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ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!
塾という信頼が大切な機関として、こんなこと書いて良いのかということも、遺書がわりに正直に書きました。だいぶ回り道したけれど、この道と見定めてからは、悔いなく楽しく生きてこれました。回り道分が、教育の場では、ダシとして効いたと感じています。

一番伝えたかったのは大学生や若者です。今の時代は、入試から就活まで、ガチガチに出来上がっていて、自分だけそこから離脱するのは怖いようです。だけど、企業だって本当に実力つけてる人だったら、何歳だって拝んででも来て欲しいのが本音。自分のペースで「動き回って」「没頭して」「感じて」「考えて」「言語化する」という積み重ねをして、力をつけてください。他人が決めたルールや言葉に騙されず、己の哲学を構築して、人生を満喫して生きていってください。FBの友だち申請なども大歓迎です。

ちなみに、毎年やってる若者向け「高濱学級」というのがあるので、近隣の方、オフ会的にどうぞおいでください。未来の教育を語り合いましょう。
https://www.jobweb.jp/information/show/cid/29647/type/seminar/entry_id/sm-16261
【第19話】花まる学習会代表・高濱正伸さんの半生最終話です。まだまだやりたいことがたくさんあるという高濱さんの今後の取り組みは? みなさま、お読みいただき、ありがとうございました!
"この何でも「よしやってみよう」と前向きに考えるところ"
この精神を育む事のなんと難しい事か。しかも仮に教えることが出来たとして、その結果が現れるまでに何年も何十年も待たないといけません。答えが無いから本当に難しい。
高濱先生の著作を読んだり、講演などを聞いて私なりの理解は「転ばぬ先の杖」を親が差し出さない事。ケガをしても風邪をひいても勉強をしなくても、見守ることはするけど、手を出さないこと。「木の上に立って見る」親や先生の役目は我慢ですね。
さらっと読み終わってしまったのでまだまだ続きがあるかと思ってしまった!
どれも共感の連続でしたが、下記は立場的に特に共感度が高かったです。

「例えば現状の障がい児教育は、すごく手厚いのですが、基本が優しさだけでできていて、社会人になった後、困ることも多いんです。」

社会に出たとたんに、人と働けなかったり、周りに誤解されたり、その誤解が社会の中では「犯罪」扱いになってしまったりという事例は度々耳にします。
障害のある子たちにも、関係性を実践的に学ぶ場として、ワークショップの活動をこれまで展開してきましたが、昨年からさいたまの小学校でそれを実施しています。通常級と支援級の子たちが演劇で遊びながら関与していき、相手や自分をりかいしていくこと。

この「未来への投資」はまだまだ理解者が多くないので、ここにまさにいらっしゃるではないか!と嬉しくなりました。当事者家族だからこれを伝えるパワーかあるなと感じるので、ぜひ花まる学習会でも広げてもらいたいです。(いつか何かしらご一緒できたらなとおもいます!)

連載ありがとうございました!
触れ幅の大きいイノベーターズライフ、面白かったです。
肝心の花まるでやってることなどの回がなかったのは残念なので、また別の特集でお願いします。すでに生徒が溢れていて宣伝したくなかったんですかね?
高濱先生のイノベーターズライフ、本当に感じ入って読ませていただきました。
やまゆり事件の際に発せられた高濱さんのメッセージが思い起こされたことも含めて、私は「パートナー力」が一番よかったです。
泥臭くてもやり続ける、そんな大人を見ているからこそ、
子供たちは食える大人になっていけるのでしょう。

言葉ではなく、行動を見せることが一番の教育です。
子供はものすごい学習力があるので、勝手に学んでいきます。

そこに、さらに体験があることが花まる学習会の強みでもあるのでしょう。
子供を通わせたいと思います。

とても勉強になる連載でした。
ありがとうございます。
夢を見れることはステキなこと。でも夢と現実は違う。かといって、現実ばかりで夢を見られなくなれば、進歩もない。
泥臭さ含めて夢と付き合う大切さを感じる、最終回。そのなかでは、高濱さんが連載全体で語られていたような様々な出会いもあるのだろう。
「それに教育というカテゴリーは、誰しも一度はチャレンジしてみたい憧れの職業分野の1つ。ですから、教育に関連した何かをやってみたいという面白い若者が、私の下に自然に集まってきます。そういう若者たちを、花まる学習会の現場で鍛え上げ、好きなことをどんどんさせてあげたいと考えているんです。好きなことをやれば、どんどん伸びます。」(記事引用)

仕事の現場で最初は教わる立場であったのが、経験を積むと教える側に回る。中途半端にしかできていないことはきちんと教えることはできないし、自分ではしっかりできていても、それを新人に伝えて身に着けてもらうのは容易ではないもの。そこに大きな学びのチャンスが隠されている。

私自身、社会人大学院の特任教員の3年目が終わろうとしているが、日々の授業や修士論文の指導を通してつくづく感じるのは、教えることは教わることだということ。もっといえば、「教える」という行為は存在せず、学ぶという当事者性、主体性がすべてだということ。教師は学ぶ主体者のサポーターでありファシリテーターなのであって、師と弟子という上下関係ではないと思う。

そういう意味でも、高濱さんが数回前に提示されていた「21世紀型学力(2人で1つの評価を得るパートナー関係)」こそ、教育のほんらいの姿なのだろう。共に育っていくと書く「共育」が21世紀にふさわしい表記かもしれない。
良い会社の匂いがする。さあ今日も目の前のことを終わらせて色々やりたいこともやらないと。
この連載について
各界にパラダイムシフトを起こしてきたイノベーターたちは、どのような生い立ち、人生を送ってきたのか? その深部に迫ることで、イノベーションを起こす源泉をたどる。