“3人の若者が、なぜテロに立ち向かえたのか”を本人起用で描く超リアル

2018/2/27
『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』と、実在のヒーローの真実を巧みに描いてきた巨匠クリント・イーストウッド監督。3月1日に公開される最新作『15時17分、パリ行き』は、無差別テロに遭遇した3人の若者たちの人生を、なんと「本人起用」で描ききった実話だ。
イーストウッド監督が「究極のリアル」に挑んだと言っても過言ではない本作を、私たちはどう観るべきか。試写直後の三浦瑠麗氏、高濱正伸氏、菅本裕子(ゆうこす)氏に作品の魅力を語ってもらった。

クリント・イーストウッドは「普通の人」の勇気を描いてきた

映画史に残る数々の傑作で主演・監督を務めてきたクリント・イーストウッドは、近年「普通の人」が勇気を持って困難に立ち向かう姿を描いてきた。
第2次世界大戦でも屈指の激戦として語り継がれる「硫黄島の戦い」を、アメリカと日本、双方の兵士の視点から撮った『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』(2006)。
イラク戦争で160人以上の敵を射殺した、米軍最強の狙撃手クリス・カイル。彼をヒーローではなく、PTSDに苦しむ普通の父親として描いた『アメリカン・スナイパー』(2014)。
川に不時着するという決断によって155人の乗客を救ったにもかかわらず、英雄から一転、容疑者となった機長の苦悩に着目したサスペンス『ハドソン川の奇跡』(2016)。
そして、今回公開されるのが『15時17分、パリ行き』だ。
テロを防いだ3人の幼なじみ(写真右から)米空軍兵のスペンサー・ストーン、大学生アンソニー・サドラー(当時)、オレゴン州兵のアレク・スカラトス。
2015年、乗客554人を乗せたアムステルダム発パリ行きの特急列車内で、イスラム過激派の男が銃を発砲した。極限の恐怖と緊張の中、武装した犯人に立ち向かったのは、ヨーロッパを旅行中の3人の幼なじみだった──。
実話をもとに撮られた本作では、なんと勇敢な3人がそれぞれ自分自身を演じる。さらに、乗客として居合わせた人たちが出演し、実際に事件が起こった場所で撮影に挑むなど、徹底的に「リアル」を追求した作品になっている。
撮影の様子。本作についてイーストウッド監督自身が「この映画はごく普通の人々に捧げた物語だ」と語っている。
事件も映画も衝撃の最新作から、私たちはどんなメッセージを受け取ればいいのか。試写直後の3人の感想をお届けしよう。

【三浦瑠麗】私たちは、日々の「小さな戦い」をすべき

テロや戦争をテーマにした映画は、それによる「パニック」を描きがちです。リベラルな監督は指導者に翻弄(ほんろう)される国民や悲惨な戦場を描いて戦争を批判し、保守派の監督は戦場のヒーローの姿を強調して戦果をたたえる。
でも、今回クリント・イーストウッドはそんな紋切り型の左右対立を飛び越えて、新しいスタンスで映画『15時17分、パリ行き』を撮りました。
この静かな映画からは、「テロに屈しない唯一の方法は普通の人間らしい人間でいること」「兵士もヒーローも普通の人間だ」という、シンプルでとても重要なメッセージが伝わってきます。
これはイーストウッド監督が過去の作品でも訴えてきたことですが、今回、ある日突然ヒーローになった「ごく普通の若者」を主人公にすることで、戦争を知らない私たちにも鮮烈な印象となって伝わってきました。
それにしても、イーストウッド監督が『アメリカン・スナイパー』という傑作を撮ってなお、こんな新境地の映画を世に送り出せるなんて、すごいの一言です。
私たちは日々の小さな戦いをすべきなんだ、というのも私がこの映画から受け取ったメッセージです。
誰が、いつ、テロが起きる列車に乗るかはわからない。でも、恐怖が目の前にあるときに立ち向かえるかどうかは、日常の中にある「選択」といかに対峙(たいじ)し、いかによく生きてきたか、に懸かっている。
この場合の「選択」は、もちろん戦争に参加するかどうかということではなく、組織内での人間関係や家庭の問題。そういった、誰にでもある小さな問題のことです。
それを、「普通の若者の日々の選択の積み重ねが、最後のヒーロー的な行動につながった」という、運命論的な描き方をしているのもいいですね。つい「現場」を忘れて、ビジョンばかりのこざかしい議論に陥ってしまう人は、学ぶところがあるかもしれません。
映画の前半は、幼なじみの3人のヨーロッパ旅行の様子がまるでロードムービーのように描かれる。
女性としては、男同士のちょっと言葉足らずな友情も興味深かったです。「つかず離れず」だけど、誰かが落ち込んでいたら慰める。頑張っていたら応援する。でも、女同士の友情と比べると、ちょっと素っ気ない。
「本当に意思疎通できてるの?」と心配になるくらいのあの距離感、とってもリアルでした。
私自身は、あんまり友人が多いほうではありません。気を使うのが苦手だから、本当に自然体でいられる相手としか続かないんです。
でも、そんな少数精鋭(苦笑)の友人とは、何年かぶりに会ってもいきなり「濃い」関係に戻れる。主人公たちの関係も、きっと同じなんじゃないでしょうか。

【高濱正伸】イーストウッド、87歳。すごいこと考えるな

僕はいつも前情報を入れずに映画を観るので、主人公が本人だなんて思いもしなかった。だから、この事実を知って、思わず「マジかよ!」と叫びました。イーストウッド、87歳。すごいこと考えるな。ただただ脱帽です。
今、僕の頭の中には、イーストウッド監督がいたずらっぽく笑う顔が浮かんでいます。「テロ事件の当事者を主人公に起用して撮るなんて、誰にも思いつかないだろ?」。きっと彼はそう思っている。
映画『15時17分、パリ行き』は、ヒーロー誕生の瞬間を大仰に描くものではありません。どちらかと言えば淡々と、誠実に3人のヒストリーをつづっている。でも、「彼らと同じ時を過ごした」と感じられる臨場感があった。
イーストウッドさん、映画の可能性を感じる、ものすごいものを観させてもらいました。
いわゆる「落ちこぼれ」が主人公なのも、僕の心に響いた理由のひとつ。
みなさんもご存じの通り、シリコンバレーからはすごい数のスタートアップが誕生していますが、大成功したのはほんの一握り。その成功の法則はデータで明らかになっていて、「創業社長が落ちこぼれ」ということらしいのです。
落ちこぼれには、優等生にはない底力がある。これは僕が教育者として感じていることでもあります。なぜなら、落ちこぼれには「親の期待を裏切れない」というプレッシャーがないから。
失うものがないから、他人との比較で腐らずに、自分の信じた道を邁進(まいしん)することができる。だから、成功する。シリコンバレーの天才たちもそうだし、この映画の主人公もそうでしょう。
ただし、これには「親から愛されている」という大前提があります。落ちこぼれでも、愛された記憶があるから、ありのままの自分に自信が持てる。その点、主人公はみんな親の愛に恵まれていた。子どもの頃から、飾らない友情も育んでいた。
スペンサーと母との絆が垣間見える一コマ。
いつの間にか親の視点、教育者の視点で観ていたので、彼らが犯人に立ち向かっていったシーンでは、成長を感じて思わず目頭が熱くなりました。子どもを持つ人は、絶対に観るべき映画です。
もちろん、優等生の多い(笑)、NewsPicks読者にも観てほしい。この映画は、「普通の人も勇気を出せば、自分に与えられた能力で、ものすごいことができる」と勇気づけてくれる。
あなたの人生は、ありのままで価値がある。これこそが、イーストウッド監督が伝えたかったメッセージでしょう。

【菅本裕子】この映画のハラハラ・ドキドキ、全部本物です!

実際に起きたテロ事件なので、知っている人もいるかもしれませんが、映画『15時17分、パリ行き』はものすごいハッピーエンドです。
子どもの頃から「人を救いたい」と思い続けた主人公・スペンサーとその幼なじみの2人が、それまでの人生で学んだことをフルに生かして、本当に大勢の人を救います。
実は私、本でもマンガでも、結末を最初に読む悪い癖があります。
登場人物がどうなるか気になって、最後まで我慢できないのと、怖がりだから、結末を知って安心して見たいんです。ハラハラ・ドキドキの展開を一生懸命考えてくれた作者には、怒られそうですけどね(苦笑)。
この映画がすごいのは、そのハラハラ・ドキドキが全部実話だということ。私がこの映画を誰かに説明するとしたら、こう言います。「映画みたいなホントの話。しかも、主人公を本人が演じてるから、見るとびっくりするよ」
特に私がびっくりしたのは、テロ事件のとき主人公が22歳だったこと。同世代の若い人が、銃を持った犯人に何の武器もなく立ち向かったなんて、本当に信じられません。
どこからその勇気が湧いてきたんだろう、と考えていくと、そのヒントは映画の序盤に描かれる彼らの子ども時代にあって、勉強ではそんなに優秀じゃなかった3人は、いつもサバゲーに夢中。そこで「強い人間になって、いつか人を救いたい」と願うんです。
一念発起して体を鍛え、空軍に入隊するスペンサー。厳しい訓練の日々も、運命の日につながっていた。
私はアイドルを辞めてからの数年間、ほとんどニートのような状態でした。やりたいこともなければ、好きなこともワクワクすることもわからなかった。
でも、こんなことじゃいけない。そう思って、やりたくないこと、嫌いなことを書き出して、残ったのが「モテるために生きてる」ということ。つまり、「愛されたい」「モテたい」というのが、私がずっと願い続けてきたことだったんです。
自分にはこれしかない。そう思って発信したら、私の意見を支持してくれる人が(意外にも)たくさん現れて、今では「モテクリエイター」として活動できるようになりました。
主人公の成し遂げたことと比べると、「何言ってるんだろうな」と思うけど、勇気を出して行動したおかげで、好きなことを仕事にすることができた。
「夢をかなえた」と言うには、テロ事件はあまりにもすごすぎる状況です。でも、彼らを見て、行動する勇気、ひとつのことを続ける大切さを改めて感じました。
事件の直後、“やりきった”主人公のスペンサーがものすごくいい顔をしているので、ぜひ見てください。あれだけは、役者さんにはできない、本物の表情なんじゃないかな。
(取材・文:大高志帆 撮影:加藤ゆき、露木聡子)