ラグビーW杯招致のキーマンが明かす、世界で勝つための交渉術

2017/12/16
*前編はこちら
名刺が“票”に変わるまで。ラグビーW杯招致、奇跡の舞台裏
――「日本人は国際舞台での交渉が下手」とよく言われますが、ワールドカップ2019年大会の招致活動が成功した理由をどのように分析されていますか。
徳増 意外と見過ごされがちなのは、海外の人たちが我々をどう見ているかという視点をしっかり持つことだと思います。
ラグビーのワールドカップを招致するために日本がどんなに情熱を持ってプレゼンテーションをしても、彼らにすれば、“日本はワールドカップで大敗している国で、しかも地図の一番端にある極東の国だ”となる。日本に住んでいる僕たちでも、イメージが湧かない国っていっぱいあるじゃないですか。彼らにとっては、それと同じなんです。
あるときには、「香港から新幹線で東京までどのくらい」って聞かれてあきれました。まあ、これは極論ですが(笑)。自分が相手の目にどう映るのかを研究しておかないと、交渉はうまくいかないんです。
だから最近でも私は、BBCのアプリでニュースを見るようにしています。例えばカタルーニャの独立の問題など、欧米の話題がよく1面に出ます。一方、日本のメディアでは、欧米のニュースはたまに大きな事件や災害が起きたときに取り上げられる程度にすぎない。
私たちの常識は、彼らの常識ではないんですね。そこを把握しておくことが大切です。
実際、ロビー活動で一緒に雑談しているときも、日本の話はなかなか共通の話題になりにくい。だから最近ヒットしたハリウッド映画や、ワインの話題といったように、共通の話題も豊富に持っていないといけない。
――英語で会話をしながら、しかも必死に話題を考えながら酒を飲まなければいけない (笑)。
そうなんです。確かに疲れますけど、交渉をするのには、英語はすごくいい言葉だと思います。イエス・ノーがはっきりしているし、あいまいな表現になりにくいので。しかも感情抜きに、相手に意見を伝えられる。幸か不幸か、いまや英語は国際語になっています。そしてラグビー界でのいろんなものの進め方は、英国系の人たちがこれまで作ってきました。
その中で新参者の日本人が意見を主張して、何かを勝ち取るのは大変です。ビジネスの世界でもそうかもしれませんけれど、よほどのお土産でもない限り、アングロサクソン系が牛耳っている世界に飛び込んで、ロジックだけで勝ち取ってくるのは本当に難しい。私はそういう経験をさせてもらったけれども、もっと多くの日本人が同じような経験をしていくことも大切でしょうね。
――基本的な話ですが、語学力も非常に重要になりますね。
私も最初の頃は、会議で何かを発言しようと思っても、タイミングがずれてしまっていました。すぐに次のテーマに移っていくし、かといって思ったことを一方的に発言したりすると、場の空気が変わってしまったりする。
今はやっと思った通りに発言できるようになりましたが、どのくらい強く反対したらいいのか、どういう言い方をしたら意見を伝えられるのか、コツをつかむのにずいぶん時間がかかりました。
茗渓学園高校のラグビー部監督時代、全国優勝を成し遂げている徳増浩司氏(撮影:中島大輔)
例えば「I don’t agree with you.」と言っても、海外では交渉が終わったらちゃんと握手できるドライな関係があるので、そのフィーリングがわかるとズバズバ言えるようになる。
でもアジアで会議をしていますと、人前で恥をかかせたくないというカルチャーがあるので、みんな、なかなか本当のことを言わない。逆にアングロサクソンの人はズバッと言うもんだから、国際会議になると彼らが全部リードしてしまうんです。アジア人は交渉では本当に損だなと思いますね。奥ゆかしい性格が裏目に出てしまう。
オリンピック招致のプレゼンテーションを作ったニック・バレーさんという方からも、「日本人はプレゼンに弱い」と言われました。日本人は90%以上の確率でできることでも「ほぼ大丈夫です」というような表現を使ったりするんですが、彼は「そうじゃない、完璧にできます」と言い切るのが大事なんだと。
欧米はロジックで交渉を勝ち取る文化なので、はったりみたいなことを最初に言い切って、後から理由付けするぐらいのつもりでいかないと。あいまいは許されないわけです。ワールドカップの招致でも、それは勉強になりました。
徳増氏(中央奥)はヨーロッパ各地で、日本でワールドカップを開催する意義について記者会見を行った(提供:徳増浩司氏)
――要は相手と完全に同じ土俵に乗るということだと思いますが、招致活動の場合は、その上で日本独自の魅力もアピールしなければなりません。
そのバランスですね。まず彼らの中に入って安心させてから、“自分たちはこうなんだよ”と持っていく必要がある。最初からあまり日本的なことをアピールするとエキセントリックになりすぎて、「これはちょっと違うな、こんな国に行けるのかな」と線が引かれてしまう。結局、人間というのは、自分が慣れているものに触れると安心感を覚えますからね。
――同時にワールドカップの招致活動のような交渉の舞台では、いわゆる政治的な嗅覚も非常に重要だなという印象を受けました。ラグビー界は特に複雑ですが、これもまた日本人が得意としない分野です。
例えばイングランドに関して言えば、基本的にはこれに対抗する勢力が、アイルランド、スコットランド、ウェールズのケルト民族になるんです。そこには歴史的な背景があるんですね。その上にはイギリスとフランスという、アングロサクソン対ラテンという構図があるし、さらには北半球と南半球という勢力図もある。南半球の南アフリカとオーストラリア、ニュージーランドは利害が一致すると、アンチ北半球になるわけです。
ところが北のほうが国の数は多いので、どうしても北半球の意見が反映されることが多い。ある意味、南半球のハングリー精神というか、なんとかして北を倒したいという気持ちがワールドカップのこれまでの成績に表れています。そういう複雑な関係を読み取る力はすごく大事ですね。
――しかも票を集めていく過程では、特定の争点ごとにさまざまな合従連衡が繰り広げられてくる。ワールドラグビーの会長人事なども絡んできます。
選挙って本当にわからないです。今回の招致活動もそうですが、ラグビーのワールドカップも無記名投票ですから。「日本を絶対に応援してくれよ」と相手の目を見ながら頼むと、向こうはたしかにその場では「イエス」と言ってくれるんですけれど、実際のところは結果が出るまでわからない。
しかも、その後の国際交流もとても大事になる。交渉の場で約束したことをきちんと守っていかないと、せっかく信頼関係を築いても、意外とすぐに失われてしまいますからね。
――さまざまな報道では、森喜朗元首相の政治力も非常に奏功したとされているのですが、実際のところはどうだったのでしょうか。
森会長がいなければ、今回の招致はあり得なかったですよね。招致当時はすでに首相を退任されていましたが、実に広範囲に有力者とのパイプを持っていて、招致活動を有利に進めることができました。
ヨーロッパに行くと、“今日はフランス、明日はイタリア”というように各国を回っていくんですけれど、森会長が来るということで、各国の日本大使館が現地の日本企業を呼んでファンクション(会合)を催してくれる。そうすると訪問国の協会関係者は、“日本法人が自分たちのスポンサーになってくれる可能性があるな”と思うわけです。外務省を通じて大使館に協力をお願いするわけですが、そういう時の森会長の力はすごいですよね。
2007年にフランスで開催されたワールドカップ期間中も招致活動が行われた。写真は日本対オーストラリア戦に向かう森会長(提供:徳増浩司氏)
――企業の支援を取り付けるには、当然、国内での根回しも必要になります。
今回の招致活動の際には、国会議員の中でラグビーが好きな人たちが超党派で議員団を作られたし、もちろん各企業にも協賛していただきました。日本には、世界中が目を見張るような国際企業がいっぱいあるわけで、それをセールスポイントにしていくのも一つの手法でした。
プレゼンテーションや各国を訪問するために招致活動にかかった費用は、1回目の方が大きかったですね。最初の招致は氷漬けのドアをこじ開けていくような作業だったので、力仕事でした。
でも2回目の招致活動ではビジョンである“ワールドカップをアジア、日本で開催して、ラグビーを世界に広げていくことが大事だ”というメッセージが効いてきたんです。ラグビーのオリンピック競技入りも目指しているのに、今のままでは将来がないよと。
2019年大会の招致ファイル。裏表紙にはアジアの地図が掲載されている(提供:徳増浩司氏)
だから振り返ってみると、やはりオリンピック参加を目指す動きとセットになったのが、大きかったんだと思います。前にも言いましたように、日本でのワールドカップ開催が決まった数カ月後には、ラグビーがオリンピックの正式種目になりましたから。
――国際交渉を成功させるためには、バランス感覚、語学、政治の嗅覚、そして実利的な取引材料も必要ですが、大義名分もきわめて重要だと?
実際にボート(投票権)を持っている人たちは政治的な理由で投票しますが、周りの人たちを味方につけていくのは有効だと思いますね。
日本のラグビーが高校の大会や大学選手権ですごく盛り上がっているのはあまり知られていないので、僕たちはIRBの会長や副会長を招待して大学選手権決勝を見せたり、ジャーナリストに日本のラグビースクールや高校のグラウンドを見せたりしたこともあります。秩父宮ラグビー場の真向かいには都立青山高校があるので、グラウンドがどろどろの日でも、高校生が練習をしているのがよく見える。
海外のジャーナリストを連れて行くと「芝のない、こんなどろどろのところでラグビーをやるなんてクレージーだ」と言うんです。でもこちらは、「これが日本のラグビー魂だ。日本はこういうところで頑張ってラグビーを育ててきたんだ」というふうに持っていく。そのぐらいラグビーを愛している国民なんだと、相手にアピールしていくんです(笑)。招致のときには、ありとあらゆる材料を探しました。
――来る2019年のワールドカップは、日本のラグビー界にとって50年先、100年先の未来を左右する大舞台となります。
もちろんジャパン(日本代表チーム)には頑張ってほしいですし、48試合すべてが盛り上がって良い大会になってほしい。でもある意味では、試合を超えた広がりを、いかに試合以外でも持たせられるかがポイントだと思います。
大会がグラウンドの中だけで完結してしまうと、一過性のお祭りで終わってしまいます。それだけは避けたいし、むしろ一般市民の人たちにどんな共通体験をしてもらうかが大事ですから、ラグビーのワールドカップをラグビーファンだけのものにしないように取り組まなければと思っています。
招致活動では一般のファンからも署名活動を行った(提供:徳増浩司氏)
そもそもラグビーのワールドカップは、国際交流の絶対的な機会なんですね。海外から多くのサポーターが来ますし、試合と試合の間隔が長いので長期滞在型の大会になるんです。具体的には日本のどこかに泊まりながら観光をして、試合を見て、また観光するという形になる。
だから日本大会は今までのスポーツの国際大会と違って、外国の方たちがいろんなところに足を運ぶ大会になると思います。2020年は東京オリンピック・パラリンピックですが、ラグビーのワールドカップではできるだけ日本のローカルな場所にも足を運んで、日本の地方の良さを知ったり、さまざまな国際交流を図ったりしてほしいんです。それも大会が終わった後の貴重な財産になりますから。
――長期滞在型の大会という視点は新鮮ですね。
同じことはもちろんチームにも当てはまるんです。ラグビーは選手団も50人の大所帯で来ますし、全国各地に拠点を設ける。当然、試合に出られない選手が小学校を訪問したり、各地域の子どもたちがチームと交流したりしながら、それまで知らなかった国のことを研究するといったことも期待できます。
しかも大会を通して、ラグビーだけが持つ素晴らしい価値を伝えていくこともできる。チームワークや自己犠牲というものは他のスポーツにも全部共通するのですが、ラグビーのバリューは試合の後にあります。体をぶつけあって戦った後、お互いへのリスペクトが生まれるんです。
2015年にイングランドでのワールドカップで日本が南アに勝ったときに起きたことですが、ブライトンの駅で先に電車に乗っていた南アのサポーターたちが、大喜びしてやってきた日本人サポーターを見て立ち上がり、拍手をして席を譲ってくれたというエピソードもある。
こういうラグビーのカルチャーはすごく大事だし、最近の社会ではリスペクトの精神がなくなってきているので教育的な効果も大きいと思うんです。
(撮影:中島大輔)
それともう一つ思うのは、日本大会を、国際舞台で通用する人材の育成につなげていきたいということですね。今の日本は国内では日本語で全部事足りる。でもやっぱり英語ができないと国際社会では仕事にならないし、このままずっといくと、日本はなかなか世界に通用しない国になってしまう。
これからの2年間は東京五輪も含め、次のラグビー界、スポーツ界、そして次の日本社会全体を担える人材、私たちの後継者になってくれるような人を育てるための機会にもなればと思っています。
日本での大会開催は、ラグビー界全体が閉鎖主義を突破するきっかけになりましたが、今後のかじ取りを失敗したら、もしかするとアジアで行われる最後の大会になってしまうかもしれない。今はラグビーがアジアでもどんどん広がっていますが、ファンが増えていかなければ、もう一度アジアで大会を開催するのは難しいという話もでてくるでしょうし。
そういう点でも、今後の2年間は非常に重要です。これから大会開幕までの期間は、私たちにとって一生に1回しか体験できない、本当に大切なものになるんです。その一日一日をいかに充実させて、大会を意義あるものにしていくか。
ワールドラグビーは最近、「レガシー」という言葉ではなく、あえて「インパクト」という言葉を使うようになりました。国際交流にしても人材育成にしても、そして日本やアジア全体のラグビーのためにも、末永く残る大きなインパクトを残したいですね。
(写真:©JR2019)
<インフォメーション>
アジアで、そして日本で初めて開催されるラグビーワールドカップ2019の試合日程が決定。観戦チケットは、試合が開催される会場ごとにセットになったスタジアムパックと、出場するチームごとにセットになったチームパックを皮切りに、2018年1月から販売開始。詳しくは、公式ホームページを参照