なぜ、不機嫌なオジサンが増殖しているのか

2018/2/25
今、男性の「定年後の引きこもり」が大きな問題になっている。なぜ不機嫌なオジサンが増えているのか。なぜオジサンは孤独を深めているのか。『世界一孤独なオジサン』の著者である岡本純子氏が「世界一孤独な日本のオジサン」の問題を解説する。

増殖する「定年後の引きこもり」

「引きこもり」は日本の大問題だ。
「買い物などで外出する以外は、家にとどまることが半年以上続く状態」がその定義だが、内閣府の15~39歳を対象とした2015年の調査では、54.1万人が該当するという結果だった。
期間が長期化し、対象者が高齢化していることから、内閣府は2018年度、40~59歳までを対象とした初の実態調査を行うという。
最近は、NHKのニュースで、「『家事手伝い・専業主婦』として、ひきこもる女性」が特集され、注目を集めた。このように全世代、性別に広がる「引きこもり」だが、あまり着目されていないのが、定年後の男性の引きこもりだ。
住宅地にある集会所。元々職員室だったという一室で、グランドピアノの伴奏に合わせて、60~80代の高齢者たちが、生徒用に椅子に座って、楽しそうに合唱を楽しんでいた。
集まった30人はすべて女性。「青い山脈」や文部省唱歌など一通り歌った後には、体操をして、お茶を飲み、世間話に花を咲かせる。
区の福祉協議会の職員いわく、「とにかく、こうして集まる女性たちはみんな元気で明るく、習い事、ボランティアと毎日、何かと忙しく外に出かけている。私より、スケジュールが埋まっている人もいるぐらい」と話す。
「一方で」と顔色を曇らせ、心配するのが「外に出たがらない男性たち」だ。

妻に先立たれた夫の末路

数年前に退職した63歳の夫が「引きこもり」だという68歳の女性。夫は実直で真面目なサラリーマンだったが、「趣味もなく、とにかく外に出たがらない」。放っておけば、一日中、じっと本を読んでいる。
外出というと、たまに図書館に出かけるか、一緒に散歩に行くかだが、妻は色々忙しく、たいていは夫が一人で家にいる。会社時代の友達とたまに会いに出かけるが、離れた場所に住んでいるので、頻繁に会うわけでもない。
他の女性たちに話を聞くと、同じような状況の人が実に多い。
「家にいて、本を読んでいるか、パソコンをいじっている」「テレビを見ている」か「図書館に行って時間をつぶしてくる」。
(写真:iStock/RapidEye)
ある女性はあまりに引きこもる夫に業を煮やして、周到な計画を立てた。
まず、自分が近所の「英語サークル」に参加。夫を連れて行き、何度か一緒に会合に出席し、夫が仲間を作ったのを見計らって、自分は姿を見せるのをやめた。
「私は多趣味で、やることがたくさん。女は“多動力”よ」と78歳には見えないパワフルさだ。そのかいあって、夫は、今、英語サークルの仲間との交流を心から楽しんでいる。
こうした男性の大半はあまり家事をせず、すべて妻に頼り切りで、まさに、徹底した「妻依存」の状態だ。
この職員によれば、ボランティアや集まりに参加する女性は、家にこもる夫を気遣いながら、「ご飯を作らなくちゃ」と時間を気にしながら家に帰っていく。夫が逝くと、女性は「やっと解放された」と生き生きするが、妻に先立たれた男性は「しぼむように」生気を失っていく。
アメリカの調査によると、夫に先立たれた妻の死亡率に全く変化はなかったが、妻に先立たれた夫の死亡率は30%上昇したという。
東京都の孤独死の7割は男性というデータもあるが、ピーク年齢である65~69歳の場合、男性の孤独死者数は女性の5倍以上に上る。

増殖する「老害オジサン」

働いた自分の貯えで、ひっそり生きていくことに何の問題もないだろう、という声もあるかもしれない。バリバリと働き、忙しい生活の中で、老後は1人、有り余る時間を読書三昧で過ごす日々を待ち望んでいる、という方もいらっしゃるのかもしれない。
一方で、「こんなはずではなかった」「やることがない」「つまらない」と無聊をかこつ男性の話もよく聞く。
(写真:iStock/Snap2Art_RF)
人生100年時代に、定年後の長い時間を「引きこもり」、社会から隔絶されるうちに、「寂寥感」と「無力感」に囚われる。そうした人の一部は、ふとした拍子に日頃の「不満」や「怒り」を他人にぶちまける「老害」オジサンとなる可能性を秘めている。
筆者は先日、ある総合病院に検診に出かけたが、60~70代と思しき男性が「なぜ、こんなに時間がかかるのか」と病院スタッフにしつこく大きな声で文句を言っていた。
誰もが同じ条件の下で、待たされているわけだが、どうにも我慢ならないらしい。この病院の医師いわく、こうやって怒っているのはたいてい中高年の男性だ。「不機嫌なオジサンは確実に増えている」と言う。
都内の精神科の医師は「典型的な男性の場合、退職してからが長く、身の置き場がない。肩書をなくし、何者でもなくなってしまう。
家庭内で敬意を払ってもらえず、外のコミュニティーでも上手く立ち回れずに挫折。結局居場所が見出せず、気がつけば趣味もなく、被害者的になって不平不満をこぼしがち。何でも他人のせいにするような歪んだ精神構造になる」と指摘する。
【アトキンソン×山崎大祐】「おじさん」が日本経済を滅ぼす。
街に出て観察してみよう。
歌舞伎、お芝居、ちょっと高級なレストランのランチタイム、韓流のコンサート、観光地。どこを見回しても、楽しそうなオバサンの集団は見かけるが、ビジネス以外のオジサンの集団を見かけることは少ない。
女性専用のフィットネススタジオや習い事教室は無数にあり、どこも大賑わいだが、男性向けは数も種類も断然少ない。
無理に群れるぐらいなら、1人がいい、と多くの男性は言うが、「引きこもり」による「孤独」は足腰などの身体能力を損なわせるだけではなく、精神面、肉体面で、多くのデメリットをもたらす。

孤独になりやすい人の10法則

日本では「孤独」がポジティブにとらえられることも多いが、たばこより肥満より、飲酒より身体を蝕む健康リスクである
イギリス政府が担当大臣まで任命して、「孤独対策」に取り組むのは、それが、人の生きがいや人生の質、そして社会の空気に大きく関わってくるからだ。それではどういった男性が将来、「引きこもり」になりやすいのか。
① サラリーマン
② 転職経験がない
③ 仕事人間である
④ 出世欲がある
⑤ 夢中になれる趣味があまりない
⑥ ここ数年、新しい友達を作っていない
⑦ 都会暮らし
⑧ パパ友や近所との付き合いはあまりない
⑨ やはり、男は「男らしく」あるべきだと思う
⑩ 「肩書」「会社の名前」が自分のアイデンティティー

男らしさこそが孤独の元凶

このほど上梓した著書『世界一孤独なオジサン』では、日本の中高年男性がどのような要因で孤独になるのかを詳しく分析し、その解決策を探ったが、取材を重ねる中で、「孤独になりやすい人」のパターンとして見えてきたのが上記の10項目だ。
【岡本純子】日本のオジサンが「世界一孤独」であることに気づく
生涯続けられる仕事がある人は、まだ「仕事」の生きがいを支えにできるが、サラリーマンは一定の年齢でそのシステムから強制的に退去を求められる。
一生、同じ会社で働き続けてきた人にとっては、長年住み続けた家から追い出されるような衝撃だ。仕事が忙しく、夢中になれる趣味などを見つけたり、楽しんだりする時間のない人は新しいネットワークを作りづらい。
また、地縁・血縁が残る地方や都会の下町では、近所や親戚付き合いというセーフティーネットが担保されているが、都会の住宅地やマンションなどでは孤立しやすい。
さらに、男性は「独りで強く生きられるようにするべき。自分の弱みを見せたり、人に頼ったりしてはいけない」という「男らしさ」に縛られがちだ。
この「男らしさ」(manliness)こそが、孤独(loneliness)の元凶という考え方もある。
男性ジェンダー学の第一人者であるアメリカの社会学者のマイケル・キンメル氏は「男は男らしくあるべき」という考え方が、「孤独や空虚感、つながりの欠落、共感や思いやりの抑圧を生み出すレシピなのだ」と述べている。
定年間近のある大手製薬会社の部長は、先輩から言われたこんな一言を強烈に胸に刻んでいる。
「肩書と会社の名前を徹底的に捨てなさい」。
「私は昔、〇〇会社の専務だった」と地域の自治会などで、口を開くと自慢をし、ひんしゅくを買うオジサンが多いと聞くが、「名刺」に依拠したコミュニケーションを40年近く続けると、それなしで、どうやって会話の口火を切ればいいのかわからないという人もいる。
小さな紙切れ1枚に、自分のアイデンティティーが頼りきりであったことに、定年後、初めて気づくのだ。
前述の社会福祉協議会の職員いわく、「介護の現場で働くケアマネジャーに聞いて回ると、元気で長生きする人とそうでない人の分かれ目は1つだという。それは『人の役に立っているかどうか』だ」。
人は本来、家族や仕事、仲間、地域など、つながりの中で生きていく動物である。今、日本では、つながりの縦糸と横糸が脆弱化し、緩くなった網目からこぼれ落ちる人が激増している。
拙著では、孤独の脅威やその解決策などを多角的に探り、特に、30~50代の方が、将来、不機嫌なオジサンにならないための方策を盛り込んだ。生き生きとした人生を長く楽しむヒントにしていただけたらと考えている。
【筆者プロフィール】

岡本純子(おかもと・じゅんこ)

読売新聞経済部記者、電通パブリックリレーションズコンサルタントを経て、株式会社グローコム(http://www.glocomm.co.jp/)代表取締役社長。早稲田大学政経学部政治学科卒、英ケンブリッジ大学国際関係学修士、元・米MIT比較メディア学客員研究員。これまでに1000人近い社長、企業幹部のプレゼン・スピーチなどのコミュニケーションコーチングを手掛け、オジサン観察に励む。その経験をもとに、オジサンのコミュ力改善や「孤独にならない生き方」探求をライフワークとする。