パナソニックが共創で手がける「無人店舗」、その舞台裏とは

2018/3/6
一般には家電メーカーとして知られるパナソニックだが、60年以上にわたってBtoBに取り組んできた歴史があり、今では売り上げの7割をBtoBが占める。「トータルインテグレーター」として、産業インフラやサプライチェーンの改革に取り組む同社の“B-Side”をひも解く。
福岡を拠点に、全国で212店舗のスーパーマーケットやディスカウントストアを展開している「トライアル」。リテールに留まらない“流通情報革命”を標榜し、創業当初から約30年間にわたり、ITを活用した流通小売の改革に取り組んでいる企業だ。
2月、そのトライアルと「パナソニック スマートファクトリーソリューションズ(以下、PSFS)」が共同で、買い物の未来形ともいえる自動精算サービス「ウォークスルー型RFID会計ソリューション」の実証実験を開始した。
「RFID(Radio Frequency IDentification)」とは、無線通信で情報の読み書きができる、紙のように薄い電子タグのこと。トライアル本社内の実験店舗「トライアル ラボ店」にある全ての商品にRFIDが貼付してある。
そのタグ情報を読み取り、自動的な精算を実現するのが、パナソニック製のウォークスルー型精算レーンだ。
好きな商品をバッグに入れたら、レジの代わりになる精算レーンにプリペイドカードをかざして通るだけ。レーンの出口には液晶モニターが設置されており、購入した商品と金額が表示されるので、間違いがないかを確認すれば会計が終了する。
所要時間はほんの数秒。会計をしているという感覚もなく、ただレーンを通過するだけだ。これならば、レジに行列ができることもないだろう。

無人店舗の裏の“サプライチェーン改革”

経済産業省は昨年4月、コンビニ大手5社と協働で「2025年までに、全ての取扱商品(推計1000億個/年)に電子タグを貼り付け、商品の個品管理を実現する」という「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」を発表した。
RFIDは、多くのサプライチェーンが抱える人手不足や在庫ロスといった課題の解決手段として注目されている。
トライアルホールディングスの西川晋二副会長(株式会社ティー・アール・イー代表取締役社長兼務)は、「レジ作業の効率化により、レジ部門にかかっている年間約40億円の人件費を抑制することができる」と発言。今回の実証実験を経て、主に商品点数の少ない都市圏の小規模店を中心に導入を検討するという。
実証実験の記者発表に登壇したトライアルホールディングスの西川晋二副会長(写真左)、PSFS社長の青田広幸氏(右)
同じく登壇したパナソニックの執行役員でCNS社副社長、PSFS社長の青田広幸氏は、アメリカや中国で導入されているカメラを利用した無人レジとRFIDの違いとして個別商品の識別を挙げた。
「カメラによる識別ではどの商品が売れたのかまでしかデータが得られない。RFIDは製造段階から貼付されており、サプライチェーンを通してトレーサビリティーを実現する。プロセスや生産性全体の改革、サプライチェーン全体の効率化を目指している」(青田氏)
実は、今回の実証実験の大きな目的はここにある。トライアルはただの小売業ではなく、販売する一部食料品の製造や流通も自社で手掛ける。
この製造・物流工程から最終的な精算までの流れを通して、RFIDを使ったデータ管理の検証を行うのだ。RFIDタギングからウォークスルー会計までを通貫して検証する実験は、業界でも初めてだという。
製品に貼られたRFIDタグ。現時点では、1枚あたりのコストは10円強
「レジでの支払いが要らない無人店舗」は確かにキャッチーではあるが、今回の実証実験を「サプライチェーン改革」としてとらえると、それだけではない新たなBtoBの潮流が見えてくる。
スマートストアの実現を掲げるトライアルと、エッジデバイスの活用とRFIDやカメラなどのデータプラットフォームの構築により、製造から小売までを一括管理する次世代サプライチェーンを目指すパナソニック。
そんな両者が手を組む理由とは何か。PSFS社長の青田広幸氏に話を聞いた──。
── パナソニックがサプライチェーンマネジメントに参入する目的、BtoBソリューションを提供することの意味を教えてください。
青田:パナソニックが製造業で培ったノウハウには、プロセス改善や正常・適正化、品質や生産性の向上など、さまざまな取り組みが存在します。製品だけでなく、このプロセス自体をお客様にお届けすることで、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)やSCM(サプライチェーン・マネジメント)を改善することができる。
これまで製造のためにパナソニックが持っていた、表に出ていなかったノウハウを新しい価値として社会に提供していこうというのが基本的な考えです。
食料品や飲料、規格品などを扱う業界は、プッシュ型生産(実需に基づかない見込み生産)が多い。欠品して販売のチャンスを逃さないために、できるだけ消費者に近い場所である店舗や倉庫に大量の在庫を貯めています。
もし、店舗に在庫をストックしていなければ、在庫が切れるたびに注文して、卸しの倉庫から運送しなくてはいけません。倉庫にも在庫がなければ、工場に連絡をして、新たに生産を行う。非常に非効率で、商品の欠品も多くなります。
サプライチェーンといいながら、つながっているのはものの動きだけ。情報はチェーンになっていないのです。
青田広幸(あおた・ひろゆき)/パナソニック株式会社 執行役員、コネクティッドソリューションズ社 副社長、パナソニック スマートファクトリーソリューションズ株式会社 社長。1983年、松下電器産業株式会社入社。アメリカ松下モータ社 社長、オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社 副社長、パナソニック ファクトリーソリューションズ株式会社 社長を経て、現職。
── パナソニックのノウハウは、サプライチェーン改革にどのように寄与するのでしょうか。
青田:現代の製造業では、ほとんどがプル型生産(実需に基づく受注生産)を取り入れています。これはパナソニックも同じで、エンドユーザーの購買行動をもとにして、製造個数や流通のタイミングを管理しています。
このように、製造業がいち早く取り組んだ生産システムのノウハウや知見は、他の業界にも生かせると考えています。例えば、食品がプル型生産に変われば、材料や在庫のロスが減るでしょう。サスティナブルの観点からも、価値があります。
RFIDによる一気通貫の生産システムでは、設定時刻になると自動的に値引きするなどの“ダイナミックプライシング”も可能に
青田:当社が持っているテクノロジーとしては、今回の実証実験に使われたRFIDに加えて、防犯システムで培った高精細なカメラ技術、空港の出国カウンターにも使われている高度な顔認証システム、FA(ファクトリーオートメーション)で使うロボティクス技術やセンサー技術などがあります。
これらを組み合わせれば、生産システムの効率化やトレーサビリティーの実現だけでなく、これまでは見えていなかった購買行動、消費行動をデータ化し、AIに分析させることも可能です。
馴染みのスーパーやコンビニにいけば、その人に最適な品物の案内や提案ができます。そうすると、顧客体験は全く変わるかもしれません。

商社やコンサルとは異なる強み

── サプライチェーン改革には、商社やコンサルティング企業も取り組んでいます。勝算はありますか。
青田:商社が音頭をとって、コンサル会社がアイデアを考え、システムインテグレーターが経営管理システムや業務オペレーションを開発するといったケースは多く見受けられます。
パナソニックがそれらの企業と異なるのは、自社のテクノロジーを使って、現場で使うハードを含めたプロセス改善を提案できる点。プロセスの分析やシステムの設計だけでなく、より現場の視点に立った「お困り事」を解決するイメージです。
例えば、人が介在する領域では、作業ミスや人手不足が課題になっています。そこで、AIやIoT、ロボティクスなどを活用しながら、自動化できるところは自動化する。業務プロセス全体をしっかりとつなげて、情報やモノの流れを設計します。
青田:いずれも、人がもっとも効率よく働けるように、オペレーションを最適化することが目的です。私たちは「現場のトータルインテグレーター」を目指しています。
実は、そのレイヤーでサプライチェーン改革に取り組む企業は、まだ見当たりません。製造業として自社のサプライチェーンマネジメントに取り組み、現場で使うためのさまざまな技術やハードを開発、製造してきたパナソニックしか、プレーヤーがいないのです。
── ソリューション事業のビジネスモデルについて教えてください。
青田:家電やシステムなどの売り切り型とは違うモデルの可能性を感じています。当社が提供するオペレーションシステムやデバイスによって、お客様の生産性が上がったり、廃棄率が下がったりしてコストが削減されると、その分、利益が上がります。その利益の一部をシェアしていただく方向にシフトしていきたいと考えています。
青田:お客様だけでなく、パナソニックとしても「売ることではなく、役に立つことで利益を上げる」というマインドチェンジが必要でしょう。現在、組織も大きく変わっています。技術者とお客様の距離を縮めるために、ビジネスイノベーションセンターという部署を強化しました。
これまでの提案型の営業ではなく、お客様の本質的な課題を聞き出す能力やお客様が享受される価値を数値化する技術や知見が必要になります。カタログを持って「いかがでしょうか」では駄目。「お困り事は何でしょうか」に変わっていかないといけないんです。
── 製造から小売りまでを統合すれば、自社で店舗を出して、プラットフォーマーにもなれるのではないでしょうか。
青田:おっしゃる通りで、パナソニックとしてはそうした展開も視野には入れています。ただ、個人的には「プラットフォーマー」という言葉はあまり使わないようにしています。私は、入社以来、一貫してBtoB畑で働いてきました。その経験から、BtoBの主役は、あくまでお客様ということを理解しています。
ところが、プラットフォーマーという言葉を使った瞬間、私たちのシステムに、客が乗っかるというイメージになってしまいます。そうではなく、お客様に寄り添い、現場のお困り事を肌で感じ、バックエンドからサポートすることでお困り事を解決するのが、創業者・松下幸之助の「企業は社会の公器である」という理念を受け継ぐ、パナソニックらしい姿だと考えています。

顧客と本気で“組む”ことができるか

BtoCの印象を強く持つ顧客からは、パナソニックのソリューション事業に懐疑的な目線もあるかもしれない。パナソニックが、他企業のイノベーションにどれだけ本気で取り組んでくれるのか、という懐疑だ。
青田社長もそれを認めつつ、「技術者など現場のメンバーがお客様の懐に入り込んで、真摯に誠心誠意の対応をすることで、信頼を積み重ねていく」と答えた。
今回の「ウォークスルー型RFID会計ソリューション実証実験」は、まさにその言葉通りだ。プロジェクトが動き出したのは、昨年10月。パナソニックの担当者は、トライアルの現場に通いながら開発を行い、約3カ月で店舗のシステム構築を行ったという。
前述のトライアルホールディングス・西川晋二副会長は、こう語った。
「私たちのリクエストに合わせた製品やサービスをパナソニックから提供してもらい、それを現場で使って修正を繰り返すより、最初から一緒にやったほうが、いいものやサービスができるのは自明の理。小売りの現場をもつ我々と一緒になり、SCM改革の実証実験に取り組んでいることが、BtoCの会社からBtoBに、そして、プロダクトインからマーケットインに変化している表れではないでしょうか」
すでに、売り上げ比率だけを見るとBtoBの会社といっていいパナソニックだが、それは売り切り型ビジネスによるところが大きい。そのビジネスモデルを転換し、「現場のトータルインテグレーター」になるために、BtoBソリューションへの挑戦が始まっている。
(取材・文:笹林司、編集:宇野浩志、呉琢磨、撮影:松山隆佳、デザイン:砂田優花)