【小松成美】平昌五輪、日本は「近年まれに見る好機」だ

2018/1/20
チャンス多き大会
近年まれに見る好機。私はそう思っている。
日本人選手にとっては、1998年の長野五輪以来のチャンスかもしれない、と。
2018年2月9日から2月25日までの17日間、大韓民国江原道平昌を中心とする地域を会場として開催される第23回オリンピック冬季競技大会。
一般的に平昌五輪と略称される間近に迫った雪の祭典は、日本選手団にとってはチャンス多き大会と予測する。
メダルの獲得数も2010年バンクーバー五輪、2014年ソチ五輪を超える可能性も大きい。
昨今の日韓関係や東アジアの政治情勢の報道に触れれば、今回の冬季オリンピックを“晴天を仰ぎ見るような清爽な心持ち”で迎えることは必ずしもできない。
しかし、オリンピックアスリートやそのコーチ陣、競技に携わるチームスタッフの立場で今大会に目を向ければ、日本人選手たちにいくつかのアドバンテージがあることが分かる。
まず、時差がないこと。日本と韓国には時差が存在しない。
オリンピックで人生最高のパフォーマンスを目指す選手たちにとって、心身のコンディションこそ成績に直結するものだが、そこで重要なのが、五輪直前の最終調整だ。
体に時差を覚え込ませなければならない北米や欧州の大会とは違い、平昌の選手村もしくは競技会場に入る直前まで、選手たちは自国のホームタウン・ホームグラウンドで調整することが可能になる。
大会中にピークを迎えるためのトレーニングに集中し、生活環境に神経を使わなくて良い状況は、選手の負担をどれほど軽減することか。
自己の競技スケジュールを見ながら、一段一段階段を上がるようにして決戦の日を待つ者にとっての大きな安心材料の一つだ。
さらに、フライト時間の短さも嬉しい。平昌は、ソウルへ飛び、その後車で3時間ほど走った場所にある。羽田空港、新千歳空港からソウルまで2時間40分、関西国際空港からは2時間30分。
冬季五輪に出場するトップアスリートたちは、世界転戦が当然で、飛行機での移動を苦にすることがない。けれど、厳密に言えば、搭乗中の気圧による体調の変化やインフルエンザ感染の危険など、搭乗時間が短ければリスクを下げられる。
降雪量が少ない平昌
ところで、韓国国内でスキーリゾートとして知られる平昌は、平均気温が氷点下になる極寒の地。その寒さに、開会式に参加する選手の体調不良が懸念されるほどなのだが、実は、元来降雪量が少ない地なのだという。
スキーリゾートとして開発された地域ではあるが、人工降雪機が活躍しており、五輪期間中も例外ではない。
競技場の雪が、自然の雪ではなく人工降雪であることが、日本のスキー競技(アルペン、ノルディック複合、フリースタイル、クロスカントリー、ジャンプ等)の選手にとって有利に働く。
常人には知る由もないのだが、スキー板を使う種目でタイムや順位、飛距離を分けるものは、選手のスキル・気象状況もさることながら、実はストラクチャー(スキー板の滑走面につける細かい溝)と雪に接する面のスキー板に塗るワックスの調合と塗り方が重要なのだという。
そう証言してくれたのは前早稲田大学スキー部監督の倉田秀道さん。倉田さんはノルディック複合の銀メダリスト渡部暁斗選手はじめ、多くのトップスキーヤーを育て上げた指導者だ。
とりわけ重要なワックスに言及すると、
「スキー競技においては、スキー板にワックスを塗布する“ワックス・ワーク”こそ、勝利への鍵だと言われています。その日の天候、気温や湿度、雪質などを総合的に見て、塗るワックスの選定をし、塗布の方法も、選手、種目、気象状況によって選び抜いていきます。オリンピックでメダルを獲得する国には、優れた『ワックスマン』が、大勢いるんですよ」
と言う。
ワックス・ワークのプロフェッショナルの活躍がメダルを支えているのだ。欧州や北欧が強いのは、素晴らしいスキーヤーとともに優秀なワックスマンが存在するからだった。
「もちろん、日本にも素晴らしいワックスマンがいて選手たちのために働いています。が、欧米に比べればワックスチームの人数が少ないのです」
ワックスの塗布が記録や順位を分けることは、平昌五輪でも変わりがないのだが、人工降雪であることがポイントになる。
倉田さんの証言はこうだ。
「自然の雪はその質が日々違い、微妙な差異に合わせてワックスを調合、塗布しなければなりません。しかし、人工降雪なら雪質はおおむね一定です。ワックスマンの作業は自然の雪に比べれば、かなり軽減されるでしょう。膨大な予算を使い大人数のワックスマンを投入する海外のチームにも、少数精鋭のワックスマンを持つ日本チームなら十分に太刀打ちできるでしょう」
顔の見えないワックスマンの活躍に胸を躍らせて、スキー競技を見ることになる平昌五輪は、日本にとって分岐点となる大会でもある。
倉田さんが続けて解説してくれた。
「2026年の冬季オリンピックに札幌が名乗りを上げました。1972年に冬季大会を開催した札幌ですが、実現すれば54年ぶり2回目となります。この動きは、2020年東京オリンピックと同じ作用があります。『自国開催のオリンピック』という希望は、現時点でのメダル候補の選手たちの心にも火をつけるでしょうし、若い選手たちにとっては人生を賭ける大きな目標となります。今小学生の選手たちがオリンピック出場をダイレクトに目指せるわけです」
フィギュアスケート、スピードスケート、ジャンプ、スノーボード、ノルディックスキー複合は、平昌でもメダルを視野に入れられる実力と人気が伴った競技だ。それに続くのが、アルペンスキー、カーリングなど。
「協会やJOCも選手強化・競技普及、さらには市場拡大(人気スポーツへの昇華)に力を注ぎ始めていると思います。平昌五輪に出場する選手の中には、今大会の活躍だけでなく、先のオリンピックを見据えた人材も少なくない、と思います」
「オリンピックだけは特別だ」
すべてのアスリートが一様にこう口をそろえる。「オリンピックだけは特別だ」と。メダルを目指す選手たちは刻一刻と迫る決戦の瞬間に、思いを馳せているに違いない。
私もまたソチ五輪から4年が過ぎた感慨に浸りながら、競技スケジュールの確認に余念がない。
時差のない放送時間を確認し、◎を付けた競技と選手の名前をノートに記している。
ノルディックスキー複合 渡部暁斗選手
フィギュアスケート 羽生結弦選手
フィギュアスケート 宇野昌磨選手
フィギュアスケート団体
スキージャンプ 葛西紀明選手
スキージャンプ 高梨沙羅選手
スキージャンプ 伊藤有希選手
スノーボードハーフパイプ 平野歩夢選手
スノーボードハーフパイプ 平岡卓選手
スノーボード 女子スロープスタイル・ビッグエア 鬼塚雅選手
スキーハーフパイプ 小野塚彩那選手
モーグル 堀島行真選手
スピードスケート 高木美帆選手
スピードスケート 小平奈緒選手
チームパシュート 女子日本チーム
カーリング男子
カーリング女子
日の丸を付け、胸にメダルを持った選手たちの姿を、瞬きを忘れ見つめたい。そう願いながら。
 (Photo by Matthias Hangst/Getty Images)