数年内に数百万人のIT技術者が失業
ロクベシュ・ジョシ(41)は、インドの大手テクノロジー企業の管理職。でも、ここ数カ月は、クビを宣告されるのではないかと内心ずっとビクビクしていた。クライアントの経費削減のあおりを受け、何十人もの同僚がすでにクビになっている。
心配することはないと、上司は言ってくれる。でも、多くの専門家がインドでは今後数年で数百万人のIT技術者が失業すると予測しており、心配しないほうが難しかった。
「どうなるんだろうという思いで、頭がいっぱいだった」と、小学生の子どもが2人いるジョシは振り返る。妻や友達には心配をかけたくない──。
そこでジョシは、ワイサ(Wysa)というセラピーアプリを利用してみた。人工知能(AI)を使ったチャットボットだが、相談者に対して「誠実で、支えになってくれて、秘密を絶対守る」ことを約束してくれる。
「おかげで心を開いて話ができた」と、ジョシは言う。相手はチャットボットとはいえ、会話の流れはいたって自然。「私の話を聞いてもらえている、理解してもらえていると感じることができた」
その後、ジョシはライバルの大手ITアウトソーシング会社に転職した。
プロのセラピストが対応するサービス
市場規模1540億ドルとされるインドのテクノロジーアウトソーシング業界は近年、激しい逆風に見舞われている。
高給を得て、周囲から羨望の眼差しを浴びていたのは昔の話。自動化の波、時代遅れの長期契約の廃止、そして米国の就労ビザ発給制限というトリプルパンチを受け、インドのIT技術者約400万人のほぼ半分が3〜4年後には「不要」になると、マッキンゼーは予測している。
こうした現実が、数千人の若手技術者たちをオンラインセラピーに向かわせている。
多くのインド人は(どの国の人もそうだが)、精神的に参っていることを他人に見せまいとする。そんななか、本名を明かす必要がなく、料金も手頃なオンラインカウンセリングの便利さが受けている。しかも多くのサービスは、プロのセラピストを雇っている。
「メンタルヘルス・プラットフォームには強力な可能性がある」と、ベンチャーキャピタルのSAIFパートナーズのムリドゥル・アローラ代表は言う。「どんなプラットフォームも、その立ち上げ時には積極的に活用してくれるユーザーが必要だ。その点、若くてテクノロジーに詳しいIT専門家ほど最適な早期ユーザーはいない」
SAIFパートナーズは「ユアドスト(YourDOST)」というオンラインセラピーに投資している。業者たちはそれぞれ、キャリア絡みで辛い思いをした経験がある。
プニート・マヌジャはエリート工科大学に通い、コンピューター科学でトップの成績を収めたにもかかわらず、大学に企業の採用担当者が来るリクルートフェアでは、ヤフーやアドビをはじめ6社に不採用を言い渡された。クラスメートにからかわれ、両親や友達にもその苦しみを相談することができなかった。
のちにマヌジャの妻となるリチャ・シンは、企業の内定をもらえないのではないかと不安に駆られた友達が自殺してしまったという経験を持つ。
やがて、ある世界的なテクノロジー企業に就職して出会ったマヌジャとシンは、仕事絡みのうつやストレスに苦しむ人を助ける方法を話し合うようになった。そこから生まれたのが、ユアドストだ。「ドスト」とはヒンディー語で「友達」という意味だ。
「経済的な敗北感、地位の喪失感」
マヌジャとシンは、対面カウンセリングに踏み切れない多くの人のためのサービスを考案する必要があると考えた。そこで、心理学者や精神分析医のカウンセリングを提供するデジタルプラットフォームを構築した。
対面セラピーは1回数千ルピーする場合があるが、ユアドストの音声カウンセリングなら1回400ルピー(約700円)、ビデオカウンセリングなら600ルピー(約1000円)で済む。しかも誰かに話を聞いてほしいと思ったら、24時間いつでも利用できる。
ユアドストでは現在、1日2000件以上のカウンセリングが行なわれている。
ITアウトソーシング業界で大量解雇が吹き荒れた今年の夏、ユアドストは無料のヘルプラインも設置した。この業界は圧倒的に男性が多く、解雇は「経済的な敗北感だけでなく、地位の喪失感ももたらす」と、ユアドストのシニア精神分析医スシュマ・ヘッバルは語る。
カウンセリング中に大の男が号泣したり、学生がITを専攻した自分を責めたりする。どうすれば状況を立て直して、クビにならずに済むか──。彼らは絶え間なくそう考えている。
ある若い女性は失業したことを両親に悟られないように、今も会社に勤めていたときと同じ時間に家を出る。結婚式の数週間前にクビになった男性エンジニアは、未来の義父に真実を告げる勇気がない。
ユアドストのキャリアコーチであるアディティヤ・シソディアは、失業者たちの自己改革を支援している。「IT業界の低迷は、15歳から55歳まであらゆる人にストレスを与えている」とシソディアは語る。
住宅ローンや自動車ローン、子どもの学費ローンを抱える人たちは、インド版「ニューノーマル」に適応するのに苦しんでいる。
親身に寄り添うチャットボット
2017年1月にワイサを立ち上げたマカント・ベンパティとジョー・アガルワも、夫婦だ。ワイサは、自然言語処理(NLP)によって相談者の話を理解し、事前にプログラミングされたセラピストによる対応の枠組みを提案するチャットボットだ。
ただし、ベンパティとはアガルワルは、自己啓発本や一般のセラピストが提示しがちな即効性のある解決策を示すことからは距離を置いた。
「このチャットボットは相談者の話に親身に耳を傾け、相談者が前向きになれるようさりげなく導く」と、アガルワルは語る。
ワイサのカウンセリングは無料で、匿名でいい。ワイサはそのAI技術を法人顧客や世界の保険会社、医療機関にライセンスすることから利益を得る。11月に行われた四半期に1度のコンテンツレビューでは、雇用と仕事が人気トピックの上位を占めた。
ディネシュ・クマラマンガラム(38)は小さなITサービス会社で3年以上、顧客システムの遠隔管理を担当してきたが、この夏解雇された。顧客のプロジェクトが自動化されて、300人強いたクマラマンガラムのチームは70人に縮小されたのだ。
クマラマンガラムは愕然とした。妻と6歳の娘がいるのに、これからどうなるのか──。
再就職活動に向け、ポジティブな姿勢を取り戻す
同居する両親が何かと助言してくれたが、親戚の1人がオンラインカウンセリング「ジュノー・クリニック」を勧めてきたときは、クマラマンガラムはとんでもないという気持ちのほうが強かった。
ところが、再就職先が何カ月も決まらずに悶々とした日々が続くと、オンラインカウンセリングを受けてもいいかなと思うようになった。
ジュノー・クリニックは、長年ITアウトソーシング業界にいた3人の起業家が昨年ムンバイで立ち上げたサービスだ。テキストでのカウンセリングなら利用料は無料で、音声や動画を使う場合は料金がかかる。失業したばかりの人には、特別プランがある。
相談に乗るのは、28人のセラピストだ。「こうした介入は非常に重要だ。さもないと、仕事関連の不安や鬱はまたたくまに悪化しかねない」と、共同創業者のダベシュ・マノチャは語る。
カウセリングを受け始めた当初、クマラマンガラムは怒りをあらわにした。「これまで一生懸命やってきたのに。私だって(クビにならなかった)70人の1人に選ばれるべきだった」
セラピストに怒りを吐き出すと気持ちがすっきりして、再就職活動にポジティブな姿勢で臨めるようになった。電話とスカイプで1時間800ルピー(約1400円)のカウンセリングを7回受けると、ついに再就職先が決まった。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Saritha Rai記者、翻訳:藤原朝子、写真:joruba/iStock)
©2017 Bloomberg News
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.