トヨタの答え。「電池」で負ければ、僕らは滅ぶ

2018/2/12
その表情には、時代の変化を受け入れる「決意」がにじみ出ていた。
「日本が世界で戦うためには、競争力のある『電池』を安定的に供給できることが必要です」
2017年12月13日。東京・汐留で開かれたトヨタ自動車とパナソニックの共同記者会見の席上、トヨタの豊田章男社長はそう力を込めた。
「世界のスピード感に対し、電池開発のスピードが追いついていない」と危機感を露わにした、トヨタの豊田章男社長。(写真:Toyota)
「100年に1度の変革に直面し、正解がない中で航海をする必要があります。しかし、スピードが求められる。モビリティの中心にい続けるためなら、自前主義にはこだわりません」
この日、トヨタはパナソニックとEV向けの「電池」で新たに協業を検討すると発表した。
ハイブリッド車「プリウス」への電池供給をはじめ、65年以上も付き合いのあるパナソニックに、わざわざトヨタの方から改めて声をかけたのだ。
「トヨタに声をかけていただき、相当なチャレンジをしようとしていると認識している。そのチャレンジに、パナソニックがひるむことはない。高い志に共感し、気持ちを強く持った」(津賀一宏・パナソニック社長)
パナソニックの津賀一宏社長は、「全固体電池の研究はしており、リチウムイオン電池の限界が来るまでには準備する」と意気込みを述べた。(写真:Toyota)
ナンバーワンの「電池」を作る──。
旧来のガソリン自動車の王者トヨタが、新たにそう決断した意味は重い。自動車の歴史が、100年続いてきたガソリン車から、電気自動車(EV)に大きく変わることを予感させるからだ。
そうなれば、必然的にクルマの心臓部となる動力源は、内燃エンジンから電池に変わる。両社の新しい提携は、まさしく歴史的な“転換点”になる。
これまで両社がタッグを組んできた、ハイブリッド車の電池とは訳が違う。EVとなれば、プリウスの電池容量の「約50倍」にも上る電池を積まなければならないのだ。
仮にEVを年間100万台つくるなら、ハイブリッド車にして、実に5000万台分の電池が必要になる勘定だ。
「トヨタは大きく舵を切る。世間のスピードが速い。電池が必要なことは言うまでもない。現状では、電池開発のスピードが追いついていない。その電池の資源の調達も含めて、協業の内容を検討していく」(豊田社長)
EV時代に突入しても、トヨタが勝ち続けるための「答え」──。
パナソニックとの新たな提携の決意から見えてきたのは、自前主義にこだわることなく、オールジャパンで世界一の「電池」を作らねば、もはやトヨタは滅びるという危機的メッセージだった。
トヨタとパナソニックの新たな提携は、自動車の歴史の“転換点”となる。(写真:Bloomberg/GettyImages)

電池で「覇権」を握る

もっとも、これまでトヨタには、おいそれとEVに踏み切れない事情があった。
足下の「稼ぎ頭」はトヨタの得意とするハイブリッド車であり、他社の追随を許さない技術の蓄積を要するエコカーだ。
そのハイブリッド車が今後は世界で通用せず、クルマの主流がEVに大きくシフトすれば、トヨタの優位性はゆらぎかねないからだ。
さらにトヨタは、これまでハイブリッドだけではなく、充電も可能なプラグインハイブリッド(PHEV)、水素エネルギーで駆動する燃料電池車(FCV)、そしてEVと全方位で次世代エコカーの開発をしてきた。
その中でも、次の主力に位置づけていたのが、FCVだ。それは、トヨタなりのエネルギー戦略でもあり、技術的にも極めて参入障壁が高いこともあるだろう。
むろん海外の自動車メーカーも、これまでFCVとEVの両睨みで開発を続けてきた。しかし、ここにきてそのほとんどがFCVに見切りをつけ、EVに大きくシフトしている。
変化点の1つとなったのは2015年、独自動車大手フォルクスワーゲン(VW)のディーゼル排ガス不正スキャンダルだった。
2015年、排ガス不正スキャンダルに揺れた独フォルクスワーゲンは、EVに大きく戦略をシフトした。(写真:Bloomberg/GettyImages)
これを受けて、欧州エコカーの代名詞だったクリーンディーゼルが大ダメージを受けたのだ。今さらハイブリッド技術ではトヨタの背中は見えず、欧州メーカーは戦略的にEVシフトを鮮明にしている。
さらに、EV旋風の最大の震源地となったのが、中国だ。2016年10月、世界のEV市場の50%超を占める中国が、米カリフォルニアと同じく、一定比率のEVの販売を義務付ける規制のロードマップを発表したのである。
EVを駆動させる電気モーターの部品点数は、エンジンに比べて大きく減り、従来のクルマに比べて格段に構造はシンプルになる。そうなれば、中国勢など新規参入の障壁は大きく下がることになる。
しかし、もはやこうした世界の劇的な潮流には抗えない。自ら変化を遂げなければ、生き残れないのは自然の摂理だ。そうトヨタも理解したに違いない。
そして、電池なくしてEV時代には勝てない。トヨタの答えはそういうことだ。

電池メタル争奪戦、勃発

21世紀は、石油から電池の世紀になる──。
自動車のEV化は、先進国や自動車そのものだけでなく、世界中のありとあらゆる産業にまでインパクトを与える。地球の裏側では、資源争奪戦という名の“電池ウォーズ”がすでに勃発しているのだ。
その主戦場は、政情不安が続くアフリカの国、コンゴだ。
コバルトの主産地コンゴ。スマホやパソコンに使われる量が数グラムから数十グラムであるのに対し、EVの場合はキロ単位と桁違いになる。(写真:The Washington Post/GettyImages)
ここは、世界のコバルトの実に60%以上を生産する主産国。コバルトは、石油に変わってクルマを電気で走らせる動力源、最先端のリチウムイオン電池の生命線となるメタル資源だ。
そのコバルトは2016年以降、価格が急上昇している。2017年の1年間だけでみても、230%にまで跳ね上がっており、早くもコバルトの安定調達が懸念される。
それもそのはず。ただでさえコバルトは、銅やニッケルに比べて採れる量が桁違いに少ない。しかもその主産地が、劣悪な環境下での児童労働が懸念されるコンゴだけに、増産も容易ではない。
そのコンゴで最大級の資源量と高品位を誇る鉱山の権益を早くもおさえたのが中国だ。2016年、米企業からこの鉱山の権益が、ひっそりと中国企業に譲渡されている。
「良質なコバルトが中国に押さえられ、日本やアメリカなど西側諸国にはモノが出てこない可能性があります」(住友商事グローバルリサーチの鈴木直美氏)
さらにこうした状況に目をつけた、世界中で有り余る投資マネーもコバルト市場に流入。価格を揺さぶる大きな波乱要因となっている。
これらの異変を察知し、VWはすでに手を打ち始めた。2017年9月、コバルトの安定的な確保のために、なんとコバルト市場に自ら入札を実施している。
電池の上流で“資源争奪戦”が勃発しているのは、何もコバルトだけではない。最新のリチウムイオン電池に不可欠なもう1つの資源、ニッケルもそうだ。
ノリリスク・ニッケルの製錬所。同社はEV向けニッケルの需要を、2017年の2万トンから10年で15倍の30万トンに拡大すると見込む。(写真:Bloomberg/GettyImages)
欧州では、すでに電池の大手材料メーカーが先手を打っている。2017年6月、ドイツの化学大手BASFは、ニッケル・コバルトの安定調達のために、ニッケル世界最大手のロシア企業、ノリリスク・ニッケルと覚書を交わした。
こうした“資源争奪戦”を目の前に、果たして資源のない日本はどうするのか。かつて翻弄された「レアアース騒動」の悪夢が早くもよぎる。
2018年の「EV元年」を迎えた矢先、電池の資源調達をトヨタが会見の席上で強調した背景には、こうした事情があったのだ。

トヨタは勝てるのか?

歴史を振り返れば、トヨタは誰よりも「電池」の性能の飛躍を望み、そしてその難しさを理解している会社でもある。
石油の枯渇を危惧したトヨタグループ創始者の豊田佐吉は、高性能の新型バッテリーに100万円の懸賞金を懸けた。1925年のことである。
トヨタグループ創始者、豊田佐吉が求めた「佐吉電池」の性能は、日産の初代EV「リーフ」が積む電池容量の約10倍に当たるという。(写真:国会図書館)
それから約90年。佐吉が日本中に募った電池の性能は、今も世界中で実現していない。そして今、トヨタ自身がこの“佐吉電池”の夢に近づくべく、大きく動き出した。
NewsPicks編集部は、トヨタのこうした新たな挑戦の可能性を探るべく、自動車メーカーから電池メーカー、そして電池の材料メーカーに至るまで、キーマンたちの取材を重ねた。
その中では、トヨタのEVと電池事業の“全権”を任されるトヨタの幹部、Mr.電池へのインタビューにも成功。
これまでEVに本腰を入れてこなかった「反省の弁」から、電池のネックとなる多額のコストをどう解決するのか、驚きのビジネスモデル構想まで、包み隠さず語ってくれた。
トヨタは今、リチウムイオン電池の先にある次世代技術、「全固体電池」の実用化も目指している。2020年代前半には、これを搭載したEVを投入する計画だ。
もっとも、まだまだ製造も含めて課題が山積みの技術。本当に実用化が可能なのか。
「やると言ったのだから、やるんです」(トヨタ関係者)
トヨタの研究開発の心臓部、富士山の麓にある東富士研究所(静岡県裾野市)では、この「全固体電池」を乗せた試作車の試験が行われている。
最初はキックボードのような小さなモビリティに乗せ、続いて無人の台車、さらに1人乗りのEVと、少しずつ乗せる車体の大きさを上げて、実証試験に勤しんでいるという。
この全固体電池の何がすごいのか。また、そもそも「電池」とはどういう歴史をたどり、その性能は何で決まるのか。わかりやすいインフォグラフィックで解説していく。
特集の後半では、電池メーカーから材料メーカーまで、上流にさかのぼって電池ウォーズの最前線を深掘りしていく。
かつて日本メーカーの独擅場だった電池だが、2000年代後半以降はLG化学やサムスンSDIなど、韓国メーカーにキャッチアップされてきた。
さらにここ2〜3年の間に、急速に頭角を表してきたのが中国だ。
テスラとパナソニックが建設した電池のギガファクトリーをも上回る設備を誇る、中国トップ電池メーカーへの取材にも成功。トヨタも認める彼らの実力を、過大評価も過小評価もせずお届けする。
トヨタはEV時代にも勝ち続けることができるのか、その答えはまだ誰にもわからない。
それはまた、自動車業界全般に言えることでもある。興味深いのは、日産自動車とテスラの動向だ。
今のEVシフトの波を予想していたのかどうか、いち早くEVに注力してきたのがこの2社だ。日産は、EVの「心臓部」ともいえる電池事業を昨年、中国のファンドに売却している。それはなぜなのか。
日産流の「勝ち残り方」についても真意を問うべく、EV担当の経営幹部を直撃した。
一方で、壮大な“夢”を語り続け、世界の投資家たちを魅了してきたテスラは、ここにきて一気に“現実”を目の当たりにしている。高級EVメーカーから量産メーカーへの変貌を目指すキラーEV、「モデル3」が全く世に出てこないのだ。
そのボトルネックもまた、電池の生産ラインにあるという。
1つ確かなことは、EV化や自動運転、シェアリングという大きな社会変革の波が自動車産業を襲っているということだ。そして、その流れに抗うことはできない。
そうした時代の転換点を、リチウム電池の「生みの親」は今、どう眺めているのか。最終回では、そんな電池の“大家”のインタビューをお送りする。
未来の電池のみならず、EVが普及する条件、そしてトヨタと自動車の未来まで。余すところなく語ってもらった。
自動車は、国の1割もの雇用を生む基幹産業だ。その王者トヨタが世界で負ければ、かつてテクノロジー企業にたたきのめされた日本の電機産業のように、いよいよ自動車すら危うくなる。
そんな日本の“最後の砦”たるトヨタが出した今回の答えは、日本のあらゆるビジネスパーソンにとって他人事ではない。
*特集の第1回はこちらから。第一回
(取材:池田光史・泉秀一、構成:池田光史、デザイン:砂田優花)