【エディー・ジョーンズ】「勝てる組織」のつくり方

2018/1/21
「奇跡とは、よくファンタジーの世界で使われる表現だ」
いまから3年前、2015年ラグビーワールドカップで強豪・南アフリカを破った日本代表のエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチは、歴史的快挙をそう振り返る。ファンやメディアが「奇跡」と沸き立った一方、指揮官にとってはプロセスを周到に積み重ねた末の必然だった。
日本で空前のラグビー人気が起こった2015年W杯後、惜しまれながら日本を去ったオーストラリア人コーチは、ラグビーの母国・イングランドに新天地を求めた。同大会でイングランド代表はホスト国として初の1次リーグ敗退に終わり、同国初の外国人ヘッドコーチに再建を託したわけだ。
新ヘッドコーチ就任後、イングランド代表はここまでのテストマッチで23戦22勝。2019年に日本で開催されるW杯では優勝候補の一角と目され、指揮官自身、「勝つチャンスはかなり高い」と断言する。
なぜ、エディー・ジョーンズは行く所々で確実に成果を残すことができるのか。どうやって負け犬根性を払拭させ、勝者のメンタリティを植え付けているのか。
ラグビー界きっての名将が、“勝てる組織”のつくり方を伝授する。
エディー・ジョーンズ
 1960年オーストラリア生まれ。高校の体育教諭を経て、東海大学でラグビー指導者のキャリアを開始。オーストラリア代表ヘッドコーチ、南アフリカ代表チームアドバイザーなどを歴任し、日本代表のヘッドコーチに。2015年W杯では史上最多の3勝を挙げた。同大会後、イングランド代表のヘッドコーチに就任

「コーチングはアートだ」

――2015年W杯後にエディーさんがヘッドコーチに就任して以降、イングランド代表は素晴らしい成績を残しています。日本代表に「ジャパンウェイ」を植え付けて強くしたように、イングランドでは「イングランドウェイ」を確立しているのですか。
エディー そういうことを話したりはしないですが、実際に行っているのはそうですね。イングランド代表でイングリッシュスタイルラグビーを築き上げています。この3年間で選手たちは本当にフィットしてきました。W杯本番までに残り20%の道のりがあるので、ウイニングマインドセットをチームに落とし込んでいるところです。
――イングランド人にとって必要なウイニングマインドセットは、日本人が必要なものと同じですか、違うものですか。
イングランド人と日本人はとても似ています。すごく礼儀正しく、親切で、成功に対してそこまで貪欲(どんよく)ではありません。というのは、すでに心地よい生活を送っているからです。イングランド代表におけるメンタルチェンジのプロセスは、日本でやったことと結構似ていますね。
――すべての代表チームは自分たちに合ったスタイルを築き上げれば、結果を残すことができますか。
W杯で優勝できるのは1チームだけで、ベスト8には8チームしか進めないので、そうは言えないと思います。大事なのは自分たちにとって正しいフィロソフィを構築して、システムを信じ、正しいマインドセットを持つこと。そして、どれだけ運動量の多い選手をそろえるか。最後はそこに尽きると思います。
テニスで言えば、錦織圭対ジョコビッチのようなものです。運動量について比較すると、ジョコビッチの方が錦織より優れています。しかも、ジョコビッチはより大きくて、強くて、速い。ジョコビッチのメンタルが少し落ちているときには、錦織にも勝つチャンスはあります。10試合やれば、錦織は1回勝てるかもしれない。
――勝つ方法はハードワークし続けることですか。
ハードワークすることによって、 勝機が見えてきます。運動量に恵まれている人たちは、ビッグトロフィーを何度も勝ち取るチャンスが多くあります。
――ハードワークでき、運動量に恵まれた人が勝者になれるということは、エディーさんが日本代表を強くした過程にも表れていたように思います。同時に指導法で印象的だったのが、「コーチングはアートだ」というアプローチ法でした。
スポーツはヒューマンサイエンスです。完璧なサイエンスではなく、他者との関係性のなかで行われるものです。コーチングには公式が存在しません。すべての選手は違うし、すべての状況は違います。公式は存在しないから、自分で正しいやり方を見つけなければいけない。
大事なのは、細部まできちっとした緊張感(tense)を持たせていくことです。緊張感というのは、例えばどれだけの力でチームをサポートするか。自分がどれだけの力を注いでチームにチャレンジさせるか。一つ一つのチームでそれらのバランスが違うから、緊張感を適切に変えなければいけない。
それが、アートだということです。ここに50%、ここには50%とは言えないし、適切なバランスを構築するという点で、コーチングはアートだと思います。日によっても、そのバランスは変わりますしね。
――日本のスポーツチームのコーチや学校の先生は、「コーチングはアートだ」と理解できていると思いますか。
歴史を振り返ると、そうではないでしょうね。おそらくコーチングは、力によってなされていると思います。
例えばパワフルな監督が大きな力を持っていて、すべてのルールを決めて、やり方をこうだと命じて、選手たちは言われたことをやるという歴史が日本にはあると思います。50年前はそれでうまくいったと思いますが、いまはすべてが変わりました。選手たちも変わったので、コーチのアプローチも変わらなければいけない。
シンプルな例をあげると、50年前に私がコーチングをするとして、選手に対して「ジャンプしろ」と言います。選手は「はい」と私に言って、実際にジャンプします。
でも、いまの選手なら「なんでジャンプするんですか」と理由を聞いてくると思います。昔の人はただジャンプしましたが、いまの人々の考え方はすごく変わっている。だからコーチングの方法も、人の変化に合わせて変えなければいけない。
――日本代表を強くしていく過程で、「指導者によるコーチング」と「選手たちの自主性」の両方が大事だと話していました。ともすれば、この2つは対照的になってしまうように思いますが、どうやって両立させましたか。
コーチングをしていると、選手から反応をもらえますよね? いい例がミーティングです。以前のミーティングでは選手たちは受け身で、情報を受けるだけでした。
でも、いまの人たちはそうやって学ぶだけではありません。むしろミーティングでは、選手たちに対して「あなたたちも参加しているんだ」と自覚させる必要がある。選手は「この場で何かを得られる」と考え、参加者(participant)であるべきだと思います。
だからコーチは選手に「これをやれ」と言うだけではなく、しっかり会話をして、選手たちを自分に引きつけなければいけない。選手たちが知識を獲得し、考え方を深められるように促していくための働きかけが必要です。
最もいい例が、五郎丸(歩)です。彼はいわゆる、昔ながらの日本人の青年です。2015年W杯に向けて日本代表に入った当初、彼は早稲田のスーパースターでした。ミーティングでは部屋の一番後ろに座って、下を向いて話を聞いていた。そうして、情報をもらうだけでした。
でもW杯が終わる頃には一番前に座り、前のめりになって、いろいろ質問をしてきました。単なる傍観者(recipient)から、参加者(participant)に変わったんです。そうした変化があったから、彼はチームへのエンゲージメントと自身のモチベーションを高め、日本代表での存在感も強まりました。五郎丸は自分に対する姿勢が高まれば高まるほど、プレーもよくなっていったんです。
――エディーさんという、日本人とは違うメンタリティや考え方を持った外国人コーチと出会ったから五郎丸選手は変われたのですか。
そうではないと思います。コーチングの仕方で、彼は変わったと思います。私たちのアプローチ方法によって、日本代表の選手たちが以前よりもっと考えるようになりました。

「ハードワーク」と「頑張る」

――エディーさんは日本代表時代に練習の質、量ともに高めて「ハードワーク」で強くしました。著書で「『ハードワーク』と『頑張る』は違う」と書いていましたが、違いはどこにありますか。
「ハードワーク」が意味するのは、ディープワークです。ディープワークとはハードワークするだけでなく、メンタル面でもアクティビティ(行動)に対して自分の頭をきちんと合わせること。つまり、向上する意思があるということです。
例えばジムで60分トレーニングするとします。あなたにはチョイスがある。ただ60分トレーニングをするのか、もしくは自分を向上させるために60分トレーニングをするのか。ただ60分トレーニングするのは「頑張る」。60分、自分を成長させるために行うのがディープワークです。
――頑張っている日本人選手はすごく多いと思いますが、ハードワークをしている日本人選手は少ないですか。
いくつかのチームの、何人かの選手はそうかもしれませんね。トップリーグで言えば、パナソニック、サントリーの選手は常に成長していると思います。でも他のチームを見ると、ただ一生懸命やるだけで終わっているところもあると感じます。
――「ハードワーク」と「頑張る」の違いは、どうすれば学んでいけますか。コーチが教えるべきなのか。
100%そうです。私が日本に来て最初にサントリーをコーチしたとき、(チームが重視するのは)トレーニングをいかに長くやるかがすべてでした。例えば4時間練習したら、イコール「本当によくやった」となる。いい例がテレビドラマの「スクールウォーズ」です。タックルできない人がいたら、何百回もタックルの練習をします。
私はサントリーでその考え方を変えるために、「時間を決めて練習するから、そこで100%の力を出しなさい」と言いました。「それができれば、練習が1時間で終わることもある」と。
最初の練習では、10分でセッションをやめさせました。なぜなら、100%の力でやっていなかったからです。選手たちは練習したいのに、私は練習をやらせなかった。そうやっていくことで、選手のマインドセットを変えることができました。
同じことを日本代表でも何度もやりました。コーチがただやみくもに「トレーニングしなさい」と言ってやらせるのではなく、選手たち自身が成長したいという意思を持つことが必要です。
仕事の残業も同じことですよね。例えば自分が上司だとして、帰らずに社内で残業する。部下は、上司がいるから残業しなければと思います。
でも実際には、自分がどうすれば会社に貢献できるかと考えて仕事をしていくべきです。それが本当の意味での“仕事”ですよね。両者にはマインドセットの違いがすごくあると思います。
――エディーさんは日本代表を強くするための2本柱として、「時間を区切ってトレーニングをする」ことと「選手に責任感を与える」ことを立てました。その目的は、100%で努力できるように導くためですか。
その通りです。やることすべて、そうでなければいけない。そうなれば、失敗を恐れない人になります。もし失敗を恐れなければ、成功を収めるチャンスが上がりますよね? 逆にもし何かを出し切らないままでいたら、成功なんてあり得ない。
クリストファー・コロンブスは船で旅立ったとき、勇敢な心を持って大海原に出て行きました。海の向こうに何があるのかもわからないのに、です。もしかすれば、地球のどこかが崖みたいになっているかもしれない。けれども、コロンブスは未知なる世界への航海を始めました。
スポーツの一番難しいところかもしれませんが、自分が何かを成し遂げたいときは、勇気を持って100%でやることが必要です。ときには、それだけでは達成できないかもしれない。それが難しいところです。
誰でも、失敗したくないですよね? でも、「自分の100%は出せなかった。本当はもっとできたのに」と言えば、それは言い訳になります。だから、言い訳無用の精神を培っていかなければいけない。
それには100%で練習して、グラウンド上で状況判断できるようになる人間がチームに必要です。なぜなら、グラウンド上でコーチに判断をあおぐことはできないからです。
*明日掲載の後編に続きます。
(撮影:是枝右恭)