ピコ太郎“プロデューサー”に学ぶ。世界を目指すための「当たり前」

2017/12/12
文化、言葉、習慣、経済力……、国が変わればいろいろ変わる。そんな中でも世界で活躍できる人、世界でヒットするプロダクトやコンテンツは存在する。国の壁を越えて受け入れられる人やモノ、サービスにある共通点は何か。日本人がグローバルに活躍するための成功法則はあるのか。ピコ太郎の“プロデューサー”古坂大魔王と、出張・経費管理クラウドサービスの世界シェアトップ、コンカーの日本法人社長を務める三村真宗が語り合った。
「I have a pen」「パイナッポー」じゃなきゃダメだった
三村:古坂さんがプロデュースしたピコ太郎、「PPAP」は、日本発の“コンテンツ”として世界で大ヒットしましたね。日本発のサービスが世界で広まることは最近ではあまりありませんから、私も世界で通用する製品・サービス作り、マーケティング戦略のヒントを得られればと思っています。率直に、どんなことを仕掛けたのですか。
古坂:ピコ太郎をプロデュースする際にまず考えたのは「誰もやっていないアイデア」ということでした。その次に「日本で流行るかどうか」。日本で流行らなければ海外でも流行らないが持論で、世界でヒットするための“コンテンツ”を最初からつくろうとは思っていませんでした。
三村:前例がないものを生み出すのは相当難しいと思いますが、意識したことは何ですか。
古坂:「わかりやすい」こと。PPAPの動画を見た人が、直感で「これはおもしろい」と感じるかどうか。格好、振り付け、リズム、歌詞、長さなどの一つひとつに気を配りました。
三村:具体的には?
古坂:たとえば歌詞。ピコ太郎は「I have a pen」と言っていますが、このフレーズは僕たちが中学生のときに英語の授業で教わった文で、誰でも知っています。だから僕の感覚では、英語ではなく日本語。「I have a chair」ではダメなんです。
三村:その日本語のような英語が海外の人にもウケましたよね。
古坂:はい、ウケたんです。でも、正直に言って狙っていませんでした。さっき話したように、日本でウケることを狙ったので、日本以外の国で流行ったのは運です、運。
ただ、仕事でタイに行って現地の人と話している時に、パイナップルを「パイナッポーパイナッポー」って言ってたらむちゃくちゃウケたんです。私は英語を話しているつもりだったんですけれど、現地の人にとっては発音がやっぱり違っていて「日本語のような英語」なわけですね。
普通の英語じゃなくて、なまりというか日本人が話す英語の音ってタイの人にはおもしろいんでしょうね。その実感がPPAPの「パイナッポー」「アッポー」につながります。
音楽は、言葉が違っても世界で共通して受け入れられます。音はわかりやすくて世界共通です。だから、言葉だけど音と捉えてもらえるようなワードを意識しました。
三村:「わかりやすい」は私も常に意識しています。
コンカーは、外資系企業で世界50カ国以上でビジネスしていますので、アメリカ本社の社員だけでなく、いろいろな国の人と話をします。文化も考え方も商慣習も違うので、シンプルにわかりやすく話さないと伝わらない。
とくに本社に対しては、経営情報を徹底的に可視化しています。本社との取締役会では、戦略や成果だけではなく、問題やリスクといった悪い情報も包み隠さず、すべて話します。外資系社長の中には、成果の報告には力を入れているけれど、問題の報告を怠る人が多くいます。
しかし、問題やリスクをわかりやすく伝えていないと、業績が悪化した途端、助けてくれるどころか、ある日突然本社に踏み込まれて更迭されることすらあります。冷たいように聞こえるかもしれませんが、本社からするとなぜ業績が悪化したのか見えないので、首をすげ替えざるを得ません。
わかりやすく可視化されていれば、業績が良ければ成果を正当に認められるし、業績が悪くなりだしても早い段階で助けを求めることができます。悪化の原因が経営者のコントロールできない要因、たとえば市場環境などであることをきちんと説明できれば、時間的猶予ももらえます。
コンカーでも当初の2年間は業績で苦労しましたが、「やるべきことを正しくやっているから問題ない」と本社の社長も辛抱してくれました。外資系はドライに見られますが、意外と結果だけでなくプロセスも評価します。ただし、それはわかりやすく伝えられていることが前提です。
古坂:経営でもわかりやすさは大切なんですね。社員の方々へもわかりやすさは意識しますか。
三村:私にとって社員は本社と同様、いやそれ以上に重要なステークホルダーです。経営情報を与えられた社員の目線は、経営者と同様の高さに上がるという信念があります。逆に、十分な経営情報を与えられないと身の回りの瑣末(さまつ)な問題や自部門の利害に拘泥しがちです。
本社との取締役会で共有した経営情報は、四半期に1度の全社員会議でほぼ同じ内容を開示し、時間を掛けて丁寧に解説しています。
これによって、おのおのの職務と貢献が会社全体の戦略にどう効いてくるのかを一人ひとりが大所高所で理解して動くようになるので、部門を超えた社員間のチームワークもよくなりますし、組織のタコツボ化を防ぐことにもつながっています。
日本人に根付いている「言わなくてもわかるだろう」は、海外では通用しません。この感覚は、日本人など共通の言葉や文化を持つコミュニティでのみ通じるもので、「ハイコンテクスト文化」と言われています。
一方、欧米人は真逆の「ローコンテクスト文化」です。事実をベースにわかりやすく言わないと、見せないと伝わらない。日本的な思考や感覚は、下手をすると秘密主義と受け取られかねません。もちろん「忖度(そんたく)」もありません。そういう意味で考えると、ピコ太郎は日本人が作った世界標準のローコンテクストを極めたコンテンツだと思います。
「人と違うことをしたい」のルーツ
三村:私もピコ太郎と同じようにいつも前例がないことをやりたいと思うのですが、私のキャリアのスタート地点にそのルーツがあるのかもしれません。
私が就職した時は、同期の多くは銀行や商社といった従来の人気企業に何の違和感もなく就職していきました。
私の場合は、会社に依存しない人間になりたい、そのために若いうちに力をつけたい、そうするには上がつかえてない企業がよいという観点で、当時まだ黎明(れいめい)期であった業務ソフトウェア業界、そしてその中でも日本にまだオフィスすらない外資系企業をあえて選びました。銀行や商社を選んだ同期の友人たちからは大変に驚かれたものです。
未成熟な業界・企業ほど事業の成長に人材が追い付いておらず、慢性的な人材不足にあるため必然的に若い人に重い仕事が巡ってきます。若いうちから重い仕事をするほど人は早く伸びますから。リスクをチャンスに変えるのはその人次第だと思います。
古坂さんの「人と違うことをやりたい」というモチベーションは何がきっかけなのですか。
古坂:僕も似たところがあって、僕が生まれ育った青森県では公務員になるのが「成功」でした。兄と弟も目指していましたし、両親もそれを望んでいました。その当たり前の感じにすごく違和感があったんです。
このまま人と同じようなことをしていいのかなって。そんな悶々としていた10代の時に、テレビに映っていたのがビートたけしさん、とんねるずさん、さんまさんといったお笑い芸人の方々でした。
人を笑わせるというシンプルでわかりやすく、自分の腕一本で人を喜ばせている姿を見て、自分が勝負する世界はお笑いだ!とフィールドを決め、高校卒業と同時にお笑いの世界に飛び込んだんです。
キャリアチェンジは飛躍のきっかけ
古坂:でも、芸人としてはなかなか芽が出ませんでした。テレビを見る世代自体が高年齢化するとともに、一昔前であれば50歳ぐらいで引退していた諸先輩方も現役で活躍できるようになっていく時代の変化もありました。そのため、僕のように売れていない若手芸人がテレビに出るチャンスは多くはありませんでした。
そこで少し違う景色を見ようと考えました。芸人活動をスパッとやめ、若い頃から続けていた音楽活動に集中したんです。芸人になってから13年のことでした。
三村:そうなんですか。私もキャリアは“掛け算”がよいと考えています。振り幅の大きい2つの異なるキャリアを経験すると、視野が一気に広がります。
古坂さんは芸人と音楽活動で、私はソフトウェアと経営コンサルティング。新卒で入ったSAPというドイツのソフトウェアの会社に13年勤めた後、自分を鍛え直したいと思い、経営コンサルティング会社のマッキンゼーに転職しました。
勝手がわからず苦労はしましたし、わずか2年間と短い期間ではありましたが、この2年間は得がたい経験になった。今、ふたたびソフトウェアの業界に戻ってきましたが、この振れ幅を経験していなければ、今ほど視点や考え方が広がっていなかったと思います。
古坂:僕の場合は、たけしさんやとんねるずさんのようなお笑い界の大御所になるのが、キャリアの目指すところだというのは変わっていませんでしたから、音楽は3年と決めていました。だから、音楽をやっていてもお笑いのためという意識でしたね。
三村:迷いの中から生まれたその3年があったから、ピコ太郎が生まれた。違う景色を見たからこそ生まれたコンテンツだったんですね、きっと。
「先に言っちゃう」習慣と「愛」
三村:ちょっとピコ太郎の話に戻りたいのですが、あんな短期間でどうやって世界を席巻できたのかな、と。運とはおっしゃっていましたけど、それだけじゃ腑に落ちないんですよね(笑)。
古坂:いや、ほんとに運なんです。ただ、強いて挙げれば「先に言っちゃう」ことと人の縁を大事にしていること。これら2つのことが運を呼び込んでくれたのかもしれません。
三村:「先に言っちゃう」?
古坂:Twitterなどのソーシャルサービスで「○月○日に新曲をリリースします」と告知しちゃう。公言したら、やるしかないでしょ? もともと怠けものですし、作品を生み出す期日ってあってないようなものですから、放っておくとずるずるいってしまう。だから、最初に期日を決める。そこから何やるか決めるんです。
三村:それ、わかります。私たちの経営戦略にも通じるところがあって、発信することを先に決めちゃってから中身を作り込む“PRドリブン経営”というモデルを実践しています。
普通はサービスの中身を作ってから発信や発表の順序ですが、我々は逆。例えば、新サービスをリリースする時、サービスが完成するよりもかなり前に、発表イベントや記者会見を計画するんです。
PR効果が最大になるコンテンツとタイミングを考え抜いたうえで、その企画を社内、本社、パートナー企業と先に共有してしまってから、そのうえでサービスの中身を詰めていきます。
古坂さんが言われたように発表に向けて線を引いてしまうことで、米国本社のエグゼクティブや開発部門が一斉に動きだしますし、社内の各部署やパートナー企業もそのPR効果を生かそうと、それぞれ動くことができるわけです。
このように、すべての関係者が本気モードになる効果があるので、自分を追い込むような戦い方ですが、時間が決まっているからこそ社内外の力が発表に目掛けて収斂(しゅうれん)し、そこにいいものが生まれます。
古坂:PRドリブン経営には、なにかヒントやきっかけはあったんですか。
三村:経営学者のドラッカーは “Doing business without advertising is like winking at a girl in the dark. You know what you are doing, but nobody else does.”という言葉を残しています。
これはとても含蓄のある言葉なんですが、訳すと「広告(や発信)のないビジネスは、暗闇で女の子にウィンクしているようなものだ。何をしているのか、本人には分かるが、他人には分からない(ので価値が伝わらない)」となります。
日本にはよい製品やサービスでも発信が不十分なために価値が伝わらないものがたくさんある気がします。
この言葉は発信ありきで戦略を考える気づきになりました。日本人は「分かる人が分かれば良い」と考える人も多いですが、それは分からせる努力を怠っている言い訳にも思えます。
ピコ太郎の「先に言っちゃう」やり方や、私たちのPRドリブン経営は、ともすれば軽く聞こえるかもしれませんが、うまく使えば有用なアプローチかもしれませんね。
古坂:「先に言っちゃう」に加えてもう一つは、公言して生み出したコンテンツを流通させるための縁が僕にはありました。
実はピコ太郎が日本でバズった要因の一つは、初動のタイミングで芸能界の友人に片っ端から連絡して、Twitterでリツイートしてくれとお願いしたからでした。もちろんコンテンツ自体には自信がありましたが、良さを伝えてくれる仲間がいなかったので、ヒットさせる足がかりすらなかった。
「事務所が大きいから成功したんだろう」「ジャスティン・ビーバーにツイートされてラッキーだったね」とか言われますが、違うんです。
ピコ太郎はどうしてもたくさんの人に届けたくて、私の友人や知人に初めてお願いしまくったんです。そうしたら、みんなやってくれて。身近にある大切な縁が世界にピコ太郎を広めてくれたんです。
まわりに愛せる仲間がいること。いざというときに頼りになってくれる人がいるのは、生きていくうえでとても大きな要素であり財産だと思います。照れ臭い表現ですが、やっぱり人への愛、人からの愛が私を生かしてくれているんだと思います。
三村:海外企業のエグゼクティブは、かつては高圧的でマッチョなトップもいましたが、今はあまり流行りません。その多くが気さくで人格に優れた人たちばかりです。
私自身もそのような経営者になりたいと、社員にはできる限り親しく寄り添える存在であるように意識しています。
このような考えもあり、トップダウンですべてを決めるのではなく、社員の声に常に耳を傾けますし、ボトムアップで社員が立ちあげる社内タスクフォースも奨励しています。
カルチャーの良し悪しは企業の競争力に決定的な影響を与えます。コンカーでは、社員同士がネガティブなことも含めて建設的にフィードバックし合うことを通じて互いの能力を高めていくカルチャーを「高め合う文化」と呼んでいます。
「高め合う文化」に根ざしたさまざまな取り組みを社外の人にも知ってもらおうと、「コンカーを職場に選ぶ理由」という資料を作り、ネット上で公開しています(資料はSlide Shareで公開している。リンクはこちら)。
資料にはコンカーを職場に選ぶべき27の理由を中心に、社員の声、仕事の様子、社外活動の様子などを多くの写真とともに紹介しています。かなりのボリュームですが、これはまだ見ぬ人材への「一緒に働きませんか」という私からの提案書でありラブレターです。そんな思いを込めながら今も仕事の合間を縫ってコツコツと更新を続けています。
古坂:三村社長は「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を実践されていますね。お笑い界も同じです。成功している人は愛にあふれていて丁寧です。むすっと仁王立ちしている人はいません。そして愛にあふれた人柄を極めた人が、頂にいけるのだと僕も思います。って、真剣に愛を語っちゃいましたね(笑)。
結局、世界への進出戦略と方法とか、そんなだいそれたものなんてなくて、多くの人に認めてもらうように自分が頑張る、各自が大切にしている価値観を尊重する、環境の変化があっても人を大切にするという当たり前でシンプルなことの積み重ねなのかもしれません。って、真面目ですね(笑)。ピコ太郎はこうはいきませんよ、あいつは天性のバカですから(笑)。
(取材・編集:木村剛士、文:杉山忠義、写真:森カズシゲ)