農薬が生み出したスーパーウィード

雑草は、生物学的な適応力と繁殖力におけるチャンピオンだ。なかでもジンギスカン級の覇者は、オオホナガアオゲイトウ(大穂長青鶏頭)だろう(日本では外来種)。
この草は大きいものだと3メートルもの高さになり、茎はトウモロコシの穂軸ほどになる。また、1本で100万個の種をつける場合がある。つまり、この草が生い茂っている畑には何億個もの種がばらまかれるから、除草剤に耐性のある変異株が生まれやすい。
「農家にとってオオホナガアオゲイトウは、抗生剤が効かないブドウ球菌に感染したようなものだ」とブルー・リバー・テクノロジーのホルヘ・ヘローは語る。
モンサントやシンジェンタといったアグロケミカル大手は長年、選択的な除草剤の開発を進めてきた。選択的とは「雑草は枯らすが、作物には害を与えない」ということだ。
その努力が失敗に終わると、これらの企業は遺伝子組換え(GM)作物の開発に力を入れるようになった。たとえばモンサントのラウンドアップ・レディー綿、トウモロコシ、大豆は、同社のグリホサート除草剤ラウンドアップに耐性を持つGM作物だ。
これらを栽培すれば、農場全体にラウンドアップを散布しても作物は枯れることがない。この手法は当初はうまくいったが、やがてグリホサート除草剤の過剰使用を引き起こし、スーパーウィード(農薬が効かない雑草)を生み出した。
このことは2006年、ラウンドアップを散布したアーカンソー州の綿花栽培農家が、オオホナガアオゲイトウが枯れないことに気がついたのを機に発覚した。
その2年後、ラウンドアップに耐性のある雑草が生えた農場は、アメリカで4万平方キロに達した。2012年には12万平方キロ。現在は28万平方キロで、ネバダ州とほぼ同じ面積に達している。
これを受け、農薬大手はジカンバや2,4-D(2,4-ジクロロフェノキシ酢酸)といった昔からある強力な除草剤を改めて調製したが、これはさらに多くの問題を引き起こした。ジカンバが農場から流出して、この1年半で近隣農場1万2000平方キロにダメージを与えたのだ。
その間にも、オオホナガアオゲイトウは全米の農場に遺伝子的に強化された種子を数兆個単位でばらまいている。
ロボットによって、農作作物に一切触れないように除草剤を散布できれば、これまで大規模散布には適さないと考えられてきた18類の強い農薬が使えるようになる。
「ブルー・リバーは農薬の使用量を減らすと同時に、使える(農薬の)種類を増やす」とヘローは語る。つまり、ブルー・リバーの成功は農薬業界に最悪の事態をもたらす可能性もあるし、新製品を売りつける新しい道を開く可能性もある。

2017年、マリアナの綿花農場

2017年の初夏、ヘローたちはアーカンソー州東部の町マリアナを訪れた。ひどい湿気だった。
アーカンソー・デルタ(ミシシッピ沖積平野の肥よくな地域)に位置する多くの町と同じように、マリアナは人口4000人、所得の中央値が2万4000ドルの貧しい町だ。農作物価格下落のあおりを受け、農業の町は不況にあえいでいる。
町の中心部にある、かつては美しかったであろうビクトリア様式の家々はその多くが空き家となり、玄関のポーチは大きくへこみ、窓は割れ、葛のツルが家の中に入り込んでいる。それはこの町に今もたっぷりあるもの、つまり雑草の繁殖力を物語っている。
ヘローはここで、ブルー・リバー初のロボット除草機シー&スプレー(See & Spray)をテストしようとしていた。目指すはネイサン・リード(37)の綿花農場だ。リード家は祖父の代からマリアナで農業を続けており、26平方キロの畑では綿花、トウモロコシ、米、大豆を栽培している。
シー&スプレーは、やはりトラクターの後ろに取り付けられているが、8台のコンピューターが積まれた精密部分は、ほこりや雨から守るために白い大きなカバーがかけられている。その上には、除草剤の入ったタンクが3つ。ただし今回はテストのため、本物の除草剤ではなく蛍光ブルーの染料水が入っている。
操縦席にいるエンジニアのパソコンには、16台のカメラで集めた地表の合成図が映し出されている。茶色く割れた地面と7センチほどに伸びた綿花の苗、そしてランダムに生えた雑草が見える。とはいえ、素人の目には綿花の苗と雑草の区別はつかない。だが、ロボットにはわかる。
ヘローの説明によると、シー&スプレーは地面をスキャンして、30ミリ秒(まばたきの10分の1の時間)で綿花と雑草を識別して、どこにどのくらい農薬を噴射するべきか判断する。今回のフィールドテストでは、綿花の苗は丸で囲まれ、雑草は四角で囲まれる。その多くは重なり合っている。
プシュー、シューー、プシュ、プシューーーー、プシュー。8列の畝に128個のノズルから青い染料が勢いよく噴射され、雑草を囲む長方形がいくつもできる。A4紙くらいの大きさの長方形もあれば、親指の爪ほどの大きさの長方形もある。
「あれは『誤射』だ。私の綿花を殺したな」と、リードは青く染まった綿花の苗を指さして笑った。するとヘローは、「だから赤い染料は使わないんだ」と返した。「血まみれに見えるからね」
実際、レタスボットはアリゾナ州ユマでの運用初期、畑全体を「殺した」ことがある。濃度が極めて高い肥料がノズルから漏れて、無数の苗木にまかれてしまったのだ。
知らせを受けたヘローは、飛行機に飛び乗って現場に急行し、畑の所有者に謝罪した。技術チームは、5秒以上噴射を続けるノズルに自動停止機能をつけることで問題を解決した。新たに100エーカーを無料で間引きすることで、農場主との関係も修復した。

買収で生まれた新たな可能性

リードの綿花畑では、青く染まった綿花苗と青く染まらない雑草が数多く発生した。発育が遅くて一部枯れた苗木を、シー&スプレーが「雑草」と判断したためだ。
このロボットが健康な苗だけでなく、形や発育状態や成長段階の異なる葉も綿花苗と認識できるようになるまでには、数百万枚の画像を見て「学習」する必要がある。大量の画像を取り込み、識別し、決断を下すプロセスは、まさにディープラーニングだ。
その画像を集めるため、ブルー・リバーのチームは当初オーストラリアに飛んだ。そして改造したショッピングカートにカメラを取り付けて3カ月間、ひたすら綿花農場を押して歩いた。こうして集めた10万枚の画像データをシー&スプレーにアップロードして、その「記憶」を構築したわけだ。
ところが昨春のアーカンソー州は雨が多くて気温も低かったため、シー&スプレーにはその綿花苗が、オーストラリアの綿花苗と同じようには「見え」なかった。
このためヘローのチームは、2週間にわたり綿花苗の画像数万枚を撮影して、シー&スプレーに覚えさせた。こうしたプロセスをたどることで、ロボットの精度は少しずつ上昇していく。
シー&スプレーを使うことで除草剤の使用量が減れば、リードの農場にとっては大きな経費削減になる。現在、除草剤の費用は農場の経費の約40%を占める。金額にして年間50万ドル以上だ。
また、リードは通常、綿花畑1エーカー(約4000平方メートル)あたり約20ガロン(約75リットル)の除草剤を使うが、シー&スプレーを数週間使ったところ、2ガロン(約7.5リットル)で済んだ。
無耕農業を実践したい農家にとっても、ロボット除草機は巨大な利点がある。耕作は農薬を使わずに雑草を管理する方法のひとつだが、土壌を侵食し、乾燥させ、ミミズを殺し、地中の二酸化炭素を放出させるという難点がある。耕作をやめれば、燃料費を節約できるし、水やりの必要性も減る。
シー&スプレーを使えば、リードは悪循環からも解放されるだろう。ラウンドアップのような農薬を大規模散布するためには、その農薬に耐性を持つGM種子を毎シーズン買わなくてはならない。これに対して、雑草だけを標的にするロボットがあれば、リードはGM種子よりも約75%安い、非GM種子を買うことができる。
とはいえ、シー&スプレーも決して安くない。競争的な価格でリースできるようになったとき初めて、ロボット除草機は農家にとって現実的な選択肢になるだろう。
偶然にも、シー&スプレーがリードの畑で忙しく学習しているとき、競争的な価格でリースできる可能性が急速に現実的になった。
「私たちは何年もホルヘの活動を見守ってきて、ここ数カ月は真剣に口説いてきた」と農機大手ディア・アンド・カンパニーのジョン・ティープル先端技術部長は言う。そして2017年9月、ディアはブルー・リバーを買収した。
「ブルー・リバーがロボット工学と機械学習で業界のリーダーになりつつあること、そしてこの買収がわが社と完璧な相乗効果を生むことは明らかだ」。ディアの傘下に入れば、ブルー・リバーはもはや独立企業でなくなるが、ヘローにためらいはなかった。
「つい先週まで、ブルー・リバーは成功するか失敗するかわからない小さな会社だった。あるのは6台のレタス間引き機と、2台の除草機の試作機だけ。また大変な事件(レタスボットのノズル漏れなど)が起きれば、致命的に打撃になりかねない」
ヘローによると、シー&スプレーはアメリカでは2020年、ヨーロッパでは2021年にも発売される予定だ。ディアの大量の技術者と工場、そして世界中に散らばる1万の代理店のおかげで、当初予想よりも数年早いリリースであり、規模もはるかに大きくなりそうだ。
ディアの後押しを受けて、ヘローは除草剤だけでなく、肥料も選択的に散布できるロボットの開発を検討している。肥料の大規模散布は、湖などにおける有毒な藻類(アオコなど)の大量繁殖を引き起こしている。また、一般に農家が肥料に費やす金額は年間1500億ドル程度と、除草剤の最大で10倍にもなる。

新たな独占企業を生む危険性も

しかしロボットにとって、これは飛躍的な能力強化が必要になる。植物の色、大きさ、質感など視覚的なデータを集め、それに基づき植物の健康状態や散布肥料の量を判断しなければならない。「莫大な能力増強が必要だ。しかしやれないことじゃない」と、ヘローは言う。
それがうまくいけば、農業版スイス・アーミー・ナイフとでも呼ぶべき万能農機が作れるかもしれない。除草剤と肥料だけでなく、殺虫剤、防カビ剤、さらには水も必要なだけ散布できるロボットだ。
ロボットを使うことで畑単位ではなく、苗木1本単位での手入れができるようになれば、農薬の使用量を大幅に減らせるだけでなく、理論的には、単一栽培にも終止符を打てる。
広大な農場で一種類の作物しか栽培しない農業は、高カロリー・低栄養の食生活を推進し、心疾患や肥満、2型糖尿病の増加をもたらしてきた。また、単一栽培の畑は胴枯れ病や災害を引き起こしやすく、土壌から栄養物を浸出させ、食料供給を危険にさらすという問題もある。
現代の農家が単一栽培をするようになった理由のひとつは、今の農業機械では複雑な手入れが不可能だからだ。だが、ロボットで作物を1株単位で世話できるようになれば、混作(トウモロコシ畑に大豆など別の野菜を植えること)も可能になるだろう。
だが、持続可能な農業を擁護するシンクタンク「フードタンク」のダニエル・ニエレンバーグ代表は、人工知能(AI)農業にさほど感心していない。
「そのロボットがどういう農薬を使うのかなど、多くの疑問点が明らかになっていない」と彼女は言う。「除草剤の使用量が減ったとしても、工業型農業に固有の多くの問題のどれが残るのか」
「工業型農業の固有の問題」のひとつは、独占企業が持つ事実上の強制力だ。たとえばDIY愛好者は法律により、ディアの専用ソフトウエアとハードウエアの使用を制限されており、自作マシンを修理することができない。彼らにとってディアは悪者だ。
この問題は、モンサントが農家に対して自社の除草剤とGM種子をセットで使用することを余儀なくしているのと似ている。ブルー・リバーの最先端ロボットが期待どおりの成功を収めれば、農家(と私たちの食生活)はますます一握りの企業に依存することになりかねない。
また、このようなソフトウエアに依存した食料供給システムがハッカーに悪用され、農薬散布量を操作される可能性もないとは言えない。
ヘローはこうしたSF的な恐ろしいシナリオは考えすぎないようにしている。「これはテクノロジーかアグロエコロジーか、持続可能な農業か工業型農業かといった二者択一の問題ではない。その両方だ。私たちはあらゆるソリューションを必要としている」
ヘローは子どものときの発見を改めて指摘した。「100年前、工場は黒い煙を吐き出し、労働条件はひどく、作業員が命を落とすひどい場所だった。現在、多くのアグリビジネスはその状態にある。莫大な非効率と有害な農薬、二酸化炭素の大量排出など多くの問題を抱えている」
「でも、現代の工場を考えてみるといい。スマートに設計され、自動化され、環境と人間の両方にとって安全な環境になっている」とヘローは指摘する。「ロボットは私たちから自然を奪うわけではない。私たちが自然を取り戻す助けをしてくれる」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Amanda Little記者、翻訳:藤原朝子、写真:tmccall/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.