【ロヒンギャ】「緩衝国」マレーシアへの期待と見えぬ将来

2017/11/30
現代の「流浪の民」、ロヒンギャ
「民族浄化」「今世紀最大の人道危機」──。
こう評されるロヒンギャ問題だが、出口は一向に見えない。宗教や歴史が複雑に絡み合う問題だけに、民主化運動でノーベル平和賞を受賞したミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問も、この話題になると歯切れが悪くなるに見え、国際社会からも「あのスーチー氏がなぜ?」という疑問が投げかけられている。
だが、そもそも、スーチー氏に期待することすら難しいほどに、ロヒンギャは強い差別の対象とされてきた。
また、ロヒンギャ問題と密接に関係する警察や国境管理は軍が権限を握っており、国家顧問には直接的な権限がない。これは憲法上の規程だ。改正するためには上下両院のそれぞれで75%を上回る賛成が必要である。しかし、両院の議員は25%が軍人と決められており、憲法改正を実現することは極めて困難だ。
スーチー氏がロヒンギャ問題を解決に導くだろうという考えは、こうした制度的な限界を無視して、国際社会が「勝手に抱いた期待」かもしれない。
アウンサンスーチー・ミャンマー国家顧問(写真:Matej Divizna/Getty Images)
ロヒンギャは、ミャンマー西部ラカイン州を中心としたバングラデシュ国境地帯に住むイスラム教徒(ムスリム)。この約1年間は特に、ラカイン州でミャンマー軍による弾圧が断続的に行われ、大量の難民が発生して悲惨な状況に置かれている。
この夏の数カ月だけで、その数は実に60万人に達した。
一方、ロヒンギャの武装組織は今年8月下旬にミャンマーの治安部隊に報復攻撃を行い、一般市民も含めて100人以上の死者が発生した。まさに泥沼の状態に陥っている。
ミャンマー政府はロヒンギャを自国民と認めず、「バングラデシュからの不法移民」と位置付けている。
一方、今、ロヒンギャが大量に逃れているバングラデシュでも、同胞と見なされてはいない。バングラデシュ政府はロヒンギャをミャンマー国民と位置付けている。最貧国と区分されるバングラデシュには、財政の余裕がない。国際組織の支援で避難民キャンプを提供するのがやっとである。
ミャンマーからもバングラデシュからも「外国人」とみなされる──つまり、両国の狭間で大量のロヒンギャ無国籍者が発生している状況だ。
ロヒンギャは、下図の通り、東南アジア、南アジア、中東に多く住んでいる。そのほとんどが、一時的な収容施設に滞在するか、不法滞在者として暮らす。まさに、現代の「流浪の民」だ。
2017年9月28日付アル・ジャジーラ報道等を元にNewsPicks編集部作成
ミャンマー・ラカイン州からバングラデシュ・コックスバザールのキャンプに逃れてきたロヒンギャの少女。劣悪な生活環境に置かれている(写真:Marcus Valance/SOPA Images/LightRocket/Getty Images)
「緩衝国」としてのマレーシア
ロヒンギャにとって安住の地が見つからない中、迫害を逃れたこの民族にとってモラトリアムを得られる場所がある。マレーシアだ。
マレーシアにはおよそ15万人のロヒンギャがいると推定されている。ただ、マレーシアは難民条約に加盟していないため、国際法上の難民としての地位は得ていない(難民条約の未加盟国は東南アジア、南アジア、中東に多い)。
だが、難民として認められない一方で、ロヒンギャ難民にとってマレーシアはある種の「シェルター」となっている。マレーシアは多民族国家である事情などを反映して、「事実上の難民」として就労制限などを付けたまま国内に留め置いているのだ。
ロヒンギャはマレーシアに逃れてきた後、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)による暫定的な庇護下に置かれる。暫定期間が過ぎると、不法滞在のままマレーシアにとどまるケースが多く、就労して仲間と一緒にアパートを借りて住んでいる事例もある。
要するに、不法滞在だ。
だが、マレーシア当局から意図的に見逃されており、他国のキャンプよりは良好な環境に住むことができる。そのため、マレーシアはロヒンギャにとって「安息の地」となっている。
マレーシア政府は、かねてロヒンギャ問題には高い関心を寄せてきた。その理由としてはマレーシアがイスラム教を国教としており、国内世論でシンパシーが強いことが大きい。
また、軍政期でロヒンギャ問題が完全なブラックボックスであった時代、国連のミャンマー担当特使がマレーシア人外交官のラザリ・イスマイル氏だったことも影響しているだろう。ラザリ氏は、マスメディアに対して、ロヒンギャ問題について語ることがあった。
ラザリ・イスマイル氏。国連特使時代にメディアによるインタビューを受けた時の様子(写真:ロイター/アフロ)
映画に描かれたロヒンギャ
不法滞在の身ながら、マレーシアに暮らすロヒンギャ──。
そんな彼らに焦点を当てた映画が、欧米やアジアの映画祭などで話題になっている。ショートフィルム「首相とセルフィーを撮ろう(Selfie with the Prime Minister)」だ。
マレーシアに逃れたロヒンギャ、ジアウル・ラフマーンの日常を追った25分のドキュメンタリー映画だ。ジアウルは不法滞在者だが、ロヒンギャ問題に強い関心を寄せるナジブ・マレーシア首相とセルフィーを撮ることに成功する。
ナジブ・マレーシア首相とセルフィーを撮るジアウル氏(本人Facebookより)
ジアウルは、故郷のミャンマーでもない、歴史的なルーツのあるバングラデシュでもない、第三国のマレーシアに望みをかける。「ナジブ首相なら、ロヒンギャのために何かできる」と、ジアウルは言う。
2016年末ごろから事態が一段と悪化したことを背景に、ナジブ首相は、いち早く懸念を表明し、国内では大規模な祈祷集会を行っていたからだ。普段は政治的に対立している野党の幹部たちも駆けつけ、一致してロヒンギャ問題への懸念を表明した。
中央がナジブ首相、右が野党のハディ・アワン・マレーシア・イスラム党の党首。この二人が同じ場所に居合わせることは珍しい。(写真:Chris Jung/NurPhoto via Getty Images)
「ロヒンギャを扱った映画やドキュメンタリーは、すでにたくさん撮影されている。でも私たちは深刻な問題であっても、重すぎたり、特定の政治スタンスをとったりすることを避けた。一人の人間としてのジアウルを捉えることを通じて、ロヒンギャの日常生活を描き出し、一般の人々に問題意識を持ってほしいと考えた」 と、共同監督のグレイス・チョー・ヒーウォンは語る。
グレイス・ヒーウォン氏。シンガポールでの上映に際して、NewsPicks編集部のインタビューに応じた(撮影:川端隆史)
度重なる人身売買、危険にさらされる生命
この映画の中のロヒンギャの人々は、不法滞在という不安定な立場でありながらも、断食明け大祭をささやかながらお祝いしたり、友人と家を借りて談笑していたりと、比較的平穏な日常生活を送っている。
しかし中心テーマは、ロヒンギャの悲しき流浪の民としての苦悩が描かれる。不法滞在や不法就労の身であるため、警察が賄賂を要求することや、雇い主が給与をピンハネすることは日常茶飯だ。
「少なくとも7回は人身売買された。もう、それは嫌だ。帰ってもミャンマーで弾圧されるならば、死んだ方がマシだよ」と、ジアウルは言う。
マレーシアにたどり着いた経緯を語るジアウル氏("Selfie with the Prime Minister"の一コマより)
ロヒンギャをめぐる人身売買問題は深刻だ。以前から指摘されていたが、白日の下にさらされたのが2015年だ。 マレーシア国境に近いタイ南部で130を超えるロヒンギャの遺体が埋葬された「集団墓地」が発見された。
なぜ、ここにたくさんのロヒンギャが葬られたのかはまだ明らかではないが、度重なる人身売買の対象となり、その果てに病気や衰弱で亡くなったという見方が有力だ。
130を越えるロヒンギャの遺体は手厚く埋葬し直された("Selfie with the Prime Minister"の一コマより)
マレーシアは当面、不法滞在するロヒンギャを強制的な国外退去とする措置はとらない見通しだ。かといって、定住させる方向も難しい。事実上の存在としてロヒンギャを受け入れる、「緩衝国」の状態が続くだろう。
「仮の安息の地」マレーシアで、ジアウルたちロヒンギャは、不安な日々を過ごし続けるしかないのだろうか。
難問過ぎるロヒンギャ問題
「緩衝国」マレーシアは1人あたりGDPが1万ドルクラスの上位中所得国だ。近年中に先進国の所得水準に達するという予想もある。それでも、現状の経済水準では国内課題を優先せざるを得ないであろう。
5000人ほどのロヒンギャがいると言われているタイでも、マレーシアほどの水準に達していない。その他の国の所得水準はさらに低く、ロヒンギャを自国で受け入れる余裕は到底ない。
このように、ミャンマー近隣国の間で真空が生まれてしまっており、人身売買のシンジケートが悪用している。そして、まだガバナンスが十分でない近隣国では、売春や最低賃金を下回る労働力としてロヒンギャを利用するという「ニーズ」も存在してしまっているのだ。
経済的な視点を離れても、マレーシアは元々、多民族社会の微妙なバランスを維持することに細心の注意を払ってきた。高所得層以外の外国人の定住化には慎重である。外来者によって、民族間の極めてセンシティブなバランスが崩れかねない、という懸念は根強い。
おそらく、ロヒンギャ問題は、今、世界で最も解決が難しい課題と言えるだろう。
そうであっても、マレーシアは強制送還をせず、国民による深刻な人権蹂躙(じゅうりん)―不法雇用や売春も重大な問題だが―が行われていないことは、「仮の安息」を提供する「緩衝国」として注目すべきだ。
(バナーデザイン:星野美緒、バナー写真:Donal Husni/NurPhoto via Getty Images)