創立者が語るプラットフォーム構想「Slackは仕事の入り口」

2017/12/7
ビジネスコラボレーションツールとして広がりつつある「Slack」。11月、日本語版をリリースし本格展開が始まる。コミュニケーションのデファクトだったメールから、その座を奪う可能性すら感じさせる急成長ぶり。その誕生秘話と人気の秘密をスラック共同創立者でCTOのカル・ヘンダーソン氏に聞いた。

ビジネスでも楽しいツールをつくりたい

──日本にもビジネス向けメッセージング/チャットツールはあったが、定着していなかった。「Slack」は日本語版がリリースする前で、日本のユーザーがすでに50万人存在する。ここまで日本でヒットした理由を教えてほしい。
ヘンダーソン:日本は、「モバイル」「メッセージング」という領域で先頭を走っている。そして、コラボレーションをより活性化しようとしている機運が高まっていて、Slackを受け入れる土壌があった。
それに、コンシューマー向けのアプリ/サービスには、直感的な操作で楽しく使えるものが多いが、ビジネスツールではあまり多くない。だから、ビジネス上のコラボレーション/コミュニケーションにストレスのない操作と楽しみを与え、それと同時に仕事を効率的でシンプルなものにしたかった。その点を受け入れてくれたのではないかと推測している。
ただ、正直に言ってここまで受け入れられるとは思っていなかった。私たちが知らぬ間に、Slackの機能や使い方を紹介しているHow to本が出ていた時は嬉しかったし、驚いた。

メールはゴキブリでありブラックホール

──メールやTwitterを通じて多くのリクエストが毎日寄せられる中、どんな判断基準でその声を採用するかしないかを決め、優先順位をつけているのか。
大切ではないフィードバックは一つもないが、「不満」に対するプライオリティは非常に高い。ビジネスツールでは、ユーザーにイライラさせたり、難解な操作を強いたりするのは最も良くない。これはコンシューマーツールよりも気を使わなければならない。
Slackは、もともとゲームソフトを開発するエンジニアのコミュニケーションツールとして生まれた。いわば、数人しか使わないチャットツール。だから、開発ロードマップなんてなかったし、どのように発展させるといった堅苦しいビジョンもなかった。
最初は小さな組織の利用を想定して開発した。だが、時間が経つごとに数百人、数千人の企業でもSlackが利用されていった。これはすごく意外なことだった。大企業とベンチャーやスタートアップなどの中小企業では働き方が違い、コミュニケーションの仕方も違う。とはいえ、企業規模は違っても「ビジネスソフトは使いにくい」と思っていたことが共通点だったから、受け入れられたのだろう。
──古くから根付いていた「メール」のポジションを奪おうとしている。
多くのビジネスパーソンは、長い間メールに縛られてきた。この先もメールはなくならないだろう。ゴキブリのようにきっとしぶとい。ただ、メールはグループで仕事する時のコミュニケーションツールとして非常に効率が悪い。
CCやBCCを通じて共有はできるものの、基本的に「1対1」のコミュニケーションを想定して設計しており、検索や情報整理の観点でも複雑で、私から言わせてみれば、ブラックホール。
それに、メールを使うことに慣れ過ぎてしまった結果、コラボレーションツールとして他の方法があるという発想すら持てなくなっている印象を持っていた。
Slackの利点は、1対1ではなく、「チャンネル」によって個人からたくさんの人に訴えかけることができる点。それによって、情報がオープンになり、コラボレーションもより簡単に行えるようにした。
メールは、個人間の連絡を相手の時間を気にせず簡単に届けることを可能にした。しかし、コラボレーションという意味では非効率で使い勝手が悪い。Slackは単純なコミュニケーションツールではない。コラボレーションをシンプルに効率良く行うものであり、楽しむためのもの。そこが私たちが徐々に認めてもらえている理由だろう。
これから10年で、ビジネス上のコミュニケーションツールは、メール離れが加速するはずだ。死にはしないが、利用頻度は確実に減っていくだろう。

求める質でなければ、市場に出さない

──Slackのゴールは何か。
情報や知識の分野に携わるビジネスパーソンがみんなSlackを使うようになってくれれば最高。
──Slackの機能の中でも思い出深いものは何か。
数多くの試行錯誤を重ねてきたが、多分一番大きな出来事は「スレッド」機能(Slackでの発言を話題ごとにまとめる機能)の開発。
アイデアが生まれ、作り始めた頃は、完璧なものができると疑わなかった。
でも、ひどいものが出来上がったので全て捨てて、全く違うものを作って、でもそれもひどくて。次第に誰もやりたがらない死のプロジェクトになったように(笑)。
この話は、我々の商品開発について多くを語っている。つまり、我々が便利と感じ、求める質に到達していると思うものでなければ、市場に出さないという考え方だ。

Slackが注目するテクノロジー

──今注目しているテクノロジーは何で、それをSlackにどのように生かそうと思っているか。
今最も面白い分野は、AIとマシーンラーニング。それを使ってまた違ったSlackの側面を生み出せるのではないかと思っている。
Slackを使う利点の一つに、時間をかけて膨大なコミュニケーションデータを蓄積できる点。つまり、起こった事柄の記録が残る。
マシーンラーニングを使えば、このデータの価値を最大限に引き出せるのではないかと思っている。
たとえば、既に実験も行っているが、何日間かSlackを使っていなかった場合、開いた時に何百通も届いたメッセージの中から読むべき優先順位をつけてくれたら便利。
つまり、マシーンラーニングが、普段誰と話し、誰に返事をし、何に反応し、どういったテーマについて興味があるかを分析し、それを元にどのメッセージを最初に読むべきかを識別してくれるシステムなどを考えている。
職場で過去にどこかで共有した情報を探したり、ある質問やテーマについて尋ねたりする人を探そうとする時、多くの時間を費やす。
我々は、マシーンラーニングを使ってこのような探す時間を大幅に削減できればと考えている。
ヘンダーソン氏は日本版のローンチに合わせてスタートアップの祭典「TechCrunch Tokyo 2017」にも登壇し、日本語版をアピールした

ビジネスプラットフォームへの野望

──Slackに領収書を添付し、「これが領収書です」とメッセージを入れると、裏でつながっている経費精算アプリが自動的に経費処理をしてくれる機能を見たことがある。他社アプリとの連携をどう考えいてるか。
経費精算アプリとSlackの連携だ。Slackとのつながりによって、例えば携帯で領収書の写真を撮りSlackに入れれば、経費報告書としてファイルしてくれる。すると、その経費報告書を承認しなければならない人物が、Slack内に「承認」というボタンのついたメッセージを受け取る。Slackの中で全てが完結する仕組みだ。
──結局経費精算アプリを使わなくても、Slackを使うことによって経費精算ができるという世界が出来上がっていた。Slackは単なるコミュニケーションツールではなくて、ビジネスプラットフォームのような存在を目指しているように思う。どんなアプリでも入り口はSlackのような世界を描いているのではないか。
その通りだ。我々は、SlackにビジネスのOS(オペレーティング・システム)としての役割を持たせようとしている。でも、ウィンドウズのようなOSではない。
ユーザーが使うビジネスアプリの多種多様で、機能ごとにアプリケーションを使い分けており、いちいちアプリを選択しなければならない。そうではなくて、すべてのビジネスアプリがSlackと連動していて、Slackで操作が完結する、Slackから別アプリに飛ぶような世界を考えている。
──10年先を見越したR&Dのロードマップを教えてほしい。
10年先を考えた場合、あまりにも遠すぎて、ビジネス・シーンがどう変わっているか想像もつかない。10年前はスマホもなかった。10年という期間で起こり得る変化は計り知れない。
ただ、方向性としては他アプリとの連携も含めた拡張を続け、ビジネスのプラットフォームとしての地位を築くつもりだ。

まるで事故のように生まれたSlack

──「Flickr」も開発し、今回Slackも開発してヒットさせた。プロダクトを生み出すための発想術を教えてほしい。
両方とも、「事故」のように無計画なかたちで生まれた。FlickrもSlackもビデオゲームを作ろうとしていた過程でそのコミュニケーションツールとして誕生している。商品化したり、はたまた会社を興そうとしたりなんて夢にも思っていなかった。
我々の成功の大部分は、つまるところ「運」。しかし、同時にユーザー体験のクオリティに着目し、皆が喜ぶものを作ることにフォーカスしたのも成功した理由だと思っている。
発想術なんて大それたことは言えないが、私のモットーは使っていて楽しいものをつくる。Slackのようなコミュニケーションツールで言えば、「つながりを楽しむ」体験を与えたいと思っていたんだ。
(取材・編集:木村剛士、文・狩野綾子、写真:長谷川博一)