【河田剛×ビズリーチ南】人生100年時代の「新しい働き方」論

2018/1/15
連載「スタンフォード・スポーツフィロソフィー」の執筆者・河田剛氏と、ビズリーチの南壮一郎社長による「働く」をテーマにした対談企画。

夢をかなえる働き方

「働き方改革」がさけばれるようになり、政府によって「人生100年時代」という言葉が掲げられるようになった現代の日本社会。今やキャリアを1社で終えることは珍しくなり、自分自身で主体的にキャリアをつくっていく時代へと移り変わっている。
「自分の幸せのために、好きなことをやっているだけ」
憧れだったアメリカンフットボールの名門、スタンフォード大学へと飛び込みコーチ(オフェンシブアシスタント)の座を射止めた河田剛氏のこの言葉は、これからの「働き方」を考察するうえで重要なキーワードとなるだろう。
河田氏がアメフトを始めたのは、大学に入ってから。オフェンスラインの一角として活躍し、卒業後も営業マンとして働きながらリクルートシーガルズ(現・オービックシーガルズ)で選手やコーチとして何度も日本一を経験した。
転機となったのは30歳をすぎ、NFLのキャンプを見学しに行ったときのことだった。よく整備された美しいグリーンの芝生の上で、齢70にもなろうかという老人のコーチが2メートルを超す選手につっかかるように指導している姿が目に飛び込んできた。
「本当に楽しそうだったんですよ。こんなおじいさんになるまで好きなスポーツで働くことができるのは、アメリカしかないなと」
スタンフォード大学アメリカンフットボール部でコーチを務める河田剛氏
とはいえ、日本人にとってアメフトの世界のハードルは決して低くない。NFLではこれまでコーチはおろか選手になった日本人はおらず、カレッジスポーツであっても日本とはスケールが違う。全米からトップレベルの選手やコーチが集まり、ヘッドコーチが10億円を超える年俸をもらうこともある。
河田氏はこうした世界で、いかにして自分の価値を認めさせることができたのだろうか。
今回、自らの夢をつかんだ河田氏と、自身もかつて憧れだったスポーツの世界へと飛び込み東北楽天ゴールデンイーグルスの創設、球団経営に携わった経歴を持つ株式会社ビズリーチ代表取締役社長の南壮一郎氏が、「働く」をテーマに対談を行った。
ビズリーチの南壮一郎社長

やってみろ。答えは明日わかる

河田 僕はアメリカでコーチになるという決意をするにあたって、ある経験が一つの後押しになりました。会社を辞める前、NFLのキャンプに見学に行ったときのことです。
その前年に仲良くなったNFLのリチャード・ケントというコーチから、「キャンプに来るときは連絡してこい」と言われていたので連絡を取ると、待てど暮らせど返事が来ない。休暇も飛行機も取っていたので、「とりあえず行っちゃえ!」と思って行ったら、ケントが満面の笑顔で寄って来て、「よう、TK(河田氏のニックネーム)、よく来たな! 忙しくて返事をできなかったよ!」と。
ちゃんとホテルも食事も手配されていたのですが、「なんで返事をしなかったんだ」と正直むかつきました。
アメリカでメジャーリーガーのエージェントをされている方に、電話でその話をしたんです。すると、「おまえには悪いが、ケントの気持ちはよくわかる」と言われました。
その人が言うには、アメリカや中国など、いろんな国の人からインターンの申し込みが来るけど、面倒なことを言うのは日本人だけだ、と。いつから行けばいいか、どこに泊まればいいか、いくらもらえるか……そう聞いてくるのは日本人だけだと言うんです。
僕は次の日、同僚に「(用具係が洗濯してくれる洗濯かごに)私服を出してもいいのか?」と聞きました。すると、「おまえはよく『何をしていいのか』と聞いてくるけど、聞くのではなく、まずやってみろよ。そうしたら明日の朝にはわかるさ」と言われました。確かにそうだな、と。
それで会社を辞めて、アメリカで挑戦する決心がつきました。僕の場合はそれがいい方向に転がりましたね。
いろんな人からスポーツの仕事をしたいという話を聞くけど、いつも「とりあえずやってみれば?」と答えます。ただし、やってみようという人が少ない。
 100人いて、1人いるかどうかですよね。やりたければ、やればいい。ただ、きちんと戦略を立てた方がいいと思います。その点、河田さんはしっかりと戦略を立てておられますよね。キャンプの日程や場所を押さえて、知り合いをつくっておいて、あとは実行あるのみ。
私自身はサッカーの日韓ワールドカップを見てスポーツの仕事をしたいと思うようになり、メジャーリーグの全球団に手紙を書いたり、エージェントに電話を掛けたりして、ツテもないまま現地まで飛びました。
河田 その話を聞いて共感しました。そういうことをやっているときが一番楽しいですよね。
 失うものは何もありませんでしたし、恥ずかしいという気持ちが邪魔になるものだと思います。ただ私の場合、河田さんほど戦略を立てていなかったので、皆さん美化してくださるんですが、今から振り返れば自分では反省しています。ただ、楽天イーグルスのときには戦略的に行きました。

ビジネスの基本は課題解決

河田 一度そうした経験があったからこそ、そこで学んで、今があるんですね。
僕の場合、アメリカでフットボールのコーチになると決めて、スタンフォード大学を訪れました。断られても食い下がり、ヘッドコーチの機嫌がいいときを見計らって自分の熱意を伝えにいって、チームへの同行が許されました。
ただし、もう一つハードルがありました。観光ビザで滞在できる90日の間で、いかにしてチームになくてはならない存在になるか。それを常に念頭に置いていました。
例えば、アメフトではよくフォーメーション図を用いてチーム戦術を共有することが多いので、そのフォーマットを作成しておいて、あとは相手チームのディフェンスを書き込めばいいだけにしておく。それをわざと他の人には引き継がずに、サーバーの奥の方に隠しておきました(笑)。“僕がいなくなったら困るだろうな”というものを、いくつもつくっておいたんです。
 やっぱり戦略家ですね。“おまえがいないと回らない”と。素晴らしいと思います。
河田 日本に帰ってからは、電話とメールが止まりませんでした。それで、「来シーズンも頼む」と。作戦勝ちでしたね。
 私が楽天イーグルスに入ったときには、楽天の三木谷(浩史)社長に20分、プレゼンする機会を頂戴しました。半分でそれまでの自分の経歴を、残り半分で自分がオーナーだったらどんな球団経営をするかという話をしました。
地域に愛される球団づくりを根幹としながら、数量分析を用いてどのように強いチームをつくるのか、ビジネスライクに健全経営をしていくのか、といった内容です。
これは私の持論ですが、コミュニケーションというのは、自分が言いたいことを言うのではなく、相手がどういう課題を持っているかを理解し、その課題に対する解決策を提供することだと思っています。
河田さんがスタンフォード大学でやったことも、私が三木谷さんに対してプレゼンしたことも、相手が必要だと感じたからポジションを与えられた。自分が今、何を求められているのかを理解する能力は非常に重要だと思います。「あいつがいないと仕事が回らない」と思われれば、雇いたいとなるわけです。
ビジネスの基本は課題解決だと考えています。これはスポーツの仕事に限った話ではありません。世の中にある課題をより良い方法で解決するか、あるいは誰も気付いていない課題を定義して解決するか。それを自分で考えて行動することが大事です。どの業界でも同じことだと思いますけどね。
河田 アメリカ人は、悪く言えばいい加減、良く言えば優先順位をつけるのがうまいですよね。僕がスタンフォードに行ったときには、“誰にでもできるけど、捨てられている”ような仕事が結構ありました。そこに自分が少し手を加えるだけで、チーム運営がスムーズに進むようになる。
例えば、スケジュール管理やプロセス管理がそうです。シーズン中、何人かのコーチで相手チームの戦術傾向を分析する作業をやりますが、“誰が、何を、どこまで、どのように”やっているのかを、チームとして管理していなかった。そこで僕が、それらを管理できる表をつくったんです。以前一緒に働いていた同僚がウェスタンケンタッキー大学のヘッドコーチになった後も、その表を使ってくれているそうです。
 河田さんの話を聞いていても、自分が本当にやりたいことをやるのであれば、すぐに始める行動力、どのように行動するかを考える戦略力、そして課題発見力・課題解決力の3つが大事だと感じます。
*明日掲載の後編に続きます。
(構成:野口学、撮影:中島大輔)