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高校球児の登板過多などの問題について、僕はこれまで批判的な記事を書いてきました。その度に言われ、僕自身も実現しなければならないと思っていたのが、『高校球児の声を聞け』ということでした。

今回、取材に答えてくれた、千葉投手には感謝の気持ちでいっぱいです。

このインタビューが、
彼が多方面に気を遣いながら、それでも将来のために語ってくれたことが、
野球界の未来へ繋がってくれればと思います。

そのためには、大人が見直さなければいけません。

高校球児の異常な登板を、『感動』として伝え続けてきた、我々メディア、勝利に固執してばかりの指導者、教育の一環を謳いながら、虐待を続けてきた連盟など。

これまでを反省してもらいたいです。

また、この取材にご尽力くださった、村上先生、口羽コーチ、齋藤監督、ありがとうございました。
私も3年前にある高校球児の投手を似たようなテーマで取材しました。
彼はめでたくドラフトでプロに入るのですが、その過程は日本球界では異例のものでした。
自らが高校球児時代にケガで故障した父親が彼のことを中学時代からいわば「守り」続けたのです。
プロを最終目標としてしっかり親子で確認し、中学時代もチームの指導者と衝突しても息子に連投をさせず、U-16日本代表に選ばれる逸材でありながらも高校は強豪校からの誘いを断り地元の公立校に進学。
親子は異端扱いされ、周囲からも批判されました。
しかしそれでもその姿勢を貫き、息子は大きなケガもせずにプロ投手の夢が叶いました。
この記事にも書かれているように、そこまでしないと子ども(高校生も子どもです)を守れない状況がいまだに日本の野球界にはあるのです。
やはり大人の責任は大きいと私も感じました。

ちなみに私が取材したのは現在日ハムに所属する立田将太投手です。
http://jp.wsj.com/articles/SB10001424052702303844704580001373311080954?emailToken=JRv6dP9yZnmQi9UybswH/gRwNvFRV7XVHg6NcyiQYRCX5CCJ/rr9mvVt34Pu+jz0Hh8jv4BcvjNj
小学生から連投を強いる環境、甲子園での試合前検診の実態など、考えることの多い取材でした。野球界がバラバラである構造のせいで、選手の未来を傷つけることが少なからずある。特集「野球消滅」でも書きましたが、野球に関わる全ての人は自分たちの責任を見つめ直さないといけない。この記事は、八田会長を通じ、高野連にも見てもらうようにします。
大人たちの責任をどう捉えるかのコメントが多いですが、別の観点からコメントです。

まず、外から日本の高校部活を眺めると、世界でも非常に異例であることがわかります。
異例なポイントは以下。
・他の国ではあり得ないほどの参加率で裾の尾が広い
・プロを目指す人とあくまで趣味でやってる人が一緒にやっている
サッカーなどは近年別れてきているので、特に野球にその傾向が強いです。

まず、この記事で問題になっているのは、将来プロとして活躍しうる選手が目先の勝利のために体を壊してしまう状況なのですが、これはこの特異な2つの点があるからに他なりません。

一般的に海外の高校生レベルはプロ予備軍(サッカーでいうユース組織や専門学校など)と一般プレイヤー(地元のスポーツクラブやサークル)に別れます。
前者はプロの指導者が科学的な指導をする環境で数も多くなく目的も同じなので試合日程なども合意を取りやすい。後者は技術だけでなくいろんな事を学ぶ場ではあるが高校野球に見られるほどの激しい場とならない。

現在の高校野球の問題は学校教育という、本来的にプロスポーツ選手を育てるには適さない環境(基本は様々な生徒がいる中で薄く広く可能性を広げる教育)で、なんとか両立をしてきた事の歪みだと思います。

なので、本質的にはその問題を解決するべきだと思います。
千葉投手の投球。覚えています。素人目にもその異常な状況は十分に感じられました。
そして本記事を拝読して、甲子園の魔力の意味がとてもよく分かりました。印象的な言葉がいくつもあって引用しきれません。とても貴重なお話だと感じました。

「監督さんが僕のことで批判を受けていたので、ここで僕が野球をあきらめてしまったら、『木更津総合の五島監督が千葉を潰した』と絶対に言われると思うんです。だから、どうしても復活しなければいけない。ケガをして“いろんな人に支えられている”と実感しているので、みんなに恩返しすることが、僕が野球を続ける動機です。」
今の時代ここまで絶対的な師弟関係を保てるのは寧ろ異様にさえ感じてしまうほど。ここまでの信頼と忠誠があるからこそ、やはり指導者の責任はとても大きいと感じます。
甲子園という短期的な視点ではなく、長期的な視点で育てることが出来るか。

千葉さんが仰っている日程の変更、出場の可否判断については今すぐにでもルールを改定する事が出来るのではないかと感じます。
これほどまでに強い魔力が甲子園に存在するのであれば、選手たちを守るルールも必要かと。
熱中症などから守るためにも夏の暑い日の実施も再考の余地は十分にあると感じます。

優秀なスポーツ選手、人材の育成という意味では甲子園は一つの通過点に過ぎないと個人的には思います。高校生だからこそブレーキが効かず、突っ走ってしまう。その事は大人なら誰もが共感出来るのではないでしょうか。

(西山さんのお話も大変興味深いですね)
僕の高校の恩師は痛み止めを打って試合に臨もうとした千敗に「そんな状態でプレイしていいわけ無いだろ」と言って試合も練習もさせませんでした。

その先輩はふてくされてましたが、僕はこの恩師に人生の基本的な考え方をスポーツを通じていろいろ教えて頂きました。

あ、もちろん練習中も水は飲み放題、練習時間も他の部に比べたら全然短かったです。
色々思うところあるけれど、やっぱり最初の防波堤として監督が止めるべきだったと思うよ。
千葉は監督をかばっているし、今でも好意を持っているかもしれないけど、それ自体どうなんだ…。
嫌われても将来を考えるのが指導者の責務でしょう。
千葉が高校時代、リハビリに専念していたら甲子園の輝かしい思い出はなかっただろうけど、プロ野球選手の夢には近づけたかもしれない。
たらればだけど。

甲子園というショービジネスの残酷さはもちろん問題だけど、簡単に変わらないんだから、現場が踏ん張らないと。
“自分の将来はどうでもいい。将来、野球ができなくても、いま目の前の仲間たちと甲子園で戦いたい”
精神面が未成熟な高校生に判断を委ねるのが一番いけない。ルールで縛るしかないですね。
働き方改革もそうです。本人に聞いたら、「イケる」って言うと思います。
ぼくはへっぽこ球児でしたが、もしも甲子園で投げる機会があったら、一生投げられなくなっても投げる。甲子園に魅せられたそんな球児を守れるのは指導者だけですが、練習・登板規制を敷かないと難しい。
この連載について
2018年、遂に100回大会を迎える夏の甲子園。時代の変化とともに“変わりつつある姿“と、旧態依然の両方に目を向けながら、未来の高校野球のあるべき姿を考えていく。