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難民特集第3回は、ロヒンギャをマレーシアの視点から取りあげました(無料公開)。ロヒンギャは、東南アジア、南アジア、中東に逃れているケースが多いですが、一部の国での合法滞在を除き、多くが避難民として一時的に滞在が要因されていることが多いです。

ロヒンギャの映画をとりあげましたが、監督のグレイスが「私たちだってロヒンギャに産まれていたかも知れない」と話してくれたことには、はっとさせられました。

マレーシアには15万人と比較的多くのロヒンギャが住んでいます。一時的な庇護の後、不法滞在で住み続けていますが、マレーシアは実質的に容認している状況です。ロヒンギャも、決して良い暮らしとは言えませんが、深刻な人権侵害にさらされた状況に比べると、少なくとも生命への危険は少ない状態で日常生活を送られています。

スーチー氏が対応していない、という批判がありますが、冒頭に触れたように、なにかしようとしてもできない(かなりやりにくい)という、制度的にとても難しい課題をはらんでいます。

連載一覧はこちら(無料)
第1回:【日本】難民問題がもはや他人事ではない理由
https://newspicks.com/news/2646347

第2回:【人権】世界から非難、オーストラリアの無慈悲な難民対応
https://newspicks.com/news/2646352

第3回:【ロヒンギャ】「緩衝国」マレーシアへの期待と見えぬ将来
https://newspicks.com/news/2646353

第4回:【オピニオン】日本人が知らない、難民への日本の貢献度
https://newspicks.com/news/2646355
ロヒンギャ・ムスリムは総人口が2百数十万人と考えられています。そのうち3分の2以上はすでに国外に逃れています。つまり、2百数十万人が生きていける土地と仕事があれば解決する問題です。ミャンマー政府、特に軍部は、経済発展の最中にあるといわれながらも、2百万人程度に仕事と土地を確保することよりも、スケープゴートにして国民の大多数を占めるビルマ人や仏教徒の求心力を強めることを選びました。背景には、ロヒンギャの居住地が中国が建設中の雲南省へとつながる石油・天然ガスのパイプラインの出発地点だったことがあります。ミャンマーの経済発展といわれるものは、外国企業、とりわけ中国企業の進出に依拠する歪なもので、軍部が目の前の利権に目がくらんで強制土地収用に躍起になっているというのが主要な背景です。

難民の受入れ側は、仕事と住居を用意する必要があります、可能であれば教育や福祉も用意します。アジア、アフリカ諸国の難民受入れは、ヨーロッパや北米とは異なり、手厚い支援は提供されません。何も支援はしないけど滞在したければ黙認する、あるいは国連や欧米NGOに支援は任せる、という場合がほとんどです。
マレーシアの場合は、仕事は提供できます。元々人口が少なく(現在でも3千万人)、その割には産業が発展しており、常に移民と外国人出稼ぎ労働者を受入れてきました。現在は3百万人程度は外国人出稼ぎ労働者がいます。そこに20万人程度のロヒンギャ難民が加わることはそれほど難しくはありません。
人権侵害はないわけではありませんが、確かにタイやバングラデシュよりはましです。ロヒンギャ難民たちが永住しようとする場合、主なネックのひとつは教育であり、彼らの子供たちはマレーシアの公立学校へは通えません。児童労働の比率が非常に高く、自分たちで教育の場を組織するか、NGO(主にマレーシアのイスラームNGO)が運営する教室に通っています。
マレーシアをはじめ、難民保護の国際的枠組みに属していない難民条約非当事国が独自の役割を果たしている点に注目です。
法的保護の不在や人道支援の不足など問題はたくさんありますが、「とりあえず生活できる場」を得られる意味は大きいでしょう。
マレーシアではUNHCRと国内大学が覚書を結び、少数ですが難民の学生も高等教育までアクセスできるようになっていると最近知りました。

一方、実際の生活レベルでは労働の現場で不当な扱いを受けたり、十分な水準の住居を確保できなかったりと不満も多いと思います。SkypeやWhatsAppでいつでも繋がれるものの、故郷に帰れない、家族親戚に直接会えないストレスも重くのしかかります。
ロヒンギャ問題の難しいところは、彼らが特定の民族集団ではないことでしょう。彼ら自身はミャンマーからの独立を叫んでいるわけでもなく、またそうする根拠となるような繋がりのある土地を持つわけでもない。そこがカシミールやブルチスタンなどとは違う点です。

にも拘わらず、ミャンマーやバングラデシュから「自国民ではない」というある種のレッテルを貼られたが故に、単純な民族問題であるかのように見られてしまっています。