「バイオフィリア」が流行中

最新のオフィスは、仕事場というより「レインフォレスト・カフェ」に近い。
アマゾン・ドット・コムの新しいシアトル本社には4万もの植物がある。サムスンが2年半前にサンノゼに新設したオフィスは、すべての階が上下のいずれかに庭を持つ。中国杭州にあるアリババ・グループ・ホールディングでは、全従業員が屋外の緑地から徒歩1分以内の場所で働いている。
従業員の満足度と生産性を維持し、何よりできるだけ長く働いてもらうために、各社は近年、あらゆるデザイントレンドに群がっている。ここ10年ほどのトレンドはバーや卓球台だったが、現在は「母なる自然」が流行中だ。
「バイオフィリア」と呼ばれるこのトレンドは、人は生まれながらにして自然とつながっているという発想に基づく。
アマゾンの新社屋を手がけたデザイン事務所NBBJでデザイン・パートナーを務めるライアン・ミュレニックスは「われわれの体や脳が必要としているものへの回帰ととらえている」と話す。パレオダイエットのオフィス版といったところだろうか。
バイオフィリアの推進者たちによれば、自然はわれわれの本来の生息環境であり、不毛なオフィスよりも落ち着いて仕事ができるはずだという。自然環境に近いオフィスのほうが、従業員の満足度、健康度、生産性が上がるという研究結果もある。
NBBJのシニア・アソシエイト、ダニエル・スキフィントンは「木々を見ると頭が冴える」と説明する。
アマゾンのシアトル本社に新設された「Spheres」で「ネスト」(巣の意味)と呼ばれるミーティングエリア。
別の見方もある。外へ出て新鮮な空気を吸う暇もなく、一日中オフィスにこもらなければならないのであれば、オフィスで過ごす時間を不毛なものでなく、可能な限り心地よくした方がいいのではないかという見方だ。
多くの人は、暗い所や合成樹脂の塗料より、日光や植物を好む。BNSF鉄道のアナリスト、マーティン・ベイトは「私は毎日、夜のうちに小さな隕石(いんせき)が落ち、建物の屋根に穴が開かないかと願っている。そうすれば太陽の光が差し込むようになるから」と話す。
ベイトが働くオフィスはもともと工場で、自然光があまり入ってこないのだ。「われわれは吸血鬼ではない。それなのに、なぜ窓がないのだろうか」
中国の杭州にあるアリババ・グループ・ホールディングでは、全従業員が屋外の緑地から徒歩1分以内の場所で働いている。
オフィスに自然を取り入れることは、数千のシダを買えば済むような単純な話ではない(アマゾンはジャングルのような空間を維持するため、フルタイムの庭師を雇った)。
保険ブローカー、ジャクソン・サムナー&アソシエイツはノースカロライナ州の新しい本社に「ビュー・ダイナミック・ガラス」を導入した。太陽のまぶしさと暑さを自動的に軽減してくれる「スマートな」窓ガラスだ。日差しがどれだけまぶしく暑くても、遮光せずに自然光を取り込むことができる。
ジャクソン・サムナーの新社屋には、高さ約8メートルの滝もあり、空気中にイオンを放出している。さらに、従来の蛍光灯より光が柔らかい照明を使用している。飲料水はpHを調整され、有害化学物質が混入しないよう、銅管でろ過されている。
米保健福祉省は虫歯予防として、飲料水1リットルに0.7ミリグラムのフッ化物を入れることを推奨しているが、社長兼創業者のジャクソン・サムナーは「フッ化物がどのようにつくられるか知っているだろうか。肥料の副産物だ」と話す。「われわれはフッ化物を得る方法がほかにもあると考えている」

植物は生産性を高めてくれる

健康的な建物は、少なくとも数年前から増加している。2014年には、ゴールドマン・サックス・グループの元パートナーである2人が「WELLビルディング・スタンダード」をつくった。
人々がより幸福、健康、生産的になるような建物を設計するためのガイドラインだ(建物と敷地利用についての環境性能評価「LEED認証」の評価対象が、環境から健康に置き換わったと考えればいい)。
空気がきれい、歩きやすい、健康的な食事を提供しているなど、7カテゴリーの基準を満たすと、WELL認証を取得できる。現時点で、545のオフィスビルが「国際WELLビルディング協会」の認証を取得している。
アマゾンのシアトル本社に新設された「Spheres」は、熱帯雨林を模した植物園型のワークスペースだ。
WELL認証の基準は満たしていなくても、健康的な建物の要素をいくつか取り入れているオフィスも多い。前述したビュー・ダイナミック・ガラスは、世界最大の資産運用会社ブラックロックやフェデックス、デルタ航空など、400以上の企業で採用されている。
空気中の「揮発性有機化合物」を減らすため、オフィスの空気循環システムを調整している企業もある。NBBJのミュレニックスによれば、オフィスに鳥小屋を置くことに関心を示している企業もあるという。
これまでのデザイントレンドと同様、こうした工夫は、生産性の向上という名目で行われている。自然に近い環境の利点を指摘する研究は数え切れないほどある。ある国際的な研究では、植物がわれわれを、より生産的にすると結論づけている。
自然光があまりない空間では、ストレスを感じたときに分泌量が増えるコルチゾールの濃度が高くなるという研究結果もある。
自然光が入る教室でテストを受けた小学生は、そうでない小学生より20ポイント高得点だったという結果も出ている。オフィスの空気がよどんでいることと生産性の低下を関連づける研究も複数ある。
ただし、ジャングルのようなオフィスにしなければ、意図した効果を得られないわけではない。ニューヨークのテクノロジー企業アープティブは、ワンフロアの広々としたオフィスに約20の植物を点在させている。
オーディオ部門のプロダクション・コーディネーターを務めるジェイク・ラドウィグは「リラックスするし、少し穏やかな気分になる」と話す。「ここはニューヨーク。グレーの街だから、緑が増えるのは良いことだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Rebecca Greenfield記者、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:© 2018 Bloomberg L.P)
©2018 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.