日本代表の「レジリエンス力」。なぜ惨敗から立ち直れたのか

2017/11/17

コミュニケーションが増加

いかに自主性の高い組織を築けるか――。
世の経営者と同じように、ハリルホジッチ監督も苦慮していた。「指示に忠実」「おとなしい」とは、日本人の一般論としてよく語られるフレーズだが、日本人のみで構成されたサッカー日本代表も例外ではなかったようである。
キャプテンを務める長谷部誠も、「おとなしい選手が多すぎるなって感じている部分はある」と語り、本田圭佑もかつて、「変な誤解を招くし、あんまりしゃべりたくないですけど」と前置きしつつも、「監督はやりたいサッカーがしっかりとあって、そしてそれをストレートに伝える人。それを若い選手は聞きすぎてしまうのでは」と口にしていたことがある。
ただ、「苦慮していた」「例外ではなかった」と過去形で記したのには、訳がある。ブラジルとベルギーと対戦した11月の欧州遠征で変化が見えたからだ。
ひとつは、コミュニケーションの増加だ。
常々、「選手のコミュニケーション能力にはまだ満足していない」と指揮官が不満を口にする部分だったが、1-3で敗れたブラジル戦が転機になったようだ。
少々マニアックな話になって恐縮だが、今遠征での焦点となった、プレスのかけ方にまつわるエピソードを持ち出したい。
プレスのかけ方はひとまず、チーム全体での守り方とすればイメージしやすい。ブラジル戦では序盤は選手たちが前線から連動した動きでボールを奪う形が見てとれたが、前半8分にPKで失点を喫してからそのプランは崩れた。
「失点をしてからの前半は、自分たちから『点を取りにいきたい』と前から行くのか、しっかりブロックをつくるのかという部分で統一し切れなかった」という長谷部の言葉からしても、「前からボールを奪いに行くのか」か「相手を待ち構えて守備をするのか」で、あいまいな時間が続いていた。つまり、チーム全体での守り方に迷いがあったことになる。

「イヤになるほど話し合った」

ところが中3日で迎えたベルギー戦では、打って変わって90分を通してチーム全体の意思統一がなされた。「チーム全体の感覚的な、目に見えない意思疎通は取れていた」とは長友佑都の弁だが、0-1で敗れたものの、指揮官をはじめ多くの選手が守備面での手ごたえを感じていたようだ。
「雨降って地固まる」という言葉もあるが、消化不良に終わったブラジル戦から劇的に持ち直せた理由の一つが、「イヤになるほど話し合った」(長友)という、選手間でのコミュニケーションだ。
「ハイプレスをかけるのか、ミドルブロックを形成するのか、ローブロックにするのか。それは私が『ここでつくりなさい』と決めることではなくて、ゲームの状況に合わせてつくるものだ」
ベルギー戦前の会見で、記者から「ブラジル戦の守備で前からボールを奪いに行くのか、それともブロックをつくって対応するのか、あいまいな時間があったと思う。そこの修正をどう考えているのか?」という質問を受けたハリルは、「選手たちにも同じような質問をされた」と苦笑いを浮かべながらそう答えていたが、最終的に判断するのは実際にプレーする選手ということを強調していた。
ちなみに、指揮官の口ぶりだと選手たちが監督に意見を乞うているような印象になってしまうが、実情はちょっと違うらしい。長谷部が補足する。
「質問というより、『こうやるのもいいんじゃないか』という意見だったと思います。練習のなかでも結構コミュニケーションを取りながらやっていましたし、それを監督は喜んでいましたけどね」ということのようだ。
ハリルも「我々が与えたアドバイスをしっかり選手がやってくれた」とベルギー戦の戦いぶりを評価し、「このチームにものすごく可能性を感じた。守備はブロックをつくれば、どんなチーム相手でもボールが奪えることを証明した」と納得顔だ。
試合後のロッカーでは、「大きなライオンを倒すところまでいったぞ」と、FIFAランク5位の相手(日本は44位)との戦いぶりをたたえている。

リスクを冒す姿勢

もうひとつの変化として、リスクを冒す姿勢があげられる。
2度の日本代表の監督経験がある岡田武史氏は、かつてテレビ番組に出演した際、「選手によく話すことですけど、究極のエンジョイというのは、自分の責任でリスクを冒すことだと。要するに、監督が『ここだ』と言っている。でも『オレはここだ』と。これで成功したとき、こんなに楽しいことはないですよ」と語っていたことがある。この姿勢については、ベルギー戦での山口蛍を例に挙げたい。
山口はベルギー戦で、4-3-3の真ん中の「3」における、逆三角形の底に位置する「アンカー」での出場となった。「錨(いかり)」を意味するポジションの通り、序盤はDFラインの前にどっしりと構えて相手選手を待ち受ける場面が多かった。ところが、試合の経過とともにピッチを縦横無尽に走り回るようになる。
試合後、本人にプレーの変化について問うと、理由についてこう明かした。
「前半の途中くらいまでずっと真ん中にいて、そのまま前線の選手がマークを離したところに、自分がプレスに行くという役割だったけど、(酒井)宏樹のサイドでメルテンスとかが、サイドバックとセンターバックの間に流れて受けるシーンがかなり多くて、(吉田)麻也君が釣り出されたスペースを使われるというシーンがあった。後半は自分が麻也君とも話をして、なるべく自分がついていくということをやっていたから、横のスライドだったりとかはかなり多くなったと思う」
岡田氏の言葉を借りれば、監督が「ここだ」と言っていた役割ではなく、試合の流れを読んで「オレはここだ」と感じて動いたと言えるだろう。
もちろん、プレーの判断を下したのは指揮官ではなく選手たちだ。山口も「完全に、選手たちのなかで話して決めたこと」と語っている。
なお、岡田氏は、「言われたことをこなすだけでは、面白くもクソもないだろうという言い方をしますが、『でもリスクを冒して失敗したらオレは怒るぞ』と。だからリスクなんです。怒られるからリスク。『リスクを冒して失敗しても褒めよう』なんてそれはリスクじゃなくなる」とも語っていた。

残りは約7カ月

実際、自主性の発揮やリスクを冒すようなチャレンジは、W杯予選では文字通りリスクが大きい。ハリルも就任当初から選手自身の判断を尊ぶ姿勢を見せていたが、W杯予選は就任直後の2015年6月からはじまっている。失敗できない戦いの連続で、選手たちが監督の指示に忠実になり過ぎたこともあったかもしれない。
また、自主性を奨励しつつも、指揮官の刺激の強い言葉が選手を逆に萎縮させるような、皮肉な現象も生まれていた可能性もある。
スタッフからも「選手にそんなに強く言ってはダメだ」と直言されることもあったというが、ハリルはあえてやり方を変えることはしなかった。
「私は嫌いだからそういうことを言うわけではない。(選手は)大好きだし、愛着もある。ただ、伸びるには揺り動かして、厳しく言わないといけない」
選手間のコミュニケーションについても、「怒りたくなるくらいやっていかなければいけない。何人かの選手は、お互いに意見を言うということを伸ばしていかないといけない」とも語っていた。
成分量は酸味より辛みの方がはるかに多そうだが、口酸っぱく言い続けてきた効果が、ここに来て出てきたようだ。
これまでは、良くも悪くも指揮官の指示通りの戦いぶりが続いていたが、今後は設定された枠組みからはみ出していくような気配も感じる。「反発性」や「弾力性」と訳される、ビジネス用語としても定着している“レジリエンス”の高い組織になりつつあるとも言えそうだ。
もしかしたらチーム内では既に確立していた可能性もあるが、外からも自主性やリスクを冒す姿勢が垣間見えるところに、チームとしての成長の跡があると言えるはずだろう。
本番であるW杯まで、残りは約7カ月。時間としては決して多くはないこともあり、今遠征の最後に、ハリルに「チームづくりをどのように完成させようと考えているのか」と聞いてみた。
「(来年の)6月から準備が始まるわけではない。今日から6月まで、すべてが合宿みたいなものだ。それをすべて、自分たちのクラブでやってほしい。自分個人のパフォーマンスを上げてほしい」
「画竜点睛」という言葉があるが、監督がどれほど立派な竜を描こうが、最後の仕上げである睛(ひとみ)に墨を点ずるのは、いかなるときもプレーヤーということなのだろう。
それも、サッカー日本代表だけでなく、世のいかなる組織も同じと言えそうだ。
 (Photo by Etsuo Hara/Getty Images)