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副業解禁は単なるファッションではなく、日本社会を根底から変えるポテンシャルがあるのかもしれません。

それにしても、落合さんと猪瀬さんのように、親子ほど年の離れた世代が、共通のテーマでじっくり語り合うのは刺激的。こういう場をぜひ増やしたいものです。
あえてサラリーマン=武士社会のいいところを挙げると、役割や位や権限が規定されているので仕事の会話はしやすいです。
彼らが仕事の上で目的としていることは明確だし、意志決定に時間がかかるとしても、会社として右となれば右を向いてくれます。

しかし百姓たちはそうはいきません。「ウチはこうだから」となったらテコでも動かないこともありますし、理由を言ってくれればまだいいのですが無言の拒否は日常茶飯事です。もちろん妬み嫉み「気に入らない」「気にいる」など個人的な感情によって仕事をすることもあります。
しかしその分、懐にはいってしまえばとことんなところもあり、他人の失敗や不義理に寛容なところもあります。

おそらく社会が百姓化すると現在のようにお店に行ったら必ず丁寧な対応をしてくれるとかは少なくなり、こちらの言っていることが全然伝わらないとか、個人の資質に大いに左右されたサービスや業務が増えると思います。
良くも悪くもも現代はサラリーマン化が進んだ結果、毒が薄く、いい人が多いのではないでしょうか?
江戸時代がカッコいい百姓の時代だったわけではなく強烈な個性が育ちやすいムラ社会だったという面も大きいのではないかと思いますが、負の部分も大きかったでしょう。
それを面白がれる人は今の日本には少ないかもしれない。
現物がこの疲労度に近づきつつそろそろWeekly Ochiai
‪世の中の大体の職種は縦の壁が壊れてきてるから、優秀な人から何でも屋さん状態になる。これからは紙の編集しかできない編集者というのはダメ。逆に様々な職種にまたがって仕事していると世の中の課題が分かって時代の向かうべき方向が見え、本業にも返ってくる。百姓の時代。‬
最後の自分史を持つという話、似たような感覚を物理の世界で感じています。工学部だと、いろいろな現象を数式の形で抽象化して理解することが多いわけですが、その時に例えば振動だと、機械的な振動も電気的な振動も音の振動も、数式としては同じ形で表されるということがよくあります。なので、バネの振動を電気回路の振動だと思って現象を理解することができるわけです。
ここで言っていることは多分これと同じで、歴史という共通の数式を、テクノロジーなのか金融なのか政治なのか、自分の得意な視点で理解して説明できるようになっておけ、ということなのかと。
数式については、ただ解けるということと、現象を物理的に紐付けて理解しているということとでは、かなり大きな隔たりがあります。歴史も事実を知っていることと、その因果を説明できるとこには隔たりがあって、まさにそういうことなんだなぁと思って読みました。
金融の歴史観を持たれたい方は下記の本がおススメです。

①お金の新世界史
https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/415209611X/ref=pd_aw_sim_sbs_14_3/357-5130709-4479408?ie=UTF8&psc=1&refRID=WJ9SA7831N63C71YB83Y&dpPl=1&dpID=71myD%2BUWAHL

②金融は人類に何をもたらしたか
https://www.amazon.co.jp/金融は人類に何をもたらしたか-古代メソポタミア・エジプトから現代・未来まで-フランクリン-アレン/dp/4492654631

③金融に未来はあるか
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④お金2.0
https://www.amazon.co.jp/お金2-0-新しい経済のルールと生き方-NewsPicks-Book-佐藤航陽-ebook/dp/B077N93YYV

⑤アフター・ビットコイン
https://www.amazon.co.jp/アフター・ビットコイン-仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者-中島-真志/dp/4103512814
副業よりも歴史の話が多くておもしろいのですが、副業について書きます。

副業のポイントは「生計を立てる必要がない」ということだと思います。生計を立てなければいけないという切迫感のもとではできなかった趣味に近いことができるようになっていきます。

いい例が、ハンドメイド作品のマーケットだと思います。例えば専業主婦の方が、趣味の延長で作品を売れるようになって、自己実現していく。もし生計を立てなければならないとしたら、たぶんハンドメイド作品を売るという選択肢は取れなかった人がとても多いと思うのです。
それはプロではない、とか真面目な考え方もあるかもしれませんが、こうやって世に生まれたアクセサリーを買ってハッピーな人がいるし、何より作品を作った人は自己実現ができてハッピーです。世の中のハッピーの総量が増えるのはとてもいいことだと思います。

もちろんリスクマネジメントは自分でしないといけませんが、副業が広まると「ちょっと好きなこと」が少しずつ積み重なってハッピーの総量が増える。仮にベーシックインカムが進み出すと、どんどんそうなっていくと思います。専業主婦はある意味ベーシックインカムだと思っていて、将来に想いを馳せるときにヒントがたくさんあると感じます。
ふむ。サラリーマンを辞めて自営業になってわかったこと。それは何が本業で何が副業なんだかよくわからなくなるときがあるということ。

「頼まれごと」をあれこれと引き受けているうちに「ワイは何屋なの?」と。つまり猪瀬さんの言葉を借りるとワイは「百姓」になったということなのか。確かに網野善彦さんの著書を読むと「百姓」というくくりの大雑把さというかおおらかさに気づく。

さらに論を進めれば。江戸時代の成長経済という下部構造が江戸幕藩体制という上部構造のくびきを破壊したのが明治維新といえる。貨幣改鋳を行ってはそれを改革と称して元に戻す。そんな金本位制的デフレ政策でしか支えられなくなった幕藩体制が経済の側からノーを突きつけられた。富岡製糸場に代表される明治期の絹糸業の発展はそれを支える原材料供給と養蚕技術と流通とが江戸時代において既に十分に蓄積され体制的なブレークスルーを待ち望んでいたということです。

ワイのひいひいひい爺ちゃんなんて庄屋をやりつつ鉄穴(かんな)を穿ちつつタタラ製鉄をやりつつ藩への金貸しをやりつつコメの先物をやりつついつの間にか京都に出ていつの間にやら公家の嫁を貰って。結局のところ「何屋」やったんかさっぱりわからん。それを「百姓」というのか。

ならば。「現代の百姓」になったワイ。むっちゃ時代を先取りしとるような元に戻ったような。さて。150年ぶりの先祖返りをとりあえずは楽しむことにしましょうかo(^o^)o
人々の共感を集められる「物語」を語れるかどうかがこれからのリーダー、プロフェッショナルには大切だと思っていますが、「物語」を語るには「歴史」を知ることが大切ではないでしょうか。アメリカの従業員エンゲージメントが高い会社にはヒストリアンという社史を語る職種があるらしいです。人は「歴史」の先に「未来」を見出し、それが繋がれば「物語」になります。

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例えば、ブロガーにはブロガーの歴史観があっていいし、仮想通貨が好きな人には仮想通貨の歴史観があってもいい。そういうふうに、歴史を含めて、今自分がなぜある分野を専門としているかを語れる能力というのが、すごく重要なのではないかと思います。