【塩野×佐々木】ハングリー&ノーブル。これがリーダーの条件だ

2017/12/28
リーダーの評価の物差しが変わった
佐々木 前回話に出た「日本人の受け身化」とも関連するかもしれませんが、どんどん人間として幼稚化しているというか、未熟な大人が増えている気がします。
産業医の大室正志さんは「現代の元服は40歳だ」と言っていますが、確かにそんな気がするのです。
【産業医・大室正志】40歳は人生100年時代の元服だ
100年ライフになると今の年齢を0.5掛けしたら昔の精神年齢に近づく。40歳でも精神年齢は、昔の20歳ぐらいなのではないかと感じます。
塩野 幕末の志士で奇兵隊を創設した高杉晋作は27歳で亡くなっていますから、そうした比較では現代は寿命も延び、幼稚化も進んだのでしょう。
人間には年齢ごとに経験すべきことがあると思うのですが、そのタイミングを逃すと、そこに変なこだわりを持ってしまう。とくに20歳までにやるべきことをやらないと、それを引きずってしまうように思います。
例えば、男性に多いですが、受験勉強ばかりして、年齢に応じた異性とのコミュニケーションや恋愛経験のないまま大人になると、異性との距離感がうまく取れなかったり、いびつな幻想を抱いたりする。
こういう人はビジネスシーンにおいても散見されますし、当然、仕事をしていく中でもハードルとなります。
極端な例として、男性の中には、女性をもの扱いする人がいます。
そういう男性をよく観察すると、やるべきことをその年齢でやっていないことが多く、そこにコンプレックスがあったりする。お金や地位を得た後の社会人デビューとも言えますし、過去への復讐にも見えます。
一言で言うと、うまく成長できなかった。うまく心を育てられなかったということです。
佐々木 以前、東大の松尾豊准教授にインタビューしたときに指摘していたのですが、「東大生に消費者向けサービスを作らせると、本当にセンスがない」そうなのです。こうした分野は慶應生が強いと語っていました。
松尾先生曰く、東大に入ってくる子は勉強ができるので、勉強ばかりしてきた人が多くて、人の気持ちがわからない人が多いそうです。
【松尾豊】年俸3000万円。AIがもたらす「新たな下克上」 
今、テレビ番組でも、ユニークな東大生を並べて、明石家さんまさんがいじる番組が流行っていますが、東大生を国民全体でおちょくって楽しんでいるのはちょっと異常ですよね。
塩野 異常です。
ただ、今までの教育は答えのある試験が解ける人間を優秀と定義してきたわけですよね。社会に出れば試験よりも変数が多く、運の要素も大きい。偏差値秀才が挫折することも多いわけです。
例えば高級官僚が「私は人の気持ちはわからないので」と言ったら嫌ですよね。
佐々木 そういう人には絶対出世してほしくないですね。
塩野 ここらへんで、仕事ができる人、優秀な人、リーダーになる人に対する評価の物差しを変える必要があるのです。
実際、物差しは変わっていくと思いますよ。
なぜかと言うと、AIやロボットの進化で自動化できることが増えてくると、ヒューマンタッチ(人間味)、ハイタッチ(感性)の価値が相対的に増大してきます。言語感覚、言語操作能力が高く、ヒューマンタッチ、ハイタッチ部分が強い人の評価が高くなるのです。
ダークサイド・スキル』のような本が売れているのは、ビジネスシーンで人の機微やわびさびを理解する力をつけたいと思う人が多いからでしょう。
佐々木 では、ダークサイド・スキルは、どうすれば身につけられるものなのでしょうか。
環境や育ちの中でダークサイド・スキルを育ててきた人と、後天的に身につけた人がいると思うんです。例えば、塩野さんのボスである冨山和彦さんのようなタイプは、論理で身につけたタイプでしょうか。
塩野 後者に近いかもしれません。左脳のパターン認識を、極限までやったら右脳化したように見える、と。人間に対するパターン認識がものすごく多いように見えます。
佐々木 そうすると、冨山さんのように左脳を右脳化できる人は稀でしょうから、体験や教育を通じて、自然に身につけていかないといけないのでしょうね。
「野蛮な貴族」の不在
佐々木 今後、人を評価する物差しが変わったときに、ヒューマンタッチが上がるというのは完全に同意なのですが、どういうふうな人生を歩んできた人がヒューマンタッチが高くなるのでしょうか。
実際問題として、面接官はヒューマンタッチをどう判断するのか? ヒューマンタッチの評価に限って言うと、東大卒であることがマイナス評価になる可能性すらあります。
塩野 その問いは、この対話の根本的な問いだと思うのですが、私の中では、ハングリーとノーブル(高貴さ)の両立の難しさと重なる問いです。
佐々木 ハングリーとノーブルというのは、面白いキーワードですね。
塩野 ハングリーさがないと事を成せないですし、何でも貪欲に吸収し、決断する度胸も持てません。
その一方で、ノーブルさがないと、悪いことをしてしまう。そこのバランスの難しさだと思っています。
政治家や官僚だけではなく、ビジネスパーソンにも当てはまる話です。ハングリーさはあっても、ノーブルさがない人はたくさんいます。「野蛮な貴族」の不在です。
今の日本のビジネスシーンは、本当に草食な人が多いので、悪に対する免疫がありません。ハングリーな悪人に騙される人がとても多いのです。
悪人というのはどこの世界にもいて、会社のお金を横領したり、気に食わない社員に工作を仕掛けて追い出したり、経営者をうまく操作して使ったりします。見る人が見れば、悪人というのはわかるのですが、過保護に育てられて性善説を信じてきた人は、それを見抜けません。
悪人もいずれは悪事がバレるので、最終的には自滅していきます。どんなにハングリーでお金儲けがうまくても、高貴さがないと、得た富も地位もうまく使えません。
実際、お金持ちになっても、周りの人も信じられず、世のため、人のためにお金を使えずに一人で黄昏がれている人はたくさんいます。
また、日本のビジネスパーソンは真面目に悪事を働くこともよくあります。会社のために、真面目な人が真面目にコツコツと罪の意識なく不正を働くような例です。
こういうケースは周囲も「会社のために社員は頑張ったのだから」というシンパシーがある気がします。日本の企業不祥事のほとんどはこれでしょう。
世界には、多くのグローバルイシューがあるのですから、その解決のために富や地位をもっとうまく使えばいいのに、それができない人ばかりなのです。
ハングリーさとノーブルさをどうすれば両立できるかは、人を見るときの私の大きなテーマです。
本田宗一郎、藤沢武夫という奇跡
佐々木 ハングリーとノーブルを両立させた人として、思いつく人はいますか?
塩野 白洲次郎みたいな人でしょうか。
佐々木 ただ、彼は悪い話もいっぱいありますよね。
塩野 そこも含めてハングリー&ノーブルだということです。吉田茂もそうですね。もう少し近年だと緒方貞子さんとか。
佐々木 盛田昭夫や本田宗一郎や松下幸之助もいい例ですよね。昭和の本物のリーダーには、ハングリーさとノーブルさがありました。
塩野 その通りです。ホンダの本田宗一郎と藤沢武夫の二人は、奇跡の組み合わせですよね。
佐々木 ノーブルといっても、お坊ちゃん的なものではない。
塩野 ノーブルを、高貴とするか、高潔な気概とするかと言えば、イメージとしては高潔な気概のほうです。
佐々木 それとミッションは似ていますか?
塩野 似ています。盛田昭夫さんの例で言うと、由緒ある造り酒屋の出身です。そうした出自から、どんな分野でも一流とはこういうものだという気概が感じられます。
これは日本人の面白いところなのですが、日本人は、血統を嫌い、血統を愛しているんです。庶民でさえノーブルな血統の存在があってほしいと思っているように感じます。
佐々木 嫉妬もありつつ、あがめもする。日本人は血統に対してアンビバレントな感情がありますね。
塩野 日本人は血を嫌い、血を愛しているんです。もしも旧華族が長らえていたら、結構人気者だったと思いますよ。お殿様と呼ばれた細川護熙さんは、首相にまでなりましたから。
(撮影:遠藤素子、デザイン:星野美緒)