「Patreon(ペイトリオン)」はこれまでに、5万人超のクリエイターおよび100万人の「パトロン」と契約している。だが、クリエイターたちの大半は、月に100ドル未満の稼ぎしかないのが現状だ。

現代版「パトロネージ」の実際

ミュージシャンのジャック・コンティーは4年前、Patreon(ペイトリオン)というスタートアップを共同設立した。
その目標は「クリエイティブクラス」(脱工業化した都市における経済成長の鍵となる推進力と認識された社会経済学上の階級)がポッドキャストや絵画などの作品の制作で生計を立てられるよう、彼らを支援することだった。
ペイトリオンが提供するのは、1500年代にイタリアのメディチ家がミケランジェロを支援したことなどで有名になった「パトロネージ」(芸術的な活動に経済的・精神的な援助を行うこと)に、デジタル時代の新解釈を加えたプラットフォームだ。
ペイトリオンはこれまでに、5万人超のクリエイターと契約している。彼らクリエイターは、収益の5パーセントを同社に支払う。
同社は2017年だけでも、100万人の「パトロン(支援者)」から1億5000万ドル以上の資金を呼び込んだ。投資家は、必要最低限の才能が十分な人気を獲得すれば、ペイトリオンは必ず黒字化すると確信している。
ただし問題がないわけではない。一部のクリエイター(表現が荒っぽい社会主義系ポッドキャストを制作している3人組など)が月に何万ドルも稼いでいる一方で、大半は100ドルに満たない月収しか得ておらず、パトロンも数えるほどしかついていないのだ。
こうした現実を踏まえると、このやり方で果たしてうまくいくのだろうかという疑問もわいてくる。
「ペイトリオンの成功にテイラー・スウィフトは必要ない。YouTubeの成功にHBOは必要ないのと同じだ」と語るのは、スライブキャピタルによるペイトリオンへの投資を主導したベンチャーキャピタリストのクリス・ペイク。「まだ始まったばかりだ」

「搾取しない」ビジネスモデルは可能なのか

ペイトリオンを創業する以前、コンティー自身も独立したアーティストとして生計を立てるのに四苦八苦していた。
同氏は数年間、YouTubeでミュージックビデオを制作して人気を集めていた。ハンドメイドのロボットをフィーチャーした同氏の作品「Pedals」は、制作に1万ドルがかけられ、200万回超の視聴回数を獲得した。
にもかかわらず、その作品はたった数百ドルの広告売上しか生み出せなかった。「これは何かおかしいぞと思うようになったのは、そのときだった」とコンティーは語る。「これではダメだ、と」
同氏の目標は、自分のような人々のために「搾取しない」ビジネスモデルをつくることだった。「Pedals」の最後に挿入されている、ペイトリオンについての売り込みのなかで、コンティーはこう語っている。
「これは、定期的に作品を発表している人々のための支援サイト『キックスターター』(Kickstarter)のようなものだ。数多くの作品を制作しているコンテンツ・クリエイターが大勢いる。これは彼らのためのものであり、われわれのためのものだ」
まもなく同社は、月に何千人ものクリエイターと契約するようになった。
ニッチな編みもの雑誌や、複雑な機械がバラバラにされる様子を収めたナレーションつき動画、キリスト教徒が科学や哲学について語り合うポッドキャストなどは、ペイトリオンでいま支援を受けているプロジェクトのほんの一例だ。その大半は、月に数ドルを投じるパトロンによって支えられている。
またコンティーの売り込みは、アートとは無関係の集団の心にも響いた。感情に左右されることなど決してない、シリコンバレーのベンチャーキャピタリストたちだ。
相次いで行われた数百万ドル規模の資金調達ラウンドのクライマックスは、インスタグラムの早期支援者として知られるスライブキャピタルが2017年9月に主導した6000万ドルの投資だった。
消息筋によれば、スライブキャピタルはペイトリオンの価値を約4億ドルと評価しているという(ペイトリオン側は、この評価額についてコメントすることを避けた)。

最低賃金を稼げるのは2%という現実

投資家たちは、ペイトリオンはいずれ、人々がYouTubeやInstagramなど他のプラットフォーム上でクリエイターに報酬を与えるための手段になると確信している(おそらくは、コンテンツのわきに取りつけられたペイボタンを使って)。
「ペイトリオンはインターネットの骨組み・構造の基盤になるための絶好のチャンスを手にしている。このサービスは、まだ始まったばかりだ。できることはたくさんある」
こう語るのは、以前手作りサイト「エッツィ」(Etsy)で役員を務めていた経験があり、現在はインデックス・ベンチャーズのベンチャーキャピタリストであるダニー・ライマーだ。
コンティーは難しい綱渡りを成功させなければならない。ペイトリオンがベンチャーキャピタル(VC)の側につき、金儲けを目指すのではないかと目を光らせるクリエイターたちを遠ざけることなく、収益性の高いビジネスを構築しなければならないのだ。
2017年12月、1年近くにおよぶ実験ののち、ペイトリオンは料金体系を見直し、クレジットカード手数料をクリエイターではなくサブスクライバーが負担するように変更した。この変更によって、クリエイターの手元に残る寄付金の額が増えると同社は述べた。
しかし、これが見事に裏目に出た。何百人ものクリエイターが多くのパトロンを失うことになってしまったのだ。
ペイトリオンはすぐさま、先の変更を覆した。コンティーは自社の公式ブログで「いまもわれわれは、こうした変更によってもたらされた諸問題を解決しなければならないが、別のかたちで解決にあたるつもりだ」と述べた。
またペイトリオンは、成功に関する非現実的な期待を抱くことでも批判されてきた。
ライターで写真家のブレント・ネッパーは、何カ月もの時間をかけてペイトリオンで収入を得ることに取り組んだ。そして2017年12月、自身の体験の記録を「The Outline」で発表した。
ペイトリオンをトラッキングしている「Graphtreon」のデータを引き合いに出しながら、連邦政府が定める最低賃金、時給7.25ドルに相当する額を稼いでいるクリエイターは2パーセントしかいないとニッパーは述べている。
有り体に言えば、多くのペイトリオンユーザーは目立ったコンテンツをつくっていない。日々の出費の足しにする手段として同サービスを使用し、ろくに作品を制作していないユーザーも、なかにはいる。

いかにパトロンとの接触を支援するか

コンティーも、ペイトリオンを利用するだけではアーティストになれないことを認めている。
現在、新たなソフトウェアツールの話が進行中で、完成すれば、クリエイターがパーソナルブランドを構築し、パトロンと接触を保つ助けになるはずだと同氏は述べる。もしこれらのツールがヒットすれば、ペイトリオンはサブスクリプション料金をクリエイターに請求するようになるかもしれない。
コンティーや彼を支援するVCは、ペイトリオンの未来予想図を描写する際にある企業をよく引き合いに出す。カナダのショッピファイ(Shopify)だ。
ショッピファイは、小売り業者に対して、月額利用料と引き換えにウェブサイトの作成やオンラインマーティングためのさまざまなツールを提供している。
ペイトリオンを創業した当時、コンティーは着想の源としてキックスターターの名前をあげていた。だが、見返りを求める投資家にとっては、これはベストな喩えではないかもしれない。
キックスターターはIPOを避け、利益よりも社会貢献に重きを置く公益法人的な道を選んできた。キックスターターが投資家に配当金を支払うようになったのは、ここ最近のことだ。その目的は、同社が上場あるいは買収されたときに投資家たちが入手できるはずのリターンの一部を返還することだ。
コンティーは、自身のビジネスモデルを完全なものにするための時間や資本は十分にあると述べながら「いつかは、ペイトリオンを公開会社にできたらと思っている」と述べている。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Gerrit De Vynck記者、翻訳:阪本博希/ガリレオ、写真:Juanmonino/iStock)
©2018 Bloomberg News
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.