【山極寿一×山海嘉之】『サピエンス全史』が登場したのは必然だ

2017/12/18
大きな時代の転換期が到来している。われわれの生活・社会はどう変わるのか?ビジネス・経済・政治はどう変わるのか?
年末年始の特別企画「2018年:賢者が予測する"5つの未来"」の初回には「人間・仕事の未来」として、山極壽一氏(京都大学総長)と、山海嘉之氏(CYBERDYNE代表、筑波大学大学院教授)の特別対談をお届けする(全3回)。
※本対談は「ビジネス書大賞2017受賞式」において、2017年のビジネス書大賞に輝いた『サピエンス全史』を記念して実施されました。
『サピエンス全史』の意味
司会者 まずは2017年のビジネス書大賞受賞作、『サピエンス全史』について少し説明させていただきます。
本書はもともと、2011年にヘブライ語で刊行(ユヴァル・ノア・ハラリ氏著)されたもので、その後、読者からの反響を踏まえてブラッシュアップした英語版が2014年に登場。すでに世界48カ国で500万部を突破し、ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグ、オバマ前大統領といった人々から絶賛の声があがっていることでも知られています。
今回の日本語版は、この英語版を翻訳したもので、電子書籍も含め、只今45万部(上下巻)まで部数を伸ばしています。
内容は、7万年前の認知革命、1万2000年前の農業革命、そして500年前の科学革命という3つの重要な革命を軸に人類史を俯瞰するもので、“集団で虚構を信じる能力こそが、人類が文明を築く礎となった”というのが、主題です。
さらに、人間はその文明によって幸福になったのか。そして、未来において人類はどのような形に変化をしていくのか、といったテーマにまで踏み込んでいます。
なぜ人間は、いつまでも幸せになれないのか
山極 この本では7万年前の認知革命を起点にしていますが、ゴリラを専門に研究している私に言わせれば、それよりもっと前にシンギュラリティはあったんです。
例えば、人間の脳というのは200万年前に大きくなり始め、認知革命が起こった7万年前よりずっと以前、60万年前に今の大きさに達しています。
そこで起こったことと、7万年前以降に起こったことは違いますが、これから先の未来を考えていく時には、そこまで遡って考えなければならないでしょう。
ただ、農業や牧畜が起こる以前に何があったのかということに関しては、この本は非常に的確に捉えています。それが現代の資本主義や、いまだに力を持っている帝国主義などが、我々の生活に非常に重くのしかかっている事実に、的確な着眼点を置いている。これには感激しました。
山極壽一(やまぎわ・じゅいち)/京都大学総長
1952年東京生まれ、京都大学理学部卒、京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学、理学博士。日本モンキーセンター研究員、京都大学霊長類研究所助手、京都大学大学院理学研究科助教授、同教授を経て、2014年から第26代京都大学総長。国際霊長類学会会長、日本霊長類学会会長、日本アフリカ学会理事を歴任、日本学術会議会員、環境省中央環境会議委員、国立大学協会会長。専門は人類学・霊長類学。
山海 私はこの本について「ちょうどよいタイミングで現れてきたな」という感想を持ちました。
現代社会では、これまで人類が持っていなかった情報空間においても経済活動が行われるようになってきましたが、その結果、物凄い勢いで富の集中が起きています。
『サピエンス全史』では、農業の発展などを通じて人々の暮らしは良くなっていくはずなのに、実際には社会の階層化などの問題が生じていることが指摘されています。
通貨も情報空間での経済もそうですが、仮想的に共有された価値が一人歩きし始めていて、必ずしも望ましくない結果を導いてしまっている点を、ホモ・サピエンスという切り口から語っているようにも思えました。
狩猟採集社会、農耕社会を経て、テクノロジーによって作られた仮想空間という更に拡張された虚構と現実の一体化が加速しているわけで、実に興味深いですね。
私たちはホモ・サピエンスになってから今日まで、基本的に脳の容量が増えるわけでもなく同じ形態をとって生きています。
『サピエンス全史』では、これが次にどうなっていくのかということを多くの人たちに様々な観点から見せながら、経済サイクルというものが社会でどのようになってきたかを解説しています。
ただの消費型経済の話に限らず、私が主張する社会課題解決型経済、つまり、社会課題を解決していくことを経済サイクルに結びつけるべきといった考えと重なるようにも解釈できる箇所もあり、本書にはいろんな観点が含まれているように思われました。
そして、ちょっと面白かったのが、霊長類がどのように歩んできて、そして今のホモ・サピエンスがどのように生きているかという記載です。それは私がやっている「テクノロジーと人」との関係から未来を築いていこうとするテーマに通底しています。
山海嘉之(さんかい・よしゆき)/CYBERDYNE社長、筑波大学大学院教授
1958年生まれ。工学博士。日本学術振興会特別研究員、筑波大学助教授、米国ベイラー医科大学客員教授を経て、筑波大学大学院システム情報工学研究科教授。機能工学系教授。脳・神経科学、ロボット工学、IT技術、システム統合技術、生理学などを融合した学術領域「サイバニクス」を開拓し、人間の機能を強化・拡張・補助する研究に取り組む。ロボットスーツHAL®の研究・開発を行うCYBERDYNE株式会社を2004年に設立、CEOを務める。
資本主義は虚構なのか
司会者 本書のテーマは「虚構」で、例えば国家や企業、さらに人権や自由といったものまでもがすべて虚構だと明言しています。
以前、著者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が来日した際には、「それに人間が意外と気づいていないから、様々な問題が起きるのではないか」とも語っていました。
つまり、戦争が起きるのも国家に身を捧げてしまうという虚構に気づいていないためであり、働きすぎて過労死が起きたりするのも、企業が虚構であることに気づいていないからだ、と。
この点についてはどう思われますか?
山極 この著者は、認知革命が起こったことで見えないものを見せる、あるいは想像して共有することが始まり、それによって虚構が生まれたと言っているわけですが、私はそれは違うと思います。
人間的な虚構というのはもっと、見えないものに対して憧れを抱いたり、諦めない精神を意味するのではないかと思います。
今から180万年前ぐらいに起こったアウト・オブ・アフリカでは、人類の祖先が初めてアフリカを出て新天地を目指しましたが、動物は普通、そんな危ないことをしません。熟知した環境にとどまって、自分の生理、形態でできることをやっていくものです。
そこでなぜ、それを超えようと思ったのか。すべてはそこから始まっているのではないでしょうか。
山海 なるほど。確かにそうかもしれませんね。
虚構が未来を作った
山極 面白いのは、農業も資本主義も結局は詐欺だったけれども、その虚構が何をもたらしたかというと、「未来を信じる心」であると論じている点です。
狩猟採集生活というのは非常に安全で、そして食料が不足しない。なぜなら、食料がなくなったら、豊かな場所に移動すればいいからです。
でも、農業はいったん投資した場所にとどまらなければいけません。おまけに未来が自分の思い通りにやってくるかどうかは、誰にもわからない。
それでもその場所に投資し、期待する心というのがまさに虚構なわけです。この様式は資本主義になっても変わっていません。
ただ、資本主義と農業が違うのは、儲けたものをさらに投資しようとすることで、儲けを使わずどんどん未来に投資し続けようという衝動が人間の中に芽生えてしまったということです。
虚構が未来をつくり、我々は未来に突き動かされているんだという視点は、実にユニークですよね。
今まさに未来をつくっておられる山海さんは、この点についてどう感じていますか?
山海 山極先生が今おっしゃったように、狩猟採集社会であれば、食べられるものを探しながら移動し、目の前のことをやっていけばいいわけですよね。
これに対して農耕社会では、次の収穫がいつになるのか、先を見通さなければいけない時代になりました。
そのため、脳の中で先読みをしたり、物事を想像したり、そこにある種の期待値をつくり出していくようになります。天体観測や季節の気候変動予測という科学的手法で食物生産が計画的に行われるようになり、時間軸が大きく変わったと言えるでしょう。
これがさらに大航海時代あたりになると、地球がぐっと狭くなり、空間を縮め、未知の世界にも行ける時代がやって来ます。つまり、空間軸も大きく変わることになりました。
そして情報社会に到達すると、今度は手のひらの中だけで世界中の情報や過去の情報を扱えるようになりました。見えない情報を信じ扱うことが日常化したのです。
その結果、地球という大きな器は小さくなり、時間軸に対して、もっと先を見なければいけないようになってきます。時間、空間、情報の捉え方が大変革を遂げたということです。
私たちの脳には結局、虚構や想像といった、目に見えないもっと先のところを描き、それを重視し続ける性質が組み込まれているのかもしれませんね。
第2回へ続く。
(構成:友清哲、バナー写真:00Mate00/istock.com、バナーデザイン:星野美緒)