うどんを売らないトリドール、メガネを売らないJINS

2018/2/27
2025年までに売上5倍、その約6割を海外事業で創出すると掲げるトリドール。すでに多数のM&Aを行い、海外にも外食チェーンを広げると同時に、外食以外の事業展開にも積極的だ。一方、JINSはメガネ業界のSPAという世界でも例のないビジネスモデルで中国、アメリカ、台湾と拠点を増やし、成長を続けている。
二者に共通するのは、時代の変化に先駆けた「挑戦」だろう。トリドール・粟田貴也社長とJINS・田中仁社長の対談から、「世界で戦える」日本企業のリアルが見えてきた。

国内トップ企業が海外展開で見た景色

粟田:日本の小売業はどうしても国内に目が向きがちですが、少子高齢化が進み、人口も右肩上がりではない。企業として飽くなき成長を求めたときに、海外への展開は外せません。
田中:同感です。同じ小売業の中でも、「食」ってやはり強いなと思います。AI、IoT、ロボティクスなど、技術革新によって今までのビジネスモデルが通用しなくなる時代にあっても「食を提供する」というモデル自体は変わりませんよね。
粟田:たしかに「物を食べていただく」という業態はなくならないでしょうね。機械化しすぎると味気なくなってしまうこともあり、手作り・できたてという価値観を今後も守り続けることで、ある程度の道筋が見えてくる気はしています。
田中:そうなると、海外でいかに人材を確保するかにかかってきますよね。
私はアメリカに出て、日本人はアベレージでいうと、世界最優秀レベルなのではないかと感じました。海外ではスタッフに知識を身につけさせたり、モチベーションを高く保たせたりすることが難しいときもあります。
粟田:特にサービス業の観念、概念において日本は卓越していますね。でも逆に言うと、多民族で、多種多様な価値観があるアメリカではオペレーションの標準化が必須。だから「誰がやってもできるオペレーション」ができあがる。
スタバなどアメリカのチェーン店が世界中どこにでも出店できるのは、そういう理由もあるんでしょう。
アメリカでの展開には散々苦労しましたが、やっとセールスの高い店ができつつあります。日本人はあまり外食にお金を使いませんが、海外では客単価が日本の倍くらいなんです。
アメリカで愛される、トリドールの「TOKYO TABLE」。日本食はもちろん、他のアジアや世界中の料理に「和」のテイストを盛り込んだ独自のメニューを提供している
田中:けれども、コストも高いですよね。JINSが日本と同じレベルの店舗を作ろうとすると、内装費が日本の3倍、人件費が2倍。そのため、売上が高くてもなかなか利益が出づらい。
粟田:たしかに(苦笑)。もちろん、それ以上に苦労したのは、国ごとに受け入れられる「味」の見極めですが。メガネも、消費者の文化や価値観の違いがありそうですね。
田中:もともとの骨格が違うので、アジア向けのフレームをそのまま欧米では売れないということもありますが、そもそも好みが違うんですよ。
アメリカも中国も台湾も、売れるのはトレンド性の高いもの。ところが日本はベーシックを好む。そう考えると日本はすごく特殊な国で、日本企業が海外に出ていくのも大変だけれど、海外企業が日本を攻めるのも難しいのかもしれません。
JINSがアメリカで展開する店舗。
粟田:外食も、国ごとに発展の段階が全然違います。日本は早熟で、ピークアウトして、シュリンクしていく市場。でもアジアに行くと、70〜80年代の日本のように出店できる余地がまだまだある。
日本やアメリカは店が飽和していて、そのなかで価値を磨くことが求められるけど、新興国では早く出店することを優先したほうが成功につながるかもしれない。地域によって、戦い方も変わってきます。

自分のために働ける環境が生産性を上げる

粟田:田中社長はブログで、「数々の勝負をしてきたJINSが、いつの間にか変化に弱くなっている」と言っていましたね。
実はうちもそうなんです。上場して以降、やはり少し雰囲気が変わってきた。これはいかんということで、各々が、自分のために働けるような環境作りをしていこうと、人事制度、報酬制度を作り変えている最中です。
田中:当社も上場していますが、まだまだ小さな会社です。だからこそ、常に「全員が戦える集団」でなければならないのに、安定を求める「大企業病」の気配が漂っている。
マネージャーたちにも、マネジメントに専念するのではなく、プレイングマネージャーとして戦ってほしいので、ユニット長、マネージャーといった役職を、みんな「リーダー」に変えることにしました。
粟田:それは思い切った改革ですね。
田中:効果はまだわかりませんが、意識の上でもう一度ベンチャーに戻ろうと。
私も「代表取締役」は仕方ありませんが、「社長」という肩書をなくそうかと思っています。みんなと同じ「リーダー」でもいいけれど、さすがにちょっと締まりがないですかね(笑)。
粟田:私たちも「丸亀製麺」の成功体験を昇華し、新たな成功を作り出す方法を模索しています。
マネージャー職を廃止したJINSとは逆行するかもしれませんが、事業を育てた人を社長にして、どんどん分社化させていく方針にしたんですよ。そうすれば、「丸亀製麺を超えるチャレンジをしてやろう」という気概のある人間が育つのではないかと。
田中:それはいいですね。ステップは違えど、私たちの考えていることは同じだと思います。
小売業は情報産業などと比べて生産性が低く、給料も低い。JINSの生産性を高め、小売業で平均給与が一番高い会社にするのが私の目標です。役職はどんどんフラットにするけれど、それで給料を下げるということではありません。
そもそも、日本は生産性が低いと言われますが、その一番の理由はみんなが自分の好きなことをできていないからではないでしょうか。
「一生懸命勉強して、いい大学に行って、大企業に入りなさい」と言われて育ち、自分のやりたい仕事でなくても世間体がいいから我慢して、嫌な上司の下で無理やり夜中まで仕事をして。それでは本気で仕事に打ち込めません。
粟田:同感です。
当社では、自分の好きなことを社内ベンチャーとして形にできる制度を作ろうとしています。自分のアイデアを大きく育てるために、自分が社長になって働く。事業が大きく育てば、結果として当社グループの最大化にも貢献してもらえるのではないか、というのが私の考えです。
私は外食が大好きだけど、これからの時代、どんな変化が起こるかの予測は難しい。だから今後は、「食」を軸にライフスタイル提案企業として成長していきたいと思っています。
すでにグループ会社には、食材のECサイトを運営する「バルーン」もあり、外食以外のライフスタイル事業で活躍しているメンバーも増えてきました。
バルーンが運営する食材ECサイト「BallooMe(バルーミー)」(タップでサイトに遷移します)
田中:「これがしたい!」ということに、いかに本気でぶつかってもらうかが課題ですね。
「私はこれに情熱を燃やしたいんだ。頑張るから、そのぶん給料ちょうだいね」と言ってくれるなら、僕も「よし!」と返しますよ(笑)。

変化が読めない時代にもビジネスを牽引するために

粟田:現在は価値観が多様化した時代です。そんな時代に私がひとつの価値観だけで経営していたら、ひとつの価値観しか育たない。それでは時代に追いつけません。
アイデアを形にした社員が事業を起こし、自らが社長となることで新たな価値観が育まれる。会社のなかに多様な価値観を取り込むことができるのも、社員に好きなことをしてもらうメリットです。
いろいろな感性の人間が事業を作り、分社化して社長になってどんどん成長してくれたら、同時多発的に、一気に成長できるのではないかと考えています。
田中:最初は電球を売っていたゼネラル・エレクトリックが、今もかたちを変えて存続しているように、お客様の求めるものが変わるわけですから、それにきちんと対応していかないといけない。
私は、将来はメガネを無料で配るような世の中になることもあり得ると思っています。
粟田:それはまた壮大なスケールの話ですね。
田中:つい先日、インテルが網膜に直接画像を照射する「スマートグラス」の実験に成功したという報道がありました。このスピードで技術が進めば、点眼するだけで視力を矯正できる時代が来るかもしれない。そうすると、メガネは不要になりますよね。
だからこそ、メガネはタダで配り、その上で、収益を生むようなビジネスモデルを作りたい。「世界で一番集中できる」と銘打ったワークスペース「Think Lab」を作ったのも、その一環です。
「Think Lab」のオープンスペース。登録メンバーには目の動きから”集中力”を測る、メガネ型ウェアラブルデバイス『JINS MEME』が無料で貸し出される。
「Think Lab」のカフェテーブル席。併設された『MEME Bar』には、パートナー企業から提供されたビールやソフトドリンク、カップスープなどが並ぶ。これらはすべて食べ飲み放題。
粟田:田中さんほどではありませんが、僕もいろいろと仕込みをしている最中です。国内で丸亀製麺以外の軸を作ろうとしているのもそうだし、まだまだ成果は出ていませんが、海外チェーンも積極的に買収しています。
新たにグループ入りしてもらった海外チェーンには、現地で愛されている要素は守りながらも、トリドールの高速大量出店のノウハウや資金、人的リソース等を注ぎ込み、世界のどこでもスムーズな店舗展開を可能にしたいと考えています。
これをパッケージ化できれば、世界の外食企業と協力しながら、一気に「食」を軸にしたライフスタイル事業の最大化を図ることができる。
田中:食のコングロマリットですね。
粟田:はい。最近はシェアキッチンにも注目しています。人が集まって、料理を振る舞って、食べて、そこにコミュニケーションが生まれる。食本来の楽しみというのは、飲食店ではなくて、そういうところにこそあるんじゃないかと。
お客様に来店していただくためには、その店じゃないと味わえない付加価値を提供しなければいけません。その需要を探るためにも、いいアンテナになるかもしれない。
社員にも、あちこちのシェアキッチンをこっそり偵察させています。だから、JINSの「Think Lab」にも興味がありますね。
田中:シェアキッチンはありませんが、ぜひ見に来てください。
粟田:これから、世の中のあらゆるところでゲームチェンジが起こるでしょう。そのときに、自分はどこにいるんだろうと考えるんですよ。田中さんもそうだと思いますが、私はそのときも、ビジネスの最前線で時代を牽引する存在になりたいんです。
田中:わかります。メガネがいらない時代にも、小売業界の主役でいたい。
後追いではなく、やっぱり時代を作っていきたいですよね。私はJINSを世界のメガネ業界を一気に変えるディスラプターにしたいと思っています。
粟田:常に時代の先を走って、世の中に影響を与え、よりよくする。それができたら最高ですね。
(編集:大高志帆 構成:唐仁原俊博 撮影:露木聡子)