50年に1度のチャンス。若者よ。走りながら信頼を築け

2018/2/5
若い人が有利な時代
──今年は明治維新から150周年ですが、落合さんは明治時代とはどんな時代だったととらえていますか。日本再興のヒントはどこにありますか?
グランドデザインの東洋から西洋へのシフトです。
江戸末期に、日本人は「近代化とは何か」に気づき始めて近代化に取り組み始めました。しかし、肝心のテクノロジーがなかったのです。
江戸幕府は、国境線を守るための軍を持っていませんでした。そもそも島国であって、国境線を守る必要がなかったからです。
そこに黒船がやってきて、国を守るためにも、テクノロジーを入れなくてはいけなくなりました。
テクノロジーが持つ重要な価値観とは、「少ない人的コストで大きな力を得られる」ということです。こうしたテクノロジーが入ってくる時代には、若い人が有利なのです。
──現代も、AI、IoT、仮想通貨などいろんなテクノロジーが生まれていますが、当時と状況が似ているのですね。
そう思います。
きっと、明治時代はカタカナが超多かったはずです。お雇い外国人もたくさんいましたし。外来語が多い時代というのは、若い人しか対応できません。
ポイントは、古き良きものの価値を破棄したわけではないということです。
ただ、みんなが話をはきかえようとしたのです。そうして「新しい時代が来た」というストーリー付けをして学校で若い人を教えることによって、偉人が偉人以上の偉人になったというのが、明治の面白いところだと思います。
──敗戦後の昭和の時代にも、カタカナは増えました。
もちろんそうです。
明治時代以降は、時代の区切りのたびにカタカナが死ぬほど増えているんです。外来語が一気に増えるほど、中央のメディア発信力、つまりは学校の教育が大事になってきます。学校こそが一番古典的なメディアですから。
現在の「先生が多くの生徒を授業形式で教えるスタイル」は、明治時代に生まれた(写真:iStock/urbancow)
つまり、学校教育という枠組みで全員を同じように教えることができると、環境が一緒なので、外来語をインストールするのも楽なのです。
そうした教育システムが整ったのは明治以降です。それまではそういう仕組みがありませんでした。
50年に一度のチャンス
──落合さんは、以前にTwitterで「明治時代は無いものづくしだったのにうまくやった」とつぶやいていました。教育システムの導入を筆頭に、明治は全体としてうまく時代に対応したのでしょうか。
僕の中では、明治時代の評価はめちゃくちゃ高いです。
明治時代が嫌いな人の中には、「明治はマッチョすぎる、近代すぎる」という意見もありますが、明治は目的関数が「近代になること」だったので、それは仕方がないと思います。
ただ、結果論から言えば、明治は非常に良かったと思っています。
要は、若い人は「鶏が先か卵が先か」という議論をしません。これは、(仮想通貨の取引認証などで使われる)プルーフ・オブ・ワークの話と近いところがあります。
つまり、「最初に信頼があるからアルゴリズムを採用するのか」「アルゴリズムを採用したから信頼があるのか」という話なのですが、僕は前者のほうが大切だと思います。
何が言いたいかと言うと、明治のような変化が大きい時代には、上の人は変化に適応できません。
であれば、若い人は「信用を作りながら走る」ということが大事なのです。明治のような時代には、いかんせん硬直しきった社会には出てこないパターンの人間が生まれ始めるのです。
そのいい例が、堀江さんの『多動力』を編集した幻冬舎の箕輪さんです。彼は走りながら本をつくっているじゃないですか。彼は毎月1冊、走りながら本をつくっています。
こういうスタイルの人が出てくるのが、時代の変革期の特徴です。彼はとても現代っぽいというか、時代の変化地点っぽいのです。
──西郷隆盛も下級武士で何も持っていないところから、走りながら信頼を積み重ねて、いつのまにか偉人になりました。
信頼を築きながらスケールさせていって、かつ、実力も身につけていくような生き方ができる時代は、恵まれた時代だと思います。こうした時代は、歴史の中でもたまにしかやってきませんから。
(写真:iStock/mizoula)
──どのぐらいの頻度でやってきますか?
世の中全体で言うと、50年に1回くらい。産業に限れば、20年に1回くらいじゃないですか。今は、ITバブルの次の波が来ています。
──落合さんは、「わらしべ長者をなめたらいけない」と言っていましたが、まさにそういう時代が来ているのですね。
そうです。
時代の変革点には、何が使えるかわかりません。だから、とにかくフレキシブルな人間が勝つのです。
──若いのに、頭の固いおじさんの言うことを信じてしまうと、真面目に努力しても報われないおそれがあります。
真面目にやることで何かが得られるのであれば、正しい選択肢なのですが、そうでない場合も往々にしてあります。
おじさんの一番よくない典型例は、潰れかけの船のことを「安全だ」と言うことです。そのアドバイスには、従ってはいけません。
──潰れそうな大企業でもそう言っていたおじさんはいるでしょうね。
だって、若者に逃げ出されてしまったら、潰れてしまいますからね。
福沢諭吉のすごさ
──明治の実績として、とくに評価できる点はどこですか?
一番良かったのは教育だと思います。明治がつくった教育はたまらなくよくできています。
例えば造船の専門学校を作るとしたら、地理的にどの場所につくって、こういう教育スタイルでやるとか、北海道の大学に投資するとか、教育スタンスと人材育成と国土開拓のスタンスがきれいに一致しています。
もちろん今となってはいろんな問題はありますが、過去100年以上にわたって、日本の教育が制度としては大きく変わってこなかったのは、明治のグランドデザインがうまくできていたからですよ。
ただし、150年が経って、さすがに明治型教育の賞味期限は切れています。
今の日本の同質主義の教育は、新しい産業を生む気配がないので、さすがにやめたほうがいい。テクノロジー、とくにITに適応できる人材を育てるように舵を切らないといけません。その新しいデザインをつくるのは、まさに今だと思います。
──明治に学びながら、これからの教育を創っていくために、参考にできる人物はいますか。
僕は福沢諭吉をすごく尊敬しています。
福沢諭吉のすごいところは、アカデミズムという概念に対する深い造詣(ぞうけい)と、それがもたらす人材と制度の絶妙なバランス感覚です。
福沢諭吉は慶應義塾の創設者であり、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、伝染病研究所(現在の東京大学医科学研究所)の創設にも尽力。他に東京学士会院(現在の日本学士院)初代会長を務めた。明治六大教育家として列される(提供:桜堂/アフロ)
これはなかなか口では言いにくいですが、要は、人間がもし学力や脳のスペックだけで判断されるような社会だったら、世代ごとにリセットされてしまうわけです。
言い換えると、生まれた瞬間から知能テストをして、「この子はこれが得意だから、これをやらせよう」「この子はこれが苦手だから、これをやめさせよう」と線引きをしていったら、ガチャみたいな仕組みになります。これでは世代を超えて何かを保存するのは難しい。
それに対して、慶應の仕組みの中では、子どもは生まれながらの能力だけで評価をされません。
慶應幼稚舎が典型ですが、能力よりも、慶應に入るコストを払えるかどうかで線引きをしています。それによって、ハイソサエティなものをつくっているのです。これは公教育ではできません。
つまり、人間のスペックに応じて社会をガラガラポンするのではなく、社会の共同体の中で、世代を超えた文化的なものと折り合いをつけるための学校というのが、慶應の本質ではないかと思います。
いわば、オルタナティブな逃げ道をつくったのです。そうした慶應の持つ意味も、福沢諭吉はよくわかっていたのではないでしょうか。
西洋的個人主義との相克
──明治以降の教育のひとつのテーマになっているのは「西洋的な個人主義」です。
「西洋的な個人主義」はすごく難しい考え方だと思っていて、我々は歴史上、個人であったことはなかったんですよ。
権利ある個人が社会に参画し、そこから得られる権利や恩恵と、そこから生じる義務とコストの対比関係で共同体を営むという発想自体がそもそも日本にはありません。
社会という見えない枠組みに対して、一人一人が参画している意識はまったくない状況から、西洋の個人主義を突っ込むのは、すごくハードルが高かっただろうと思います。
しかも、このタスクは明治維新から150年経った今もまだ完成していません。
──そもそもそのタスクは今後も取り組むべきなのかという問いがあります。落合さんは「西洋的な個人主義」は日本には合わないという考え方ですか。
僕はそうです。
もし僕が明治時代の人だったら、「150年経ってもインストールできなかったものを、10年でインストールできるわけないだろ」と言っていると思いますよ。
──もう日本はその誤りを見つめて、方向転換すべきなのでしょうか。
「合っていない」と切り捨てるのも一案ですし、逆に、それに合うように教育のほうを変えるのも一案かもしれません。
僕が「西洋的な個人主義は合っていない」と言っているのは結果論な話です。これだけやっても無理なんだから、もうそこにコストを払うのはやめましょうということです。
(聞き手:佐々木紀彦、写真:竹井俊晴、デザイン:九喜洋介)