【新連載】アジアを斬る新機軸。これまでの常識と訣別せよ。

2018/3/7
今日から「アジア縦横無尽」の連載を開始する。これまで連載していた「リアルタイムASEAN」を引き継ぎ、対象を東アジアからトルコといったより広い範囲に拡大。欧米などにおけるアジア的な要素も取り入れていく。アジア各地で見聞きした変化や新たな時代の風を、タイムリーにお届けしていきたい。

「安いアジア」の終わり

いまや、ビジネスから政治経済、カルチャーまで、新機軸の視点からアジアを見つめるべき時代が到来した。
アジア各国では、これまでのステレオタイプではもはや語れない地殻変動のような変化が起きているからだ。同時に、国際的な影響力を拡大し続ける中国についても、「日本vs中国」「アメリカvs中国」といった単純な図式だけでは説明できなくなっている。
間もなく、これまでの「アジアは安い」といった認識は時代遅れになる。いや、もはや時代遅れと言っても過言ではない。日本など先進国にとって、アジア新興国は現地の安い労働力を活用して生産コストを抑えるという位置付けだった。
しかし、年々、賃金は上昇を続けてきた。マレーシアやタイでも、課長や部長級といった管理職では日本と同等か、それ以上の高い給与水準が求められるケースも出てきている。最近では所得水準の上昇を背景として、サービスや流通業が消費市場でのシェアを獲得するという、生産地から消費地へというシフトもみられる。
「アジアと言えば労働集約型」という時代は終焉へ(写真:kzenon/iStock、インドネシアの縫製工場)
もっとも、今後、アジアは緩やかに中成長に向かい、少子高齢化も進むことが予想されることには留意したい。
先進国は過去に100年、200年という長い年月をかけて、社会保障制度を確立して様々な課題に備えてきた。しかし、アジア新興国は目の前の「途上国的な課題」を解決する前に、少子高齢化などの「先進国的な課題」を抱えてしまうことになるのだ。
「高成長のアジア」「次のフロンティア」といったキャッチフレーズに一定の真実はあるものの、こうしたキャッチフレーズに踊らされず、アジアで進む構造的な変化にも目を向けたい。

グローバル化する新興アジアの企業

アジア経済は、グローバル化の面でも新しい局面を迎え始めている。
企業の「グローバル化」と聞くと、先進国の企業を思い浮かべがちだが、今、急速に進んでいるのは新興国企業のグローバル化だ。
ホンハイ(台湾)やサムスン(韓国)といった実質的に先進国化したアジアに拠点を置く企業は広く知られるようになったが、特に注目すべきは、中所得の新興アジアを本拠とする企業でもグローバル化が進み、続々と国外に進出していることだ。
例えば、マレーシアで病院経営を核とするIHHヘルスケア社はトルコ最大の病院やインドの主要病院を買収するなどして、いまや病院運営の分野では世界第3位の時価総額を誇る。
タイの大財閥CPグループのコア企業であるチャルーン・ポーカパーン・フーズ社の売り上げは、タイ国外が実に3分の2を占めている。同様に、トルコの新興財閥ゾルルが傘下に収めた家電大手ベステル社は、売り上げの6割をヨーロッパでたたき出している。
さらに、まだ事例は少ないが、新興国企業が先進国企業を買収したり、先進国市場に進出したりする事例も出てきている。
新興国を本拠とする企業が投資のプレーヤーとして存在感を高めていることは意外な事実ではないだろうか。
トルコのベステルは液晶テレビなど家電で外国市場の獲得に成功(写真:川端隆史、イスタンブール・アタチュルク空港)

ITの大衆化が起こしたビジネスの変化

アジアでは伝統的な産業が成熟する前に、ITスタートアップが勃興し、ニューエコノミーの時代がやってきている。ある面では、日本を先行している分野もある。例えば、シェアリングエコノミーはもはや当たり前であり、日常風景に溶けこみ大衆化しつつある。
アリババ、テンセント、ソフトバンクといった巨人達が有望なスタートアップに多額の投資を行い、一段と加速してスケールアップしている。また、アジアには英語で事業を行うスタートアップが多いため、世界から資金調達を行える。
日本で似たようなスタートアップが先行していても、多言語対応をしていないために後発のアジアスタートアップに抜き去られることもある。
スタートアップは、労働集約型産業から工業化、付加価値化という段階的な発展とは全く異次元の動きであり、アジアの新しい経済のあり方や、これまでにないビジネスチャンスをもたらしている。
村落部でもスマホが普及。セルフィーをSNSに投稿して世界とつながる(写真:川端隆史、インドネシア西スラウェシ州)

新しいタイプの日本人起業家たち

もちろん、こうした劇的な変化に日本人も無縁ではない。実際、アジアで活躍する日本人起業家も興味深い。異国の地に飛び込み、フロンティア精神でビジネスを成長させていく姿には感銘すら受ける。
本連載では、ユニークな日本人起業家たちを取り上げていきたいが、代表例としてアドアジア社を核とするエニーマインド・グループ創立者の十河宏輔(そごう・こうすけ)のことに触れておこう。
AIを活用したマーケティングソリューションを提供するアドアジア社は、十河が2016年にシンガポールで創業し、2017年には「日本進出」を果たした。そして、創業からわずか2年程度で300人近い社員を擁する規模となっている。クライアントにはネスレなど世界的な大企業が名を連ねている。
近く、香港またはニューヨークでの上場を実現するとみられている。驚異的な成長速度だ。
多くの日本企業が「グローバル化」や「現地化」をテーマに試行錯誤をしているが、十河をはじめとした日本人起業家たちが今、アジアの人たちと同じ目線で肩を並べて、フラットな組織で新たなビジネスに挑戦しているのだ。
エニーマインド・グループ創立者の十河宏輔(撮影:川端隆史、香港)。

急成長の光と闇

一方で、急速な成長のひずみとも言える闇の部分や、「忘れられた人たち」が存在することも、目を背けてはいけないアジアの実態である。
例えば、世界のテック業界に不可欠の存在となったインド。マイクロソフトやIBMといった世界的なIT企業の幹部たちもインドにルーツを持つ人々が増えている。一方で、インドでは絶望とも言える貧困格差、性やカースト制度による差別といった問題は根深く残っている。
インド東部の都市コルカタ(旧カルカッタ)にある、アジア最大級と言われる売春地域のあるソナガチは、見落とされた「陰」の部分の典型事例だろう。ソナガチでセックスワーカーのHIV予防や自立支援に尽力しているスマラジット・ジャナ医師は、筆者に2017年10月にこう語った。
「このソナガチに貧しい地方から流入してくるセックスワーカーの数は減っていない。数ドルで身体を売って生計を立てざるを得ない女性たちもいる。インドの高度成長は、セックスワーカーの供給源となっている地方にはまだ行き届いていない」
本連載では、アジアの目覚ましい成長や、多民族や多宗教が織りなす文化的なダイナミズムも取り上げていくが、経済発展の中で忘れられている人々や、取り残された人々、そして、それを克服しようとする人々にも焦点をあてたい。
ソナガチでの活動に尽力するジャナ医師(写真:川端隆史、インド・コルカタ)

中国をめぐる危うい「二元論」の台頭

ここ数年、中国が一帯一路やアジア・インフラ投資銀行(AIIB)などをテコとして積極的に対外進出をしているなか、筆者が日本の論調を見ていて懸念していることがある。
それは、「日中競争」という点を過度に強調したり、アジア諸国を「親日」や「親中」といった区分をしたりする二元論的な論調を目にすることが増えたことだ。
現在、中国政府による資金援助や官民を巻き込んだメガプロジェクトがアジア各地で進展している。また、パキスタンのようにミサイル開発など軍事協力が進展している国もある。
中国の援助を受け入れた国々に対して、日本人が「かつての親日だった国が親中へと変節した。裏切りだ」といったレッテル貼りに躍起になることに意味があるのだろうか。
中国はパキスタンとの軍事協力を緊密化(写真:川端隆史、広東省珠海市エアショー・チャイナ2016)
今後、多くのアジア新興国は経済や安全保障において、中国のプレゼンスを一定程度は受け入れざるを得ない。ほとんどのアジア新興国にとって、中国はあらがい難く、巨大化する現実なのだ。
中国の対外進出は、日本ではネガティブに捉えられがちであり、アジア新興国側にも警戒はある。実際に、安全保障上の意図が優先して過剰投資を引き起こし、現地経済のリスク要因になっているケースも散見される。ただ、不足していたインフラの開発が進展するといったプラス面も見逃してはならない。
危うい「二元論」の台頭は、中国と比較して日本のプレゼンスが相対的に低下していくことへの、焦りと危惧の表れかもしれない。しかし、デフォルメしすぎた論調は、日本人の中国や国際情勢を見る眼を曇らせていないだろうか。
筆者は年数回、中国にも訪問するが、元々は東南アジアを軸足に調査を続けてきた。
普段は、中国が唱える「海のシルクロード」のチョークポイントであるマラッカ・シンガポール海峡に面したシンガポールに住み、時には中継点のスリランカ、そして西の終着点のトルコに足を延ばすこともある。
そうした「外から見える中国」という視点から、危うい「二元論」に一石を投じてゆきたいとも考えている。
世界市場で快進撃を続けるファーウェイ(華為技術)。中国政府の国策とは別次元で、独自に海外進出を進めてきた中国発グローバル企業へと成長(写真:川端隆史、上海)
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