【佐藤優】私がスタディサプリを「学び直し」に使う理由

2017/12/11
外交官として国際基準のビジネスエリートを多数見てきた佐藤優氏は、これまでにも彼らの知識の欠損を補うための「スタディサプリ」を使った学習を推奨してきた。
世界情勢から政治、経済、宗教まで、誰にもまねできない鋭い「分析」を出し続ける佐藤氏の「知の源泉」として、なぜ「スタディサプリ」が選ばれたのか。知識・教養を身につけることは、私たち大人にとってどのような意味があるのか。「スタディサプリ」の生みの親であるリクルートの山口文洋氏との対談で明らかにする。(全3回連載)

「無教養」と判断されたらおしまいのエリートの世界

山口:スタディサプリ」は、元々「受験サプリ」という名称で、2011年10月にサービスをスタートしました。佐藤さんはかなり早い段階から、いろいろな場所で「受験生だけではなく、社会人の学び直しにも役に立つ」と言及してくれていましたね。
佐藤:そうなんです。コストパフォーマンスに優れた学習コンテンツとして、リリース当初から注目していました。どんどんサービスの幅が広がっていて、教育業界に革命を起こすほどの勢いに、目を見張っているところです。
山口:ありがとうございます。ですが、旧名称のとおり、大学受験にのぞむ学生をメインとしたサービス「スタディサプリ」に、なぜ着目されたんでしょうか。
佐藤:私は常々、「教養はビジネスパーソンが生き延びるための武器になる」と述べています。
特に国際基準のビジネスエリートの社会では、日常的な会話であっても「無教養」と判断された人間は相手にされません。また、これだけ玉石混交の情報があふれるなかで、刻々と変化する社会情勢を正しく理解するためには、前提となる歴史の基礎知識が不可欠です。
残念ながら、現状の受験のシステムの問題もあり、日本では必要な基礎知識の一部が欠損しているビジネスパーソンが少なくない。その欠損を埋めるための学びのツールとして、以前から中高生向けの教科書や学習参考書をよく薦めてきました。
しかし、ある時期から、「海外赴任する国について学びたいけれど、教科書や受験参考書をじっくり読み込む時間がない」「海外で日本のことを尋ねられてもとっさに答えられない」といった相談が、ビジネスパーソンの読者から増えてきたんです。
より即効性のある良いツールがないかと探して、行き当たったのが「スタディサプリ(旧受験サプリ)」の世界史と日本史の講義でした。
山口:そういう経緯だったんですね。中高生向けと聞くと簡単そうに思えますが、忘れている部分も多いし、きちんと向き合うと意外と難しいんですよね。僕自身、今、中学の教科書にあった内容を正確に覚えているかと聞かれたら、かなり怪しいです。
佐藤:中高生どころか、小学生の教科書もきちんと読むと難しいですよ。
小学校6年生の社会科の教科書をしっかり読み込めば、大学の政経学部で扱うテーマをほぼ網羅できます。家庭で子どもに質問されて普通の親がすぐに答えられるのは、せいぜい小学校2、3年生までの内容でしょう。
山口:「スタディサプリ」で小学校4年生から高校3年生までの学習範囲を対象にしている理由がまさにそれです。さらにいうと、高校の講義でつまずいた場合、小学校高学年までさかのぼれば、ほぼ確実に学び直しが可能になると考えています。

数学は日本のエリートビジネスマンの致命的な欠点

佐藤:自分がどの範囲まで理解しているか、どこが弱いのかが可視化できて、段階的に理解を深めることができるのが、「スタディサプリ」の大きな強みですね。しかも、スマホやタブレットで見ることができるから、通勤や移動の隙間時間を有効活用できる。
私も改めていくつかの教科をさらってみて、自分の知識の確認と補充にとても役立ちました。
山口:どのような教科をご覧いただきましたか。
佐藤:多く見ているものから、数学、世界史、日本史、英語、漢文、古文、小論文。あとは生物、化学、物理を部分的に。
山口:ほとんど網羅されていますね。
佐藤:なぜ「スタディサプリ」での学習がこんなにも効率がいいのか、実は「スタディサプリ」の学びの仕組みそのものにも興味があるんです。
ですから、学び直しを含めて「コツ」を探るつもりで、毎日2時間ほど継続して視聴していた時期もあります。最近では、教えている同志社大学の学生が見ている画面を横からのぞくこともあり、いろいろな見方をしています。
山口:なぜ数学の比重が高いのでしょうか。
佐藤:歴史の講義を見て「これはすごい」と感じ、徐々に数学の比重が増えました。というのも、数学は現代の多くのエリートビジネスマンの、致命的な欠点なんです。
私の外務省時代の話にさかのぼりますが、外交官試験に合格した優秀なはずの日本の外交官の卵が、立て続けに留学先のモスクワ国際関係大学やロシア国立大学経済高等学校を退学させられたことがありました。
当時、外務省で研修指導官をしていたので、それは大変なショックを受けて教務主任に原因を尋ねに行ったんです。
すると、逆に聞き返されました。「日本で経済学の学位を持っている人間が、なぜ偏微分や線形代数を理解していないのか」と。
山口:個人的にインテリジェンスや世界情勢に興味があり、佐藤さんの著書は何冊も読みました。佐藤さんはそこでも「論理的思考を育む数学をおろそかにするのは国際基準としてはありえないことだ」とおっしゃっていますね。
佐藤:その通りです。しかしこれは、大学受験をゴールとした現在の教育システムである以上、仕方がない問題でもあります。日本の大学の私立文系であれば、英語・国語・社会のみの入試科目で入学して、数学を迂回したまま大学院を修了できますから。
山口:私は商学部出身ですが、たしかにそうです。
佐藤:大学受験を経験していない学内進学者と、中学1、2年次に文理をわける新興中高一貫教育校の出身者は、さらに問題の根が深い。それこそ、中学1年からやり直す必要も出てきます。
モスクワの大学の教務主任からは、数学以外に、論理学と哲学史の一般知識の欠如も指摘されました。
たとえば、アリストテレスが提唱した古典的な思想の法則「同一律、矛盾律、排中律」すら理解していないから、ディベートができない。哲学史を学んでいないから、根底にある思想の鋳型がわからない。
つまり、大学で学ぶための土台がまるでできていない。それが退学の理由だと。
これには私の愛国心がいたく傷ついて、外務省内部で高校レベルの数学の学び直しや、哲学史の勉強会を企画したものです。でも、今だったら「スタディサプリ」ですべて補完できる。そんなことを思い返しつつ、自分でも一通り見直しました。
山口:そうであるとうれしいですが。

スタディサプリは40年ぶりの教育改革にも効く

佐藤:もっとも、社会人が学び直す際、難関大合格レベルを目指す必要はありません。
たとえば「スタディサプリ」の世界史の講義では、講師が目標大学のレベルに応じて、覚えるべき要素を仕分けしていますよね。大学生や社会人は、中堅大学を目指す受験生と同じところを聞いていけば十分です。
山口:「スタディサプリ」は、すべての子どもたちを対象につくりたかったんです。現時点のレベルを軸に、わからなければ戻って学習し直すこともできるし、さらに上を目指すこともできるように。
また、研究中ですが、数学では、人工知能の専門家である東京大学・松尾豊教授の研究室と共同で、「スタディサプリ」での学習者の動画視聴や問題解答の学習ログを最新の機械学習解析「ディープラーニング」を用いて解析。学習者の「解けない問題」の予測などを行っています。
佐藤:数学の講義も初級、中級、上級とわかれていて、理解の深度に合わせて並走してくれる感覚がありますし、構造がとても親切ですよね。
出題のときも「ここでポーズボタンを押して、じっくり考えて答えを出してから、先に進んでください」と講師が語りかけてくれる。そういったアクティブラーニングの要素は、2020年の教育改革を前に、よりいっそう不可欠になっていきます。
山口:文科省が進めている高大接続改革、大学入試制度改革ですね。
佐藤:はい。40年ぶりの大きな教育改革です。教育システムの改定により、人間の知のスペックが、旧型の飛行機からジェット機に変わるくらい激変するでしょう。旧型の教育を受けていた人間は、そのままでは知識の上で若い世代に太刀打ちできなくなります。
今の大学生や若いビジネスパーソンは、もっと危機感を持たなければいけない。しかし現状では教育関係者もメディアも、かなり甘く考えていますよね。
山口:よくわかります。「スタディサプリ」は、まさに佐藤さんがおっしゃる旧型の、この40年間行われてきた教育システムから、ジェットエンジン型に変わるということを見越してつくった自負があります。
佐藤:続きは、次回に詳しく話しましょう。現行の教育システムの問題にも踏み込む話になりそうですね。
(編集:大高志帆 構成:藤崎美穂 撮影:露木聡子)