【豊田剛一郎×横山由依】日本の医療・介護の問題はどこにあるのか

2017/12/27
AKB48グループの2代目総監督を務める横山由依さんが、NewsPicksのプロピッカーと対談する連載「教えて!プロピッカー」。
今回のゲストはメドレー代表取締役医師の豊田剛一郎氏。日本の医療の未来について教えていただきました。

日本の医療について

──豊田さんは、医療界の課題を解決する「メドレー」という会社を経営し、症状から病気について検索できるサービスや、オンライン診療をサポートするサービスなどを提供しています。
豊田 はい。私はもともと脳外科医で、日本とアメリカの病院で勤務していました。ただ、医者として働いているうちに、日本の医療は課題が山積みであることを実感しました。
課題は一つではなくて、国全体で考えるべき問題から、一人の患者として、また家族として考える問題など、色々な規模の課題が重なり合っています。これらを解決して、医療界全体が良くなるサービスを作りたい。そう思って医者を辞め、コンサルティング会社のマッキンゼーに就職してビジネスの仕組みを学びました。
そして、2015年から医療系スタートアップ企業の「メドレー」に共同経営者として参加し、現在は「代表取締役医師」という立場で仕事をしています。
今日のテーマは「日本の医療」ですが、横山さんは、普段、病院にかかることはありますか?
横山 今まで入院をしたことはないし、大きなケガをしたこともありません。
豊田 いいことですね。
横山 でも今年6月頃に、風邪をこじらせて咳が出はじめ、3週間くらい声が出なくなってしまいました。
豊田 横山さんのお仕事だったら、それはつらいですね。
横山 はい。休みはしませんでしたが、MCを他のメンバーに代わってもらったりして。しょっちゅう病院に通って、点滴を打ったり薬をもらったりしていました。
結局原因がわからなかったので、一緒に住んでいる姉に「私は会社で健康診断を受けられるけど、あんたはないでしょ」と勧められて人間ドックを受けました。何も異常はなかったんですけどね。
横山由依(よこやま・ゆい)
1992年12月生まれ。京都府木津川市出身。2009年9月、AKB48第9期研究生として加入。2010年10月に正規メンバーとなり、2015年12月、AKB48グループ2代目総監督に。
横山さんは病院に行ってみて「これって不便だな」とか「もっとこうだったらいいのに」と思ったことはありましたか。
横山 病院って、けっこう待たないといけませんよね。
豊田 待ちますね。
横山 その時は大きい病院に行ったのでけっこう待ちました。急に体調を崩したから診てほしいのに「予約をしても45分も待つのが普通なんだ……」と思いました。
豊田 「予約」という言葉を疑いますよね。
横山 前からの診察がずれて仕方ないんでしょうけど、もう少しなんとかならないかなと思いました。

ネット情報を信じてしまう風潮

豊田 横山さんの声は治ったからいいものの、調子が悪いと不安になりますよね。現代の医学をもってしても、原因不明の症状で悩んでいる人は少なくありません。周りに聞ける人がいなかったら、孤独にもなります。
今は、多くの人が病気や症状についてインターネットで検索しますが、ネットの情報は本当に玉石混淆です。医者からみて「こんなのを信じてはいけない」という医療情報がたくさん溢れています。
横山 私も喉の調子が悪くなった時、ネットで「風邪気味」「飲み物」とかのキーワードを検索しました。
検索したら「卵酒」「はちみつ」などと出てきたので、はちみつを摂っていたんですけど、病院に行くと声帯を痛めていたことがわかり、先生に「声帯には蒸気しか効かないから、はちみつを舐めても意味がないよ」と言われました。
自分では声帯が傷ついているかまではわからないから、病院に行かなかったらずっとはちみつを舐めていたと思います。
豊田 そうですね。ネットだけの情報を信じると「喉が痛い時にははちみつ」といったように、ポップな情報に寄りやすくなってしまいます。
とくに、大きな病気を宣告されたりして、精神的に弱って何を信じたらいいかわからなくなっている人が色々な情報を浴びると、パニックになったり、自分に都合のいい情報を信じてしまいます。
豊田剛一郎(とよだ・ごういちろう)
メドレー代表取締役医師。1984年生まれ。東京大学医学部卒業後に脳神経外科医として勤務。その後、米国医師免許取得し、米国での病院勤務を経験。医療現場を経験する中で生まれた、「日本の医療はこのままでは潰れてしまう」「もっと患者にも医師にも日本にとってもできることがあるはず」という思いから医療現場を離れ、マッキンゼー&カンパニーでコンサルティング業務に従事。主にヘルスケア領域のマーケティング戦略やオペレーション改善のプロジェクトを経験。2015年2月より株式会社メドレーに共同代表として参加。オンライン医療事典「MEDLEY」やオンライン診療アプリ「CLINICS」など、医療領域に踏み込んだC向けサービスを展開している。
そうなると、国が認めた治療法よりも民間療法のほうを信じてしまうことがあります。
例えばがんになって医者に治るのは難しいと言われた時、「普通の手術では治らないけれど、この水を飲めば治ります」といったインターネットのサイトをよく目にしますが、それが今、すごく問題になっています。
横山 理屈的にはダメでも、「もしかしたら自分だけは」と思ってしまうかもしれないわけですね。
豊田 ええ、どこかに光が差すと、そちらに寄ってしまうのが人間です。
しかもちょっと前までは、病院で患者さんが医者に「テレビで〇〇がいいって言ってましたよ」と言っても、医者が「実際はそうじゃなくて、運動して、薬を飲みましょうね」と言うと「そうですか」と納得してもらえるケースが多かったんです。
しかしスマートフォンが普及して一般の人が触れる情報が圧倒的に増えたことで、医者がどれだけ患者さんに説明をしても「いや、ネットにはこう書いてあった」と、ネット情報を信じてしまう風潮になりつつある。
もちろん民間療法やネットの情報全てを否定するわけではありませんが、それだけを信じ切ってしまうのは問題でしょう。医療は、情報の選択を間違うと取り返しがつかなくなることが多いですから。
「こうじゃない治療法だったら助かったかもしれないのに」と、あとでいくら悔やんでも後戻りできません。
横山 そうなったら悲しいですね。
豊田 そのような後悔をする人を一人でも減らしたいと思って、私たちの会社では、「こんな症状なら、どんな病気の可能性があるんだろう」と調べられるオンラインサイト「MEDLEY(メドレー)」を運営しています。
横山 事典みたいなものですか?
豊田 そう、まさに事典です。600人近くの医師が監修に協力してくれているので、情報の正しさが強みです。医療従事者の立場から、患者さんに見てもらいたい情報を伝える教科書のようなものです。
インターネットは、色々な情報にアクセスできて楽しいものではありますが、医療分野に限っては、多くの人が、本当に重要で適切な情報に触れてほしい。
一般の検索サイトで調べる前に、まずMEDLEYを見てもらえるようになることを目指しています。

介護施設を選ぶサポート

──メドレーでは、介護分野にも取り組んでいます。横山さんは介護と聞いて、どんなイメージがありますか。
横山 祖父母は病院にはかかっていますが介護を受けるほどの状態ではなく、両親も元気なので、あまりピンとこないですね。
豊田 ピンとこないのが当たり前だと思います。でもある日突然、自分のおじいちゃん、おばあちゃんが、介護が必要な状況になることは往々にしてあります。一人暮らしの方が転んで骨折したら、もう自宅で暮らせなくなってしまう。
横山 たしかに。
豊田 もちろん高齢者だけでなく、私たちも突然事故に遭うかもしれませんし、健康診断をしたら大きな病気が見つかることもあります。「そろそろだな」とわかって準備できればいいのですが、意外に突然やってくるのが、医療・介護なんです。
では、おばあちゃんが介護の必要な状態になったとき、介護施設をどうやって探せばいいかわかりますか。
横山 わからないです。
豊田 習わないし誰も教えてくれませんから、当然ですね。そこで私たちの会社では、どうしたらいいかわからず困っている人に電話やネットで問い合わせてもらって、介護施設を選ぶサポートをする「介護のほんね」というサービスをやっています。
その介護施設がどういうところなのか、過去に入居していた方やご家族からの口コミを見ることもできます。
横山 わあ、それは助かりますね。
豊田 日本では、年間数十万人が介護施設に新規入所するといわれます。そんなにたくさんの人が毎年のように「施設をどうしよう」と思っているにもかかわらず、探し方や選び方の情報が広まらない。
それは医療や介護が、普段はあまり触れたくない分野だからです。例えば横山さん、明日の夜9時から「介護施設の選び方講演会」があると聞いたら、行きますか?
横山 私や家族には当分必要なさそうなので、行かないですね。
豊田 そうですよね。よほどじゃない限り、普通は自ら介護について勉強しません。だからせめて、何かあった時に困る人が減るようにと思ってサービスを運営しています。
横山 さっきの医療事典と同じような思いから始まったサービスなんですね。その思いは、豊田さんが実際に困った経験から生まれたんですか。
豊田 というよりも医者として、退院後の介護に困っている患者さんやその家族をたくさん見てきた経験のほうが大きいですね。

医者を「先生」と呼ぶ文化をやめたらいい

──ここまでは、患者や個人の困りごとをサポートする話でしたが、お医者さんも困っているのですか。やはり忙しすぎることが一番の問題でしょうか。
豊田 そうですね。横山さんも忙しいお仕事だと思うんですけど、医者も全然休みがありません。短時間勤務の日も数えると、年間に340日くらい働いています。
横山 えっ! そんなに忙しいんですね。
豊田 丸一日空いている日は、月に2回程度だったかと思います。とくに若手の医者だと当直しないといけないし、とにかく休みが少ないですね。もちろん医師だけじゃなくて看護師も含めてハードな環境で、それを志でカバーしながら働いている状況です。
横山さんは、医者が忙しいイメージはありましたか。
横山 ありました。でも、そんなにお休みが少ないとは驚きです。声が出なくなった時も、夜11時の夜間診察に行きました。
病院のフロアが暗くて、診察室だけ電気が点いていたのですが「お医者さんって、こんな夜までいるんだ」と実感して、思わず先生に「大変ですよね」って言っちゃいました。
──医師の激務を緩和したいという思いが、豊田さんの事業の根底にあるのですか。
豊田 それはあります。
横山 でも、どうやって医師の激務を解決するのでしょうか?
豊田 日本の医療課題は構造的に複雑で、一朝一夕に解決できるものではないと思います。
実は日本は、世界でいちばん病院の数が多い国なんです。病院が約8500で、開業医が約10万人。アメリカでも病院の数は5000ほどです。
横山 アメリカのほうが断然広いのに、病院は日本のほうが多いんですか。びっくりです。
豊田 もちろんその分、ベッド数も断トツに日本が多い。それなのに、医者の数は先進国のなかで30番目くらいで、かなり少ないほうです。つまり、少ない医者でたくさんの病院を支えなくちゃいけない。
横山 そんな状態なら、忙しいのは当然ですね。
豊田 私は脳外科医でしたが、頭のことは脳外科しか診られないので、夜間も必ず脳外科医の誰かがいないといけません。私の病院は脳外科医が5人いたのでまだましでしたが、3人しかいない病院だと、年間120日も当直しなければいけません。
3~4人しかいない病院が3つ集まって10人でやったほうが、絶対にみんな幸せになると思うのですが、病院が減ることで患者さんにもたらす不便さを考えると慎重に議論する必要があります。医者が歯を食いしばって何とか回しているのが現状なんです。
横山 いまはお医者さんは減っているんですか。
豊田 いえ、増えてはいます。ただ医学部生を増やし始めたのが最近なので、彼らはまだ医者として一人前にはなっていません。しかも皮肉なことに、彼らが一人前になる頃には、日本の人口は減り始めると予測されています。あまり増やしすぎてしまうと、こんどは逆に、医者が余ることが問題になってしまうんです。
横山 そうなんだ……。
豊田 一人前になるのに10~20年かかる職業ですからね、本来はもっと違う仕組みで解決するのが正しいのでしょうが、なかなか病院をくっつけるわけにもいかなくて。みんな「こんな働き方でいいのかな」と思いながら日々、一生懸命働いている状況です。
横山 そういう話を聞くと、お医者さんに対して見る目が変わりますね。
豊田 夜中にたたき起こされて病院に駆け付けたりもしているんで、髪がボサボサで髭がボーボーでも、優しくしてあげてくださいね(笑)。
横山 なんだかお医者さんって「生まれたときからずっとお医者さんだった」くらいの神様のようなイメージがありましたが、今の話を聞いてお医者さんへのイメージが変わりました。
豊田 昔は「お医者さま」と言われていたし、良くも悪くも医者は特別で、一般の法律を持ち込むな、みたいなところがありました。だから残業しまくっていることも黙認されていましたが、みんなのハードワークで何とか保っている現場は、誰かが動けなくなった瞬間に回らなくなってしまう。
ようやく最近、「医者だけが特別じゃないよね」という風潮になってきました。言ってしまえば、医者だってサラリーマンです。専門性があって資格を持っているだけで、病院に勤めて、そこから給料をもらっていますから。
横山 お医者さんだって人間ですもんね。食べるし、寝るし、寝ないと倒れちゃうし。
豊田 もちろん、あまりにも患者さんになめられてしまうのもいけませんが(笑)、「お医者さまは絶対」といったような文化が強すぎると、患者と医者のコミュニケーションがうまく取れなくなるので、バランスが大事です。
今、治療がうまくいかなかったとか後遺症が残ったとかの理由で、医者が訴えられるケースが増えています。こういう事例の多くは、医者の説明が不十分だったり、患者さんがずっと不審に思っていたのに医者に言い出せなかったりしたことが原因になっています。
ちゃんとコミュニケーションを取っていれば問題にならなかったのに、ということがほとんどです。
横山 そういえば以前、忙しくて顔にニキビができた時、治してほしくて皮膚科に行ったら、先生に「ピーリングという処置があって、それをやったらきれいになるから」と言われて「じゃあ、お願いします」とやってもらったんです。そうしたら、もっと肌の調子が悪くなってしまったことがありました。
よくよく聞くと、処置をした時に一番状態が落ち込んで、そこから良くなるそうなんですが、私もその説明をちゃんと聞けていなかったんでしょうね。
たった1個のニキビを治したかっただけなのに、逆に良かったところまで悪くなってしまいました。それからしばらくはボロボロの肌を見るたびに泣いていました。
豊田 お仕事柄、それは一大事でしたね。
横山 先生と私がもっとコミュニケーションを取れていたら、そういうことにならなかったかもしれないと、今の話を聞いて思いました。言われるままに信じ込んでしまいました。
豊田 医者と患者さんのコミュニケーションのバランスは難しいです。個人的には、医者を「先生」と呼ぶ文化をやめたらいいと思っています。研修医1年目なんて何もできないのに「先生」と呼ばれると申し訳ないし、逆に患者さんとの間に変な壁ができてしまう。
アメリカでは、医者と患者さんがファーストネームで呼び合うんです。「ドクター」もつけません。よほど偉い先生に敬意を表して「プロフェッサー」をつけるくらいです。それが日本に合うかどうかは別にしても、医者と患者さんの関係を良くする一つのヒントになると思っています。
(構成:合楽仁美、撮影:遠藤素子)
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