九州発ハッカソンで生まれた高校生起業家、新事業の息吹

2018/1/12
オープンイノベーションを旗頭に大手企業がアイデアソンやハッカソンを開催することが増えた。自社のアイデアやテクノロジーを披露して表彰を受け、表舞台に躍り出たスタートアップはその後、どのような道を歩んでいるのか。日本IBMが2016年夏に九州で開いたハッカソンイベント「イノベートハック・九州」に出場し、優秀賞を獲得した2チームのその後を追った。
Case 1 高校生起業家、吉村啓(cynack CEO)
イノベートハック・九州は、福岡県を中心とした九州地域の個人や企業から、テクノロジーを活用した新しいビジネスプランやアイデアを公募し、日本IBMが優秀な作品には人的・技術的に支援して、ビジネスをサポートするというプロジェクト。
日本IBMだけでなく、地場企業や学術機関、行政機関の協力も仰ぎ、西日本新聞社やふくおかフィナンシャルグループ、安川電機などが名を連ね、行政からは福岡県や北九州市、教育機関では九州大学や九州工業大学が参加。合計で37社・団体で、産官学の協力体制を敷いた大規模なもの。
約90チームが応募し最終選考には11チームがノミネートされた。その中に、唯一高校生チームがいた。そのリーダーが吉村啓氏だった。のちに、吉村氏は、このハッカソンの出場をきっけけに高校生起業家としての道を歩むことになる。
ハッカソンでは「Chronostasis(クロノスタシス)」のチーム名でVRを用いた広告プラットフォームを提案。旬のテクノロジーを活用したアイデア、高校生という若さ、年齢を感じさせない雄弁なプレゼンテーションが受け入れられ、見事に優秀賞を獲得した。
そこから人生が変わったという。最終決戦の場に審査委員として参加していたベンチャーキャピタル F venturesの社長、両角将太氏の目に止まり、同氏が出資を提案。ハッカソンの約2か月後、ハッカソンにともに出場したメンバーとともに、cynackを起業した。
吉村啓 Cynack Founder兼CEO
1997年生まれ、福岡県福岡市出身。高校入学を機に親元を離れて上京し、すぐにシリコンバレーに1年間単身留学。帰国後、学生をしながら、エンジニアとしてNPO法人の運営やITベンチャーの活動に携わり、学内の同級生とともにVRコンテンツの制作チームを結成。IBM主催のハッカソンでの受賞を機に起業し、現在は3D情報の表記に特化した言語開発をはじめとした関連事業を行なっている
なぜ高校生に投資したのか。VC F Venturesの両角氏が語る
2016年に故郷の福岡でベンチャーキャピタル(VC)のF Venturesを立ち上げた両角将太氏。起業して間もない中で、すぐにこの高校生に出資を決めた。リスクも大きい高校生に出資する決め手になったのは何だったのか。
両角 将太 F Ventures 代表パートナー
1988年生まれ。メディア運営がきっかけでサムライインキュベートに大学生インターンとして参画、その後正社員として入社。コワーキングスペース「Samurai Startup Island(SSI)」のマネージャーに就任し、SSIの管理やイベント運営、広報業務に従事した。2015年、アクセラレータ事業を立ち上げ、サムライインキュベートにおける投資以外の事業を築き上げた。2016年、福岡を拠点としたベンチャーキャピタルのF Venturesを設立した。
「シンプルに言えば若さ。思い立ったらすぐに行動できるスピード、何でも吸収してやろうという柔軟性、加えて吉村くんには3D空間に変革を起こしたいという強い意志があり、大人には真似できない、いい意味での無謀さを持っていました。事業家としては当然発展途上ですが、可能性を感じたんです」
リスクは当然ありますがIBMのような大手とハッカソンを通じてパイプができたこともプラスに感じました。今回のプロジェクトは、ハッカソンで終わりではなく、その後もIBMに継続的に相談に乗ってもらえたり、支援を受けたりできる。そのスキームも心強くリスクを軽減できると思っていました」
高校生だからこそできるチャレンジ
VRエンジニア向けのコラボレーションツールを当初をビジネス化しようと開発をしたものの、3Dネイティブなアプリケーションやウェブサイトを開発するツールがないという、VRを普及させるための根本的な問題に気づき、VRをウェブサイト、アプリを開発するための開発言語をつくることに没頭。約2か月で開発し、「OML(Object Markup Language)」と、動作させるためのウェブブラウザ「Cynack Sphere」をリリースした。
OMLで記述したウェブサイトであれば、このブラウザでは3D映像で表示ができる。現在はお試し環境としてOMLの開発環境をクラウド上に載せて無償提供。今後機能を拡充した有償モデルを2018年にリリースする予定で本格的にビジネスを稼働させる。
「3D空間を普及することに懸けています。あまりビジネスになりそうにない言語開発をベースにした開発ツールとブラウザを学生ベンチャーが手がけるなんて無謀そのものだとも思っていますが、失うものがない学生だからこそできるチャレンジだとも思っています。普及に必要なのは、開発者とユーザー両者にとって触れやすい環境を構築し、3Dに対するハードルを大幅に下げること。だからこそ、無謀とも思えるチャレンジができるんです。IBMにもらった縁が私の人生を変えました。今は3Dを広めることに集中するだけです」
Case 2 九州工業大学大学院 西田健研究室
優秀賞を獲得したもう一つのチームが九州工業大学大学院の西田健研究室の大学院生で構成された「Nishida Lab.」である。
九州工業大学大学院の大学院生で構成したチーム「Nishida Lab」を率いた西田健准教授。Pepperとともにプレゼンした
Nishida Labは、AIのデータ分析力・学習力と、ひとのノウハウを組み合わせたシステムで「あたらしい働き方」を追求していた。その中でIBM Watsonとソフトバンクのロボット「Pepper」を組み合わせたシステムを披露した。
AIを利用するうえでネックになるのが学習・検証に必要な膨大なデータと時間という点に着眼し、それを補うために「ひとの判断」を用いるという内容。ロボットが作業に迷った時にPepperを通じて、ひとに連絡。ひとが判断した情報を再び、Pepperを通じて産業用ロボットに返し、作業を滞りなく進めるという内容だ。
一連の判断はデータ化され、Watsonに格納。次に同じような事象が起きた時はWatsonが判断できるので、ひとの手を介さずによりスムーズなオペレーションが実現するというシナリオ。AIの課題を的確にとらえた内容が高い評価を受け、優秀賞を獲得した。
その後もNishida Labは、研究を継続。「プレゼンした内容を社会実装するためには堅実に動作する自律型産業用ロボットが必要不可欠と考え、音声などの抽象度の高い命令だけで、ロボットのプログラミングが終了するロボットの身体性を操るAIシステムの構築を成し遂げた」(西田氏)という。
また、高精度のセンサやAIを必要としないロボットハンドも開発。これらの素材開発を経て、2017年末に実用化できるレベルに達したという。
西田氏は言う。「多くの方とお付き合いする機会が増え否応なく企夢が膨らんだ。これからそれを実現させていきたい。一つのイベントが大きなきっかけをくれた」
複数の企業や団体を巻き込んだことによって築けた関係性、参加者の長期支援を約束しているIBMのポリシーが、こうした新しいビジネスの芽、起業家の誕生を支援している。
(写真:松山隆佳)