【岡田武史】第二創業期のFC今治、「10年でJ1優勝」への2本柱

2018/1/7
いまから半年後の2018年6月、FIFAワールドカップ・ロシア大会が開幕する。過去にこの大会で日本代表を率いて2度の出場を果たした、唯一の日本人リーダーが岡田武史氏だ。
岡田氏は2014年11月、愛媛県今治市を拠点として活動するFC今治(JFL)のオーナーに就任した。そのFC今治がいま、第二創業期を迎えている。
1試合あたりの平均観客動員が797人(2017年)のJFLにあって、FC今治は2017年9月に5000人収容の「ありがとうサービス.夢スタジアム」をオープン。その後のホーム試合において、何度も満員を達成している。
今後、岡田氏の事業はますます拡大する予定だ。健康とスポーツがテーマで1万5000人収容の「複合型スマートスタジアム構想」、今治市全体で取り組むサッカー選手の育成事業「今治モデル」など、事業では地域創成からアジア、そしてグローバルへと縦横無尽に可能性を追求していく。
一体、岡田氏の事業構想はどこから生まれるのか。事業への情熱はどこに源泉があるのか。
“経営者・岡田武史”が、FC今治の未来を語る。
岡田武史(おかだ・たけし)
 1956年生まれ。1998年W杯予選中に日本代表のコーチから監督に昇格して、日本を初めてW杯に導いた。2007年に再び日本代表監督に就任し、2010年W杯ではベスト16に進出。2014年11月、FC今治のオーナーに就任した

売り上げ30億円達成するために

FC今治を運営する「株式会社今治.夢スポーツ」の代表取締役会長に就任して、やっと3年が経ちました。一時は会社が潰れるかもしれないという危機もありましたが、なんとか3年もったと思っています。
来期(決算は1月期)は予算規模が7億円くらいで、契約社員を含めて社員50人弱という状況です。
「10年で会社の売り上げを30億円にして、クラブはJ1で優勝する」
2014年にオーナーになって、僕はそう公言してきました。
例えばJ2のファジアーノ岡山の場合、代表の木村正明さんという大変優秀な経営者が10年間経営して、2016年度の営業収入は12億7100万円。今治の10倍以上人口がいる岡山県で、約10年間経営しての話です。それなのに僕は人口10分の1未満の今治で、ファジアーノ岡山の倍以上の30億円にすると言っている。
そうした目標を達成するには、他のクラブと一緒のことをしていたら絶対にできません。新しいチャレンジや発想が不可欠です。
そもそも日本でスポーツビジネスを成り立たせようと思ったら、“いいサッカーを見せる”とか、“チームを強くする”だけでは無理です。
ヨーロッパでは宗教の関係で週末に(店が休みになるなど)やることが少ない一方、日本ではやることがたくさんあります。
(国土が狭くアクセスも便利な)日本なら気軽にディズニーランドなどの娯楽施設に行けるけれど、アメリカでは多くの人がカントリーサイドに住んでいて、そうしたところに気軽には行けません。だから、アメリカ人はお金を払って有料テレビを見ます。そうして放映権料が日本のよりはるかに大きい額になっている。
そう考えると、ヨーロッパやアメリカと同じ方法を日本でやっても、スポーツビジネスは成り立ちません。
日本でも、ホームタウンが浦和レッズのような場所にあり、人口1000万人のうちの1割がサッカー好きで、その1%がスタジアムに見にきてくれれば1万人になるというクラブなら、チームを強くすればいいかもしれません。
しかし、人口約16万人の今治はそれでは成り立たない。では、どうすればいいのでしょうか。

今治のピラミッドを広げる

今治でクラブを発展させるための取り組みの一つが、サッカー選手の育成事業「今治モデル」です。弊社の事業の大きな柱です。
育成に関してですが、FC今治だけが強くなっても意味がないと思っています。
以前、うちは10歳から15歳までを対象としたチームを持っていました。ところが僕がクラブの運営を行うようになると、今治中の優秀な子がうちに集まってきて、どこと試合をしても10対0のような結果になった。それでは、他のチームの指導者がやる気を削がれてしまいます。
だからうちは、U10、U11のチームをなくしました。
FC今治が大きくなっていくためには、うちのクラブだけではなく、今治の街全体が元気になることが必要です。そのためにまずは少年団、中学生、高校生のサッカー選手が一緒になって一つのピラミッドをつくり、その頂点のFC今治が強くて面白いサッカーをする。
そうしたら、「今治でサッカーをやりたい」という子が全国から集まってくると思います。そういう子たちを増やして、うちのクラブから街のみんなにピラミッドを広げていこうと考えています。
FC今治のU10、U11のチームをなくす代わりに、「自分たちのチームでプレーしてください。我々は指導者を無償で派遣して教えます」というスタンスにしました。そうして岡田メソッドを無償で提供しています。
ただし市内の中学校では人数が少なくて、サッカー部ができないというところもあるので、我々がその年代のチーム(U-15)を持ち続けています。うちのユースは高校1年生の選抜チームで、我々が週3回練習を見て、残りは自分の高校で見てもらい、週末はうちで試合に出る。それで高校2年生になったら、高校のチームに戻ってもらいます。
街のクラブに指導者を派遣するだけではなく、選抜チームを集めて無償で海外遠征に連れていくこともしています。ものすごいコストをかけていますが、今治全体で強くなっていくためです。
こうした取り組みが育成年代で徐々に結果につながってきて、将来性のある子が入ってくるようになりました。うちの育成年代の試合を見てもらえば、「これがFC今治のチームだな」というくらいプレーモデルに特徴が出てきています。
FC今治の特徴とは、僕が常々言っている「日本人が世界で勝てるサッカー」。
日本代表のハリルホジッチ監督とは逆ですが、局面で数的優位をつくり、しっかりボールを保持して攻めていく。こういったプレースタイルでないと、日本のサッカーは世界では勝てないと思っています。

投資してもらうための町づくり

もう一つの取り組みが、健康とスポーツがテーマの「複合型スマートスタジアム構想」です。うちのクラブにとって大事な事業です。
スポーツビジネスを成功させたいと思ったら、公共施設を借りずに独自でスタジアムを持たないと、運営がうまく回りません。
一方、自分たちでスタジアムを所有すれば、スタジアムの看板から入る広告料や飲食などで収入を得ることが可能になる。だから、現在の「ありがとうサービス.夢スタジアム」は資金的な支援を誰からも受けずに建設しました。
スタジアムを建設する上での一番大きな問題は、イニシャルコストです。「複合型スマートスタジアム」の建設に必要な60〜70億円をどう引き出すか。
当然、借り入れることも考えましたが、自分たちにもある程度資金がないといけません。だから別会社を立ち上げて、そこに投資してもらう形を考えています。
投資してもらうには、リターンがないといけない。リターンを出すためには、スタジアムを複合型にしていかないといけない。
こういった発想でいくつかのパターンを考えて、かなり絞られてきました。
例えば、(瀬戸内の)島にリゾート施設をつくるという構想です。
どういうことかと言うと、「しまなみ海道」(広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長約60キロの道路)は本当に素晴らしいところですが、リゾート施設がまったくありません。そこにリゾートホテルやマリーナ、コンサートホールといった施設やスタジアムを建設して、いろんなスポーツを楽しめる場所にしていきます。
また、スタジアムにマンションを併設して売り出すという構想もあります。単なる家賃収入だけではイニシャルコストの償却分も出ないので、そこには新しい価値を生み出していく。
例えば、ショッピングモールを併設する。保育園をつくって、様々な世代が同時に居住できる場所にする。さらに健康診断を受けられる病院や、トレーニング指導を受けられる施設を併設する。地元の人はもちろん、大学生やうちの育成年代の選手も住めるようにして、レストランでみんなが食事をとれるようにする。
ホテルも併設するので、健康診断やトレーニング指導を受けられて、いろんなスポーツを楽しんだ後、温泉に入って帰れるサービスをつけてもいい。
投資する側からすれば、単にサッカーのスタジアムをつくるだけでは投資対象にならないと思います。より多くの人を引きつけられるように、“健康とスポーツ”をテーマにしたスタジアムを建設して、それを中心とした街をつくりたい。
そうやって街を変えていくと言ったら、たとえ利益が出なくても、一緒にやろうとする企業が出てきてくれます。まずはこうした構想の収支をトントンに持っていくために、現在いろいろな話し合いをしているところです。

夢や感動を売るビジネス

以上が、第二創業期を迎えている弊社の現状と、今後の構想です。
これまでは自分一人で決済からすべてを行ってきましたが、今後は同じやり方では会社が回りません。個人事業から企業へ、経営そのものを変えなくてはいけないと痛感しています。
そのためには組織をマネジメントできる、プロの経営人材が必要です。弊社には若くて心意気のある人材が続々と集まっていますが、マネジメント経験のある人がほとんどいません。スタートアップでマネジメントできる人材を喉から手が出るほど欲しくて、ビズリーチで公募することにしました
それにあたって伝えておきたいのは、僕らは「スタートアップ」と「ベンチャー」の区別をしています。これこそが重要な点です。
僕らの言うスタートアップは、“想い”があって始める事業。一方のベンチャーは、「これをやったらもうかるぞ」というような事業の意味合いで捉えています。
FC今治は間違いなくスタートアップです。“ここでもうけて会社を大きくして、利益を上げて、上場して稼ごう”という考えの方だと、弊社では長く続かないでしょう。
僕の夢や理念に心から共感して、“報酬は高くないけど、今治でやってやろう”という意欲のある方を待っています。
サッカーを知らなくても、まったく構いません。僕らはサッカーを通してものを見てきた人間なので、逆にそうではない人の意見がものすごくありがたい。役員会にもそういう方がいて、すごく参考になっています。
ジョインしてもらう際に“想い”が必要なのは、我々が売るのは“夢”や“感動”だからです。信頼や共感を価値あるものにして、お金にしていく。
今後、日本にそういう社会をつくっていかなければと思っているし、うちの経営判断をするにはそれがすべてだからです。
例えば、ある遠征の前日に、「母子家庭でお金がないから行けません」と言われたことがありました。弊社は“目に見えない資本を大切にする会社づくり”をするのに、「母子家庭でお金がないから遠征に行けない」ということがあっていいのか。それは違うという話になり、そのときは僕があしながおじさんになって出しました。
その代わり、基金を作ったんです。寄付金を集めて、そういうことがあった場合、給付型の奨学金にあてる。こうした考え方が、うちのすべてです。
僕が営業でお客様のところに行く際も同じことです。
タニマチ探しで、「お願いします、お願いします」とやるのではなく、「我々の夢をどう思いますか? 今治の街を明るくして、みなさんに素晴らしい体験をしてもらいます」と、喜んでお金を出してもらえるようなお願いの仕方をします。
「なんとかなりませんか」というやり方では、社員が卑屈になるんです。だから「自分たちのやっていることに自信を持って、堂々と売るように」と話しています。
こうした考え方に共感してくださる方に、ぜひFC今治に来てほしいと思っています。
*明日掲載の後編に続きます。
(撮影:大隅智洋)