空飛ぶタクシーも新エネルギー車も

今年11月前半のある晴れた午後、数十人のソフトウェアエンジニアとデザイナーが期待に胸を膨らませながら「EHang(億航)184」のテスト飛行の準備を進めていた。
EHang184は、金属とガラス製のコンパクトな機体に8つのプロペラを備えた1人乗りドローンだ。
早ければ来年にもドバイの上空で自動飛行を始める予定だと、中国・広東省の広州を拠点とするドローンメーカー、イーハン(億航智能技術)の創業者で最高経営責任者(CEO)の胡華智(フー・フアチー)はしきりにたばこを吸いながら言う。
アラブ首長国連邦を構成するドバイは2030年までに人員輸送の25%を自動化しようとしており、エアタクシー向けドローンの供給についてイーハンと交渉中だ。
世界で最初の「空飛ぶ車」の1つを開発したと胸を張れる立場になる──イーハンの目標はそれだけではない。
「当社の発展は(テクノロジー分野でのさらなる台頭に向けた)広州市政府の計画の一環でもある」。40歳の胡は、宇宙旅行テーマパークの跡地に構えた社屋や飛行指令センターを案内しながらそう話す。
そこから約30キロ離れた場所には、広州汽車集団の工業団地がある。工場内ではドイツ製のオレンジ色と黒の産業用ロボットが、同社の主力ブランド「Trumpchi(伝祺)」のSUVを組み立て作業中。人間の姿はほとんど見かけない。
広州市政府が所管する国有企業の広州汽車集団は今、地元当局の承認と支援を受けて、65億ドル規模の新たな工業団地の建設を進めている。コネクテッドな新エネルギー車の生産拠点とするためだ。
「この地で起きている経済構造の変革は企業の利益だけを考えたものではない。私たちは国家に対する責任も担っている」と、広州汽車集団の馮興亜(フォン・シンヤ)社長は言う。「私たちが目指しているのは、イノベーション主導の発展を実現すること。そして政策を実行し、成功させなければならない」

「中国製造2025」の主役に

中国南部を流れる珠江の周辺は、零細な繊維業者やエレクトロニクス生産者、旧態依然とした国有企業が集う地域だ。だが、その港湾都市である広州は、中国が取り組む経済改革のシンボル的存在になりつつある。
習近平政権が2年前に開始した「中国製造(メイド・イン・チャイナ)2025」計画は国内の各都市や企業に、低コストで労働集約型の製造業を脱し、より付加価値が高い生産分野へ移行せよと指示する。
国家計画を策定する指導部や当局が企業に望むのは、自動車業界などの既存分野で国際競争力を獲得すること、さらにドローンや人工知能(AI)といった新規分野で優位に立つことだ。
「中国は経済のあらゆる部分において生産性を高めたがっている。そこには人材の質、資本の使い方、テクノロジー開発面での向上も含まれる」。米ワシントンにあるシンクタンク、戦略問題研究所(CSIS)の中国事業・政治経済プロジェクト担当責任者であるスコット・ケネディはそう指摘する。
「そうした向上は自然に起こるものではないと中国は考えている。国家にとって生産的なやり方で変革が実現するよう、政府が指導しなければならない、と」
中国製造2025は、先端エレクトロニクス分野への中国産ロボットの導入や国産部品の使用比率について野心的な目標を掲げている。
目標達成に当たって、大きな努力を求められるのは各地の省や都市。中国で3番目に総生産が高い都市にして重要な生産拠点である広州が、中央政府の計画を実行する上で「主役」の座に据えられたのは当然の話だった。

外国企業を積極的に誘致

ITやAI、生物医学、先端製造業、運送、新テクノロジー分野などからの歳入を2021年までに数兆元増やす(NP注:1人民元は約17円)。広州市は今年に入ってそんな計画を明らかにした。
市当局者はシンガポールやシカゴ、シリコンバレーに足を運び、ビジネス・製造ハブとしての広州の魅力を売り込んでいる。
誘いに応じるテクノロジー企業も出始めている。台湾のフォックスコン・テクノロジー・グループは今年3月、広州で88億ドル規模の液晶ディスプレイ工場の建設に着手。翌月にはシスコシステムズが広州で、数十億ドル規模の「スマートシティ・プロジェクト」とインターネット研究開発施設の起工式を行った。
広州の取り組みにとって都合がいいことに、中国政府は広東省、隣接する香港およびマカオの3地域を、経済やインフラ面で一体化させる「大湾区」の建設を推進している。広東省の省都である広州は、仏山や中山といった製造業都市が点在する珠江デルタの行政・物流ハブの役割を担うべき立場にある。
大湾区構想が芽生えたのは習政権以前のこと。だが、ここへきて新たな勢いを得ているようだ。
「広州は広東省・香港・マカオ大湾区を最大限活用し、この国家レベルの発展計画に関わる都市間の協力を強化していく」。今年10月に開催された中国共産党第19回党大会で、任学鋒(レン・シュフォン)広州市党書記はそう発言した。

手厚い支援で急成長を導く

変化を加速させるため、広州市政府は企業に補助金や低利融資、税制優遇措置などの数々のインセンティブを提供している。
市当局は新規産業支援や旧来産業の現代化を目的に、各100億元規模の4つの基金を設立。自動化を進める工場には交付金を一括払いしている。
広州汽車集団が建設中の自動車工場の敷地は無償で提供されたものだと、社長の馮は言う。「当社の急速な成長は広州市、広東省、そして中央政府の優遇政策なしには実現できなかった。これほど手厚い支援を得られる環境はほかにない」
AI大国を目指す中国政府の決意を受けて、国内のスタートアップはグローバル規模の人材獲得競争に参入している。AI・音声技術を専門とするアイフライテック(iFlytek、科大訊飛)は採用活動を強化するため、今年に入ってシリコンバレーにオフィスを開設した。
安徽省の省都・合肥に本拠を置く同社は先頃、中国南部地域本部を広州に設置し、広州市当局から支援を受けるようになっている。
世界各地の名門大学の博士号取得者が立ち上げた研究開発プロジェクトには、広州市側が数千万元を提供。「政府の人材関連助成金によって企業の負担が減り、人材獲得がより容易になれば、研究開発をさらに加速させられる」と、アイフライテックの杜蘭(ドゥ・ラン)上級副社長は語る。
皮肉な話だが、地元経済における国有企業の役割拡大は広州の利益になるかもしれない。
ブルームバーグインテリジェンスの推定によれば、広州の産業資産に国有企業が占める割合は40%。一方、珠江デルタのテクノロジーハブである深圳では17%にすぎないという。

付きまとう過剰生産の懸念

習は国有企業を「より大きく、より強く」する方針を打ち出し、第19回党大会でもその点を強調した。広州市は所管する国有企業のアップデートを図るべく、民間企業との共同事業を促進。その目的は、民間のビジネス・技術ノウハウを導入することにある。
いい例が、アイフライテックと創業100年を超える広州白雲山医薬集団の提携だ。両社はAIを活用した診断・治療を行う医療センターネットワークの構築に共同で取り組んでいる。
2016年にドイツの産業用ロボット大手クーカを約45億ユーロで買収した民間の家電メーカー、美的集団も広州白雲山医薬集団と協力関係にある。
「まずは調剤などを完全自動化したドラッグストアを実現するつもりだ」と、美的集団の方洪波(ポール・ファン)会長兼社長はブルームバーグテレビジョンで話した。
「産業オートメーションからロボット製造まで、私たちの事業はすべてAIと密接な関係がある。当社のビジネスや製品がAIテクノロジーを活用する度合いはこれまでも、これからもどんどん大きくなる」
ただし、新産業支配に乗り出す広州などの各都市の計画には、失敗の恐れも付きまとう。企業に対する無条件の資金援助が、ソーラーパネル市場を襲ったような過剰生産問題を招いたらどうなるか──。
米太陽光エネルギー産業協会によれば、ソーラーパネルの価格は2010年以来、70%以上も低下している。アメリカの太陽電池メーカーのサニバ(Suniva)やドイツのソーラーワールド(Solar World)は今年、経営破綻を発表。その主な原因は、中国メーカーとの値下げ競争を強いられたことにあるという。
中国ではすでに、電気自動車工場の建設に少なくとも980億元の資金投入が発表されている。年間生産台数は290万台にまで増える見込みだが、これは2016年の中国国内での新エネルギー車販売台数の6倍に上ると、ブルームバーグが取りまとめたデータは指摘している。
「中国産業界の増強で利益が台無しになるのではないかとの懸念がある」と、CSISのケネディは言う。「個々の企業だけでなく、業界全体が駄目になるのではないか、と」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Dexter Roberts記者、Tom Mackenzie記者、Haze Fan記者、Rachel Chang記者、翻訳:服部真琴、写真:4045/iStock)
©2017 Bloomberg Businessweek
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.