自由」「AI」の現実だと思う。
個人的には見出しにあるルールを決める人材というのは、いつの時代でも必要だと思う。というのは、ルールというか基準がないと人間なかなか動けないのが現実だと思っているから。
昔だったら生き残る・食えることが基準、豊かになったから今は自己実現かもしれないが、それも自己基準で考える人(自分が面白いと思ったことを極める・それで食える)、相対基準で考える人(学歴・生涯収支)。相対については、誰かが決めたルール・基準か、決まっていなくても暗黙的に大部分の人が同意するものがあるから「相対」となる。
とはいえ、その基準が単一ではなく多様になってきているとも思うし、みんなが好き勝手にやっているだけじゃ社会は回らない。

そのなかで、亀山さんが話されている「サボっていた子を見つけた時」の話が面白い。最初は相対基準で考えていたから、シマッタと思ったのだろう。でも許容されたから、自分の基準で安心して笑ったのだと思う。
全てとは言わないが、教育はこういう「遊び」も重要だと思う。特に自己基準で考えられる人を増やすためには。

『勢いのあるヤツを集めたつもりでも、いざ「自由にやってみろ」って言うと、やれると思っていたのにやれないことに気づく。みんな自由にさえなれば、何でもできると思っているかもしれないけど、意外と難しい感じはしますね。』
「ルールを決める人材」になるには、明確な価値観、価値基準を自分なりに持つことが必要だと思います。ルールをうまく決めて混乱をなくそうとしようとすると、他所でうまく行っているものを借り物的に紡いだところで限界があるし、むしろ崩壊する可能性が高いからです。

正解志向で安易に答えを外に探す傾向は、無自覚に誰しもあると思うので、価値基準と原理原則をどうつくっていくか。そのための教育が本来の姿であり、教育に頼らずに個人が学び続ける必要があるんだろうなと思います。
ゆとり教育もダメ、働き方改革も、下手すれば競争力を失う。
どんどん、ヒトがAI化している。
本日から全3回で、亀山さんと藤原さんの公開対談の様子を掲載します。400人のお客さんの前でお話を伺ったのですが、聞けば聞くほど、若者に対する愛を感じました。
日本のルールはポジティブリスト方式(=やっていいことを決める)が多いから、ルールに書いてないことはやっちゃいけない世の中になっちゃいました。
場合なにもよるけど、ネガティヴリスト方式(=やってはいけないことを決める)の方が自由な場よりも競争が高まると思います。
この連載について
DMM.com亀山敬司会長がホスト役となり、毎回、経営者や文化人を招待。脱力系ながらも本質を突く議論から、新しいビジネスやキャリアの形について考えていく対談企画。