【濱口×脇谷】アマゾン、グーグルは自動車メーカーの脅威になるのか

2017/11/25
10月下旬から開催された東京モーターショー2017。NewsPicks編集長佐々木紀彦がモデレートする6日間連続のトークライブ「THE MEET UP」の模様をリポートする。2日目は「クルマ×イノベーション」をテーマに、イノベーション・シンキング(変革的思考法)の世界的第一人者、濱口秀司氏と、本田技術研究所の執行役員で、今年4月に新設された「R&DセンターX」センター長を務める脇谷勉氏が登壇した。
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クルマは何のために必要か

佐々木 2回目の本日は「イノベーション」がテーマです。
濱口 事前に脇谷さんとお会いしたのですが、仕事そっちのけで、ずっとクルマの話をしていました。僕はバイクとクルマが大好きで、最初はバイクでした。ヤマハの「RZ-250」や「RZ-350」なんかに乗っていました。「走る棺桶」と呼ばれたバイクで、スピードが出るのに止まらない。ホンダさんだと「NSR」に乗っていました。
車に転向してもいわゆる走るクルマばかりでした。車はいっぱいあるんですが、今一番好きな車は「Porsche 991GT3」です。
9000回転まで回る、本当は公道を走っちゃいけないような、めちゃくちゃ速い車を日頃使っています。
Twitterに載っているクルマはまた別のやつで、車好きな人はすぐにわかると思うんですけど、普通の「Boxster」じゃなくて「Boxster Spyder」(ポルシェ)、中に「Cayman GT4」のエンジンが入っているやつです。
バイクも含め、アイアンマンのスーツのような、自分の身体感覚を拡張するような感覚になれる、普通の人が乗らないような、ネジのはずれたものが好みです。
濱口 秀司(はまぐち ひでし) ビジネスデザイナー
京都大学卒業後、松下電工(現パナソニック)に入社。全社戦略投資案件の意思決定分析担当となる。1994年、企業内イントラネットを考案・構築。98年から米国のデザインコンサルティング会社、Zibaに参画。99年、USBフラッシュメモリのコンセプトを立案。2009年に戦略ディレクターとしてZibaに再加入。同社所属のまま、14年、コンサルティング会社monogotoをポートランドに創設
佐々木 それだけクルマがお好きだと自動車業界への就職もお考えになったのではないですか?
濱口 新卒でパナソニックに入ったのですが、実はホンダと日産にも内定をもらっていました。でも、最後の最後で思いとどまるわけです。自分の趣味を仕事にしていいのか、と結局やめました。
佐々木 脇谷さんは、赤坂に新しくできたイノベーションラボで技術開発のリーダーとして、今まさに奮闘されている最中ですね。
脇谷 ホンダにはすでに二輪も四輪も、飛行機もあって、陸海空すべての商品があるのですが、私がいる赤坂の新しいイノベーションラボでは、さらに新しい領域にチャレンジしようとしています。
脇谷 勉(わきたに つとむ) 株式会社本田技術研究所執行役員 R&DセンターX センター長
1996年6月、(株)本田技術研究所に入社。2012年4月、ホンダR&Dヨーロッパ(ドイツ)副社長、13年4月、同社長に就任。15年4月、(株)本田技術研究所汎用R&Dセンター企画室室長、16年10月、同 THINK研究室室長に就任し、HondaイノベーションラボTokyo準備プロジェクトに従事する。17年4月、同執行役員R&DセンターXセンター長に就任。
具体的に言うとそれは、ロボティクスの技術です。これまで研究開発は内輪でやっていくのが業界の慣習だったのですが、ラボではそれを取っ払い、外部の人にも入ってもらえるオープンスペースのエリアをつくり、異業種の人の協力も得ながらやっている最中です。

今、求められるクルマの再定義

佐々木 今回のテーマが「BEYOND THE MOTOR」なのですが、クルマがクルマを超えていくには何が必要だと思われますか?
脇谷 タイヤが4つついていて、パワートレインという動力や内燃機関があるのが今の「クルマ」ですよね。それを根底から考え直しています。
クルマはなぜ存在するのか。それは人間が移動するからですよね。これまでは、そのために最も効率のいい形が四輪でした。でも、今は違うかもしれない。
たとえば、移動のために人をおんぶする二足歩行のロボットがあれば、それは「クルマ」と言えるかもしれないし、それは階段を上っていくこともできます。クルマにロボティクスの視点を掛けることでビヨンドにつながるのではないかと考えています。
佐々木 まさにクルマの再定義ですね。濱口さんはいかがでしょうか?
濱口 僕はものを定義する仕事をしているので、「BEYOND THE MOTOR」とは何だろうと考えていました。モーターの範囲をビヨンドしていかないといけないのですが、では、モーターとは何か。
最近は、ロボティクスやAIも「モーターのようなもの」と言われるようにまでなってきて、モーターの周辺をロボティクスやAIやEVが取り巻いています。
例えばロボティクスでいうと、アメリカのロボットやAIは狂って大概世界を滅ぼそうとしますが、日本のロボットは狂って人間と恋をすることもある。認識が国によって全然違うんです。
そういう違いも理解しながら、全てを構造的に捉えていき、それを踏み台にしてビヨンドを考えるアプローチが必要だと思います。
脇谷 その通りだと思います。今、世間一般に言われているAIはマシンラーニングです。正解率を上げることが目的ですよね。もっと人の心に近づけるには、コグニティブ(ものを認知し解釈できる)な領域にいかないといけません。それをやっているのがイノベーションラボです。

自動運転は事故が起きない

佐々木 脇谷さんが、ロボティクス以外で注目している分野はありますか?
脇谷 AIを使った自動運転ですね。本当の意味での自動運転が実現した時に、車輪が4つあって、エンジンを積んだクルマは存在するのかという話になります。
完璧な自動運転が実現すると、事故はゼロになるのでクラッシャブル(衝突に耐えられる)なボディは要らなくなるし、ウインカーも要らなくなる。クルマそのものの定義が変わってくると思いますね。
佐々木 濱口さんはクルマ業界が今後どう変化していくと考えていらっしゃいますか?
濱口 そうですね。例えば、自動運転とEVって相性がいいと思うんです。
自動車に限らず産業にはいくつかの見方があります。その産業・商品がすごいインテグレーション(I)している、いろいろなものを調整して最後きれいに組み上げる業界、例えば、ロケットです。汎用部品を使うこともありますが、インテグレートのたまものです。
また、その反対側にあるのがモジュラー(M)です。例えばデスクトップパソコンで、僕がアキバでボードやケースを買ってきたらつくれるんですよ。これがモジュラー化されている状態です。
インテグレートベースかモジュラーベースか、という切り口があります。
そして、いわゆる「バリューチェーン」(原料の調達からものづくり、ユーザーに届くまでの企業活動を、一連の価値の連鎖として見る考え方)において、ある会社や業界が、付加価値連鎖の全てを占めるケース(オール、A)とその一部だけを切り取って担うケース(スライス、S)があります。
例えばパソコンを見てみましょう。パソコンは元々、ものすごいインテグレーションでつくって、全てをパソコンメーカーがつくっていました。それがここです(四象限の右下を指す)。
濱口氏のホワイトボートを使っての解説。上がモジュラー(M)、下がインテグレーション(I)左がスライス(S)、右がオール(A)の四象限図を用いた説明に、会場も盛り上がった。
ところがある時、IBMがその製造の一部を外部のCM(コントラクトマニュファクチャラー)に投げて「ThinkPad」をつくりました。これによって一部がスライス(四象限の右下から左下に移動)しました。
それがさらにEMSの台頭でいろいろなところがパソコンをつくれるようになり、上(四象限の左上)に上がってきました。で、またアップルが出てきて面白いフェーズ・変化が生まれてきた。この、どこのフェーズにいるのかが重要だと思います。

フェーズを超えるテスラのすごさ

この中で、EVはすごく面白いんです。EVというのは、モジュラー化の勢いがすごく強い。なぜかというと、車の中で最もお金がかかって難しいのは、エンジンとシャーシなんですね。
例えば、「濱口、300億円やるからエンジン工場つくれ」と言われて、ホンダと同じエンジンはつくれないです。同じシャーシもつくれないです。だから会社はつくれません。
でも、EVになった途端、動力源がモーターになり、シャーシも適当につくればいいとなれば、300億円あったら僕、モーターの会社をつくれると思うんですよ。何が言いたいかというと、車の最も難しい基幹部品を外部でつくれるようになるEVは、むちゃくちゃ面白いんです。
テスラのイーロン・マスクは、クルマを再び右下のフェーズ、モーターとか電池も最も付加価値が高いインテグレーションベースに、フェーズを超えてもっていこうとしている、ひっくり返そうとしている。そこがテスラのすごいところだと思います。
こういうふうに理解すると「BEYOND THE MOTOR」が……ってしゃべりすぎですね、トークになってない(笑)。
脇谷・佐々木 ははは(笑)。

リアルの蓄積には無限の可能性がある

佐々木 このモジュラー化の流れはチャンスでもあると思うのですが、脇谷さんはどう捉えていらっしゃいますか?
脇谷 個人的には、非常にポジティブに捉えています。この四象限の中でいうと、今まで日本のメーカーが得意だった部分はいわゆる下の部分。すり合わせがうまかったんですね。
それはエンジンとかシャーシがあったからで、例えば車が公道を走って、安全性とか品質が求められるわけですから、リアル中のリアル、シリアスなんですね。
ところが、グーグルさんとかデジタルメーカーが得意な領域は、デジタル・バーチャルです。もちろんバーチャルも進歩させていったほうが良いのですが、バーチャルにできてリアルにできないこともあるんです。もちろん逆もあります。
リアルな部分の経験がふんだんにある我々車メーカーは、そこにデジタルを組み合わせて、リアルを違うレイヤーに持っていけるんじゃないかと思います。そこには、無限の可能性があると思います。

アマゾン、グーグルは業界の脅威?

佐々木 アマゾンやグーグルはクルマ業界の脅威になってくるんでしょうか?
濱口 グーグルやアマゾンについては、私たちが想像していることと彼らの視点は全然違うと思うんですね。
Amazon EchoやGoogle Homeとかが出てきましたが、くしくもあの手の会社が同時期に出してきたのには意味があって、正しいかどうかはわからないんですが、結局はインターフェイスを取ろうとしているだけだと思うんです。
インターフェイスには3つのパターンがあって、モバイルでのインターフェイス、固定環境である家の中でのインターフェイス、移動環境であるクルマの中でのインターフェイス。
なんでもスマホを使えばいいと思っているかもしれませんが、自宅ではスマホでテレビの操作をしようとしないし、移動環境は家とも異なる。

近い未来、家の中とクルマに革新が起きる

彼らは(スマホやノートパソコンで実現される )モバイル環境でのインターフェイスは決まったと考えていると思うんです。ただ、そして残り2カ所、固定環境と移動環境のインターフェイスを取らないと、自分たちの将来はないと思っているんじゃないかと。
だからAmazon EchoやGoogle Homeをつくったり、クルマに参入してきたりしているに過ぎないと思います。スライスする角度が全然違うんですね。
脇谷 僕も全く同感です。人はできるだけシンプルに早く効率よくやりたいという欲求があり、それは脳科学でいうところの脳のエネルギーをあまり消費しないということだと思います。
そこまで踏み込むと、脳の消費をミニマムにするクルマのインターフェイスがあるはずです。完全自動運転になって、ハンドルやブレーキがなくなり違うデバイスがつくようになると、これまでに慣れた人は今の感覚と違うので不信感を抱くと思うんです。
ただ、いきなりレベル5の完全自動運転とはなりません。まず、途中の半自動になったときに、どんなインターフェイスがベストかを考えていかないと。本質を理解して戦略を立てるべきだと思っています。
濱口 モバイルインターフェイスはよくできているので、向こう10年は変わらないと思います。ただ、固定環境と移動環境は未開拓なので、これから画期的なものが出てくると思います。

濱口氏がホンダをコンサル

佐々木 濱口さん、ホンダの持つ強みをどう使えば、イノベーションを起こすことができるでしょうか?
濱口 「The Power of Dreams」、これがやっぱりホンダさんです。いろんな会社がクルマをビヨンドしてくると思うけれど、これがなかったらホンダじゃないと思うんです。
昔からホンダのものを買ってきましたが、夢があるから普通の商品じゃないものをつくれるし、お客さんは価値を見いだすし、夢があるから社内でクレイジーなことができる。面白いのは「Dreams」って複数形なんですよね。今、気がついたんですけど(笑)。
複数形が重要で、どんどん夢はつくっていったらいいし、次の夢に変わっていってもいいし、複数の夢が並行してあってもいいと思っています。
僕の経験上、会社がビヨンドしなきゃいけない瞬間には、つまり会社が変わるには、3つの要素が必要だと思います。
1つ目は「競合」。トヨタさんがやったらホンダも頑張るし、動く。2つ目は「協業の提案」。例えば、メルセデス・ベンツやグーグルが「一緒にやりませんか」とやってくるとやらざるをえなくなる。そして、3つ目は「クレイジー」。社内にその分野に異常なほど情熱を燃やすクレイジーな人が複数人いるとやっちゃうわけです。
Dreamsという単語を大切にするだとか、Dreamsとは何なのかと問うこと、それは本当に未来の暮らしをよくすることなのか、ってことをちゃんと論理的に考えることが、ホンダが現状を超えていく鍵になると思います。

クレイジーたれ、徒党を組め

佐々木 Dreamsの議論は社内でよくされますか?
脇谷 ありますね。Dreamsのみならず、そもそも社会って何だ、とかそういう議論を日々真面目にやってます。
佐々木 情熱を持っている人や夢を語る人を大事にするというか、その人たちが潰れずに育って、コラボレーションしたり新しいものを生み出すためには、どんな研究組織やカルチャーが必要なんでしょうか?
濱口 そういう人が1人いてもなかなか動かないけれど、5人集まれば大丈夫です。それは会社の規模には関係ありません。そこそこ実力のあるマネジャークラスが5人集まって本気になったら止めようがない、というのが僕の経験で、意外と簡単。徒党を組めってことなんです。
佐々木 そういう人、いますか?
脇谷 僕が若い頃はそんな人ばかりだったんですが、だんだん上品に、少なくなってきました。ただ、今の話を伺っていて、そういう人をつくる努力を組織としてやっていかなきゃいけないんだろうなと思いました。まさにそれが文化なわけですから。
佐々木 イノベーションラボは、まさにそういう人と人との出会いをつくる場を目指しているんですね。

クルマの未来は続いている

佐々木 これからどういうクルマにビヨンドの可能性があるのでしょうか。フリップに書いてください。
脇谷 僕は「志(Principle)」だと思います。今のモーターにも良いところはあって、場合によってはビヨンドしなくていい部分もあるでしょう。何でもかんでビヨンドするのではなく、ビヨンドするところなのか、そうじゃないのか、そもそも我々は何をやりたいのか。そこを見極められる志をぶれずに持ちたいと思っています。
佐々木 その志の根幹にあるのは、技術で社会を幸せにするというミッションでしょうか。
脇谷 我々の場合はそれに尽きますね。
佐々木 いいですね。良いキーワードをいただきました。濱口さんいかがでしょうか。
濱口 「CHAOS BEFORE BEYOND MOTOR」と書きました。モーターという領域を丸で囲んで、いま矢印が中核から外に出ようとしていますが、簡単に脱出できる場所ではないのでぐちゃぐちゃの状態になるんですね。
今はビヨンドの直前。だから、混沌としているのは当たり前で、そのフェーズにあるというのが僕のメッセージです。
混沌とした状態で何が起こるかわからないというのはすごくいいことだと思います。
この中で誰かが次の矢印をつくっていくわけです。誰がつくるかという問題だけで、未来がないわけじゃないです。必ずクルマは続きますから。今は夜明け前です。
(取材:今井雄紀 撮影:飯本貴子 編集:田井明子、久川桃子)