米国で過熱する高校生選手争奪戦と、裏に隠れるビジネス

2018/2/18
日本の野球界で注目を集めていた清宮幸太郎選手がドラフト会議を経て、日本ハムへの入団が決まった。
この一連の流れを、太平洋を挟んだ大陸から見ている私は、思うのである。
「仮に彼が、(同じ実力や人気をもったまま)アメリカ在住の、アメリカンフットボールの高校生であったとしたら、全米の大学の間で壮絶な争奪戦が繰り広げられたのだろう」と。
清宮幸太郎は7球団競合の末、日本ハムに入団した
数回前の連載で、高校生フットボールプレーヤーのリクルーティングにまつわるビジネス全般について、ご紹介させていただいた。
日本人としては理解しがたい、高校生のランキングサイト、それらを取り巻くビジネスの存在と、その規模の大きさ、清く正しくあるべき高校生のリクルーティングに関して、大学側が(NCAA規定に基づき)守らなければならない細かいルール。日本のスポーツ界、いや、社会では、想像もできないようなことがアメリカでは現実に起こっている。
今回は、実際の高校生フットボールプレーヤーのリクルーティングについて、具体的な例を順を追って紹介した上で、その詳細を後半で説明させていただくとする。

スーパー高校生がサインするまで

「W・L」 、仮に彼の名前を、こう表記する。
17歳にして、201cm、145kg。前述のランキングサイトによれば、以下のような特徴がある。
・4star (グルメランキングのように、星で価値を表す。最高は5star)
・全米で46位
・テキサス州で10位
すべてにおいて高評価であり、成績も優秀で、全米中のチームが喉から手が出るほど獲得したい選手であった。
W・Lが、我々スタンフォードのリクルーティングリストのターゲットにあがってきたのは、彼がまだ高校1年生の時である。他の選手を見に行った時に、その高校のコーチから、「3年後に、楽しみな選手がいる。頭も良いしスタンフォード向きだ」と紹介されたのが、W・Lである。
その2年後、彼はランキングサイトに名前があがり、ポジション別ランキングでは全米のトップランキングになった。動画共有サイトでの確認と、数回の学校訪問を経て、スタンフォード大学は、彼に正式にスカラシップオファーをすることとなる。
彼にとって、我々のオファーは実に30校目であり、少し出遅れた感はあるが、スタンフォード大学という名前とその価値は、彼とその家族をキャンパス訪問へ導くには十分であった。その訪問では、世界で2番目の敷地を誇るキャンパスのツアーや、彼が興味のあるバイオテクノロジーの世界的権威である教授との面談、現役プレーヤーとのアクティビティ等、彼とその家族にスタンフォードの良さを十分にアピールすることができた。
その数カ月後、彼はSNS上で、「スタンフォードにコミットする」と発表してくれたわけだが、ここからが、また新たな戦いである。他校はスタンフォードをターゲットにあらゆる手段を使って、そのコミットメントを崩しにかかってくる。「コミットしても、あの学校は(入試で)落とすぞ」「入学してからも、勉強が大変だぞ」など、それはそれは醜いものである。
もともと成績優秀だった彼は、狭き門である入試も突破して、後は2月のサイニング・デイを残すのみとなった。
しかし、ここで一波乱。彼の高校のチームメートの多くがテキサス大学へコミットしたのをきっかけに、彼の心が揺れ始めたと、彼の母親から連絡が入ったのだ。それを聞いたヘッドコーチは、急いでチャーターしたプライベートジェットで彼の元に飛び、サイニング・デイへ向けての説得を試みた。
さて、サイニング・デイ当日。学校関係者や、地元のファン、マスコミ関係者が集まり、その瞬間が全米に生中継される中、彼がスタンフォード大学かテキサス大学を選ぶその時、我々もカリフォルニアから、その中継を見守っていた。
彼がスタンフォードという名前を口にして、「S」のロゴが付いたキャップを手にした瞬間、我々のスタッフルームは歓喜の声に包まれた。
高校生のリクルーティングとは、これほどの一大イベントであり、我々コーチにとっては重要度が高く、ビッグビジネスなのである。

米大学リクルーティングプロセス

以下、W・Lのリクルーティングプロセスを、幾つかに分類してみる。
(1)ターゲット(Prospect Search)
・まずは、リクルーティングしたい高校生を以下のようなリソースを利用してリストアップする。
- 高校のコーチなどからの評判・口コミ
- 売り込み(本人・家族・高校の指導者)
- ランキングサイト
(2)評価 (evaluation)
リストアップした選手を映像で確かめる。映像共有サイトなどにアップされているゲームフィルムをレビューして、実際に足を運んでみる価値があるかを確かめる。その後、実際に全米の高校に足を運び、目で確かめる。この際、高校のフットボールコーチだけでなく、先生やアドバイザー(進路指導担当者)とも(可能であれば)コミュニケーションをとる。この訪問の際、コンタクトしてよい生徒は3年生と4年生(アメリカの高校は一般的に4年制)のみである。
(3)オファー(Scholarship Offer)
上記のようなプロセスを経て選ばれた高校生には、スカラシップオファー(奨学金のオファー)がされる。「あなたが我々の学校を選んで、入学試験に合格してくれたなら、奨学金をオファーします」の意である。“入学試験に合格したなら”のただし書き付きであるが。
上記に関連して。口頭でのオファーは、いつでも行える。最近は、そのオファーの低年齢化が進んでいる(「THE ROOT」に参考記事)。
(4)キャンパス訪問(Visit)
大学側がそうであるように、高校生も自分の行きたい大学をリスト化して評価をしなければならない。その一環として、各学校のキャンパスを家族とともに訪問するのが一般的である。
(5)コミット(Verbal Commitment)
大学からの奨学金オファーや、各大学への訪問、家族を含めて自分が行きたい学校が1つに絞れたならば、それを公にする機会がこのコミットである。SNSなど、自分の意思を世間に知らしめるツールが多い最近では、SNSを通じてのコミットや表明が多い。これらは、注目度が高い高校生であれば、全米中のニュースとなるほどである。
(6)入試 (Admissions)
日本と比べると少し早い、夏から秋にかけて始まる入試のプロセス(一般的なアメリカの新学期は9月から)。アプリケーションと呼ばれる書類(日本語で言うなら願書か?)を提出し、入学の審査を受ける。言わずもがなであるが、一般の学生と同じように、この入試のプロセスをパスして、初めて希望の大学への入学資格を得ることができる。
(7)サイニング・デイ(Signing Day)
上記のすべてのプロセスを経て、正式な入学の意思を書面にサインすることで示すのが、このサイニング・デイである。有名な高校生ともなると、高校でイベントが催され、その状況が全米へ生中継される。17〜18歳の高校生が、大勢の聴衆を前に、行く可能性のある大学とそのチームのロゴが書かれたキャップを並べ、「私は○○大学へ行きます」という言葉と同時に、そのキャップをかぶる。そんな演出が、ごく一般的なのがこのサイニング・デイである。そして毎年、ここでの“大どんでん返し”、つまりコミットしていた学校と違う学校を選びサインをする、というようなサプライズも起きるのである。

生き残るのは変わり続ける種

以上のように、清宮選手のように誰もが欲しがるような選手の争奪戦は、アメリカでは毎年、もしくは現在進行形で行われている。
今回紹介したリクルーティングのプロセスやそれにまつわるNCAAルールは、ごく一部であるが、これらの面倒なルールは何のために存在するのであろう? 一言で言ってしまえば、「高校生がビジネスに巻き込まれないよう、厳しいルールを設けている」となるだろう。
リクルーティングのプロセスのほんの一部を紹介しただけでも、その背景には、多くのビジネスが存在する。スポーツ専門の映像共有サイトから、ランキングサイト、選手が自分の意思を発信するSNS、コーチたちが全米中を飛び回る経費や、選手の家族が学校を見て回るための旅費や食費など、そこには多くの経済活動や消費、つまりビジネスが隠れている。
そして、そのビジネスと高校生の壁となるべく、NCAAルールは世の中のビジネスとその形態が目まぐるしく変化するのと同様に、日々変化を見せ続けている。
日本ではどうだろう? 高校野球を例に取るならば、私には、その変化に対しても、チャンスに対しても、見て見ぬふりをしているようにしか思えない。
この連載における前回の対談で、ビズリーチの南壮一郎社長が共有してくれた、ダーウインの進化論の中での言葉「生き残るのは強い種ではなく、変わり続ける種だ」にあてはめるなら、生き残るのは、確実にアメリカのスポーツになるだろう。アメリカのカレッジやプロで、選手向けに行われているようなSNSに関する勉強会などが日本で実施されているようには思えないし、その手の話も聞いたことはない。
「2020年に向けて、日本のスポーツが大きな変化を見せている」と耳にする機会は、確実に増えている。しかし、そのスピードと効率に関して言えば、決してアメリカに追いつくものではない。
日本人の性質上、いろいろなことを追うことは難しいので、日本のスポーツは「時代に合わせて、変わり続けること」の一つにコミットして欲しいと、一向に変わることのできない日本の伝統的な競技の不祥事や、その対応の悪さを見るたびに、思うのである。
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)