【遠藤保仁】「先を読む力」の鍛え方

2018/1/28
ありがたいことに「遠藤は未来が見えているようなプレーをする」と評されることがあります。
僕の1本のパスから相手の守備陣が崩れ、味方が華麗にシュートまで持ち込むような展開になると、そのような印象を与えるのかもしれません。
たしかに、「自分がこういうプレーをすれば、こういう展開になるはず」と予測しながらプレーしているのは間違いありません。また、その予測通りにプレーをして、ゴールに迫ることも少なからずあります。
しかし、いつも予測通りに物事が運ぶといったことはありません。そもそも相手が予測通りに動いてくれるとはかぎらないし、僕が自分の予測通りのプレーをしたとしても、味方との連係がうまくいかずにボールを失うこともあるからです。
むしろ9割以上は、予測通りにいかないといえます。つまり、サッカーの一つひとつのプレーには、絶対的な「正解」は存在しないのです。
試合中はめまぐるしく状況が変化していきます。そうした状況を瞬間的に的確にとらえながら、予測と判断を繰り返し、それをプレーとして表現する。その繰り返しです。
遠藤保仁(えんどう・やすひと)
 1980年鹿児島県生まれ。鹿児島実業高校卒業後の1998年横浜フリューゲルス入団。京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)を経て、2001年ガンバ大阪に加入。2003年から10年連続でJリーグベストイレブンに選出された。2002年11月に日本代表としてデビューし、ワールドカップに3度出場
感覚としては、車の運転に近いような気がします。みなさんも、あまり自覚はしていないかもしれませんが、信号や道路標識、歩行者や他の車の動きなど、時々刻々と変わっていく状況の中、予測と判断を繰り返しているはずです。
そのため、試合中は体を動かしながら、いつも頭の中はフル回転の状態です。中学時代の監督から「体が疲れるのは当たり前。頭が疲れる選手になりなさい」とよくいわれてきました。
よく状況を観察して、頭で考えて予測し、一瞬で判断しプレーをしなさい、というわけです。その大切さはプロとなった今も変わっていません。

正解のプレーは時々刻々と変わる

プレー中はボールをもっているときも、もっていないときも常に先を予測し、3~4パターンくらいの選択肢をもつようにしています。ひとつの正解しかイメージできていなければ、その選択肢を敵に潰されてしまったときに万事休すですからね。
たとえば、自分がこのスペースでパスを受けたとき、最もゴールに近い位置にいるFWのA選手にパスを出すか、それともA選手とは逆サイドにいるMFのB選手にパスを出すか、あるいは近くにいるC選手とパス交換して敵の動きをうかがうか、もしくは味方選手のマークがどれも厳しくパスを出してもボールを失う可能性が高い場合は、後方にいるDFにバックパスをして組み立て直すか……といった具合です。
もちろん、状況は時々刻々と変わっていく。3~4つの選択肢がすべて消えて、新しい選択肢が生まれることもあります。
したがって、常に最善の判断をするために、予測を繰り返していくしかないのです。これがダメなら次、こっちがダメなら次、というように。
サッカーの試合を見ている人は、「あの選手がフリーなのに、なぜ遠藤はパスを出さないんだ」とやきもきするかもしれない。でもそれは僕なりに状況判断をして、捨てた選択肢です。
「次はこうなって、こうなるだろう」と予測する練習は、中学生ぐらいのときからしていました。練習や試合の最中はもちろんのこと、自分が出場していない試合を見ながら予測するのも当たり前でした。それがクセになり、試合を見れば見るほど自分の予測が当たる確率は上がっていきました。
このような「先を読む力」は、サッカーのトレーニングと一緒で、「予測→検証→改善」の反復練習をすればするほど予測の精度は向上していくものです。

「先読み」をクセにする

「先を読む力」は、個人のセンスに左右される部分もあるでしょうが、ある程度は自分で磨くことができます。
僕の場合、試合中や練習中だけでなく、ふだんの生活の中でも予測することがクセになっています。
たとえば、車の運転をしているとき、どの車線を走れば前がつまることなく、スムーズに流れに乗ることができるか、常に考えています。前方の混雑状況だけでなく、バックミラー越しに映る後方の交通量や道路状況なども考慮しながら、自分が走る車線を選択しているのです。
また、家族といっしょにスーパーへ買い物に出かけたときも、どのレジに並ぶべきか、いつも予測しながら決めています。単純に列をつくっている人の数を見るだけでなく、買い物かごの中に入っている商品の数もチェックする。当然、並んでいる人の数が多くても、買い物かごの中の商品が少なければ、列は早く進むはずです。
見逃しがちなのは、レジを打つ店員の熟練度。ベテランの店員だと手際がいいので、素早くお客さんをさばいていくけれど、反対に、レジ打ちに慣れていない新人のアルバイトだと倍の時間がかかることもあります。
こうした要素を総合的に判断して、自分が並ぶべき列を決めていくのです。
もちろん、迷ってもたもたしていれば、他のお客さんに先を越されてしまうので、瞬時に判断するスピードも重要です。このような日常生活での小さな予測を、意識して何度も繰り返していくと、精度も高くなり、判断スピードも上がっていきます。

「遊び心」が発想力につながる

たかが車の運転、たかがレジの列かもしれません。遊び感覚で楽しんでいるだけで、実際にサッカーのプレーにどう影響しているかは正直わかりません。
でも、どんなことでも予測する練習を繰り返すことで、確実に精度を高めることはできます。少なくとも僕は、遊び心をもちながら日常を過ごすことは、サッカーのプレーの質を高めることにつながると信じています。
遊び心は、柔軟な発想力を鍛えるうえで欠かせません。そして、それは「アイデアが湧く=選択肢が増える」ことにもつながります。
少し先の未来を自分の頭で考えてイメージしておくことの大切さはサッカーにかぎらず、仕事でも同じだと思います。自分が置かれた状況を素早く把握し、次に何が起こるか、何をすべきかを予測しておく。
そのとき、いくつかの選択肢を用意しておくことができれば、状況の変化にも柔軟に対応できるはずです。
進化論を唱えたダーウィンは、「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」という考えを示したといわれています。まさに、その通りではないでしょうか。
(写真:アフロスポーツ)