10月10日、パナソニックは横浜市の佐江戸車両試験場で、報道関係者向けにオートモーティブ技術セミナーを行った。社員寮の跡地に2016年6月に完成したテストコースで披露されたのは、同社が独自に開発した自動運転EVコミューターだった。パナソニックの「クルマ」に関わる事業はどこへ向かおうとしているのか。オートモーティブ開発本部長 水山正重氏に同社の車載事業の取り組みについて聞いた。

自動運転車を自社で開発する意義

──自前でテストコースをつくり、自社で開発した自動運転車を披露されたニュースが話題になりました。これにはどのような意図があるのでしょうか。
10月の技術セミナーでお見せしたクルマは、自動運転車には違いありませんが、中低速域に限定したコミューターという位置づけです。
私たちが自動運転車を開発することの目的は2つあります。
1つは、私たちが提供する製品が顧客、つまりクルマをつくる立場から見たときに本当に使いやすいものなのかを、実感をもって深く理解するためです。そのためには、実際に実験車をつくってみるのがいいだろうと。
もう1つは、未来のクルマがどうあるべきかを検討する際の題材にするためです。
今後クルマは、個人や企業が所有して使うだけでなく、複数の人でシェアしたり、特定のエリアに限定して自動運行する「サービス化」されたクルマを利用するようになるなど、多様化していく流れがあります。そのような社会で求められるクルマはどういうものなのか、試行錯誤するための環境と素材を手にしたということです。
これまでは、何か実験をするにしても遠方のテストコースへ出向く必要がありましたが、この試験場ができたことで、実験と検証、問題があれば修正するという開発サイクルを格段に早く回せるようになりました。
当社の車載事業は、これまでインフォテインメント機器や車載用リチウムイオン電池を中心に成長してきました。しかし、ADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)・自動運転システムについては、やや後発とみられています。今後、この分野での追い上げに弾みをつけるために、挑戦する意志を込めて思い切った投資を行いました。
水山 正重
パナソニック株式会社 オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社(AIS社)
オートモーティブ開発本部 本部長
1988年入社。当時の技術本部 情報システム研究所に配属。UNIXワークステーションの基本ソフトウェア開発を担当。その後、ソフトウェア開発本部を経て携帯電話事業部門へ移り、技術責任者を務めた。2013年から現在のインフォテインメントシステム事業部の前身となる事業部で車載事業の技術責任者を務め、2017年4月にオートモーティブ開発本部本部長に就任。オートモーティブ事業全体のCTOとして、パナソニック内の各技術部門とも連携を図る。

快適・安全・環境の3分野に注力

──オートモーティブ事業の全体像と、目指す方向性について教えてください。
パナソニックのオートモーティブ事業全体における2016年度の売上規模は、1.3兆円でした。これを18年度に2.0兆円へと、業界全体の成長ペースを上回るペースで伸ばしていこうとしています。
この目標に向けて、私たちが開発に注力する領域を「快適」「安全」「環境」の3分野に定めています。
まず「快適」分野では、主に車室内で、クルマに乗る人の快適さを追求します。
情報やエンターテインメントを提供するインフォテインメント機器や、ヒューマン・マシン・インターフェース(HMI)、空調、走行ノイズキャンセリングなど、さまざまな機器をシステムで統合して、快適・安全なコックピットをつくる、これが「快適」の方向性です。
これを担当するのが「インフォテインメントシステム事業部」であり、売上5,000億円の事業部門です。
「安全」分野とは、簡単にいうとADASと自動運転システムです。
現時点ではカメラ、ソナー、レーダーなどのセンシング機器が「安全」分野の主要商品となっていますが、今後はこれらセンサーで得た情報のプロセッシングに深く入り込んでいく方針です。私たちが民生機器で培ってきた技術が、車載機器・システムの開発における競争優位性に大きく化ける分野だと考えています。
「環境」分野の中心は、車載用二次電池です。ただ、電池だけにとどまらず、われわれが持つ電池についての知見と経験を、パワーシステムの開発へと生かしていこうとしています。
車載用リチウムイオン電池の領域で世界No.1のシェアを占める私たちだからこそできるやり方で差別化していくことが、「環境」分野で当社が目指す方向性です。
この「安全」「環境」のうち、車載用二次電池以外の大半の製品を幅広く担当するのが「車載エレクトロニクス事業部」です。車載用二次電池は他用途の二次電池と共に「二次電池事業部」が担当しています。
今年の1月には組織を再編し、AVCネットワークス社(現コネクティッドソリューションズ社)から多くの技術者を、オートモーティブ開発本部へと移しました。テレビや携帯電話、カメラなどの技術のコアの部分、つまり映像処理やソフトウェア、ハードウェア、プラットフォームを担っていた多くの技術者たちが、現在は車載機器・システムの先行開発に携わっています。
また、海外ではアメリカ、欧州、中国、台湾、アジアの5地域に開発拠点があるほか、2017年に子会社化された車載ミラー事業を得意とするフィコサ・インターナショナル株式会社(スペイン)が、そのまま事業部の1つという位置づけでオートモーティブ事業に貢献しています。
──幅広い分野の技術者がオートモーティブ事業のために集まっているのですね。開発体制はどのようになっているのですか。
まず大きく、インフォテインメントシステム事業部・車載エレクトロニクス事業部の両事業部門傘下に商品開発を担当する技術部門が存在します。さらに両事業部とは独立した技術部門として先行技術開発を担当するオートモーティブ開発本部を今年4月に設立しました。
インフォテインメントシステム事業部の技術部門では、インフォテインメント機器、ヘッドアップディスプレイやスマートリアビューミラー、ANC(Active Noise Canceller)ユニット、スピーカーなどの製品開発を行っています。この事業部は規模も大きいため、ディスプレイやデバイスなど特定領域の先行開発を行うセンターも持っています。
車載エレクトロニクス事業部は傘下の3つのビジネスユニット別の開発体制となっており、運転支援用の各種センサー、ADASシステム、充電ユニット、ステアリングスイッチなどの製品開発を行っているほか、ADAS関連では機能安全をにらんだシステム全体の統合設計を担当するアーキテクチャ開発室を設置しています。
いずれの事業部も顧客である自動車メーカーとの「協創」を重視しており、ハードウェア/ソフトウェアの開発技術者に加えて、顧客と共に価値をつくり上げていくプロデューサー型SEが重要な働きをしています。
オートモーティブ開発本部は、「プラットフォーム開発センター」「映像・センシング技術開発センター」「統合ソリューション開発センター」という3つのセンターで構成されています。この本部では、両事業部の製品プラットフォームの開発、要素技術、先行ソリューションの開発を、事業部技術部門と密接に連携しながら行っています。
例を挙げると、HMI技術、大規模システムのソフトウェアプラットフォーム、各種映像処理・深層学習を活用したADASプラットフォームやアプリケーション、自動運転技術やそれを応用した新たなモビリティソリューション、統合コックピットソリューション、高効率EVパワーシステムなどをアクティブに開発し、かつ自ら自動車メーカーへの先行技術提案も行っています。

民生で培った技術が生きる

──急成長を遂げるために、どのような打ち手を考えていますか?
私たちがこれまで培ってきた民生用の技術力をさらに発展させつつ、当社が60年以上にわたり培ってきた車載製品開発のノウハウと組み合わせた上で、オートモーティブの世界で発揮することが一番の強みになると考えています。
例えば、「快適」分野の空調。EVの空調に使われる電気の量は車載電池容量の30%にも及びます。そこで私たちは、人体の血流をモデル化し、運転手や同乗者の体のどの辺りに風を当てれば、より少ない消費電力で、早く、効率よく「快適」だと感じてもらえる状態になるのかといった研究をしています。ここには、エアコンの技術の蓄積が生きてきます。
ADAS・自動運転に必要となるセンシング技術、中でも映像センシング技術については、民生機器で培ってきた映像処理技術や光学技術の強みによって相当大きな差別化が可能です。例を挙げると、リアルタイム映像処理の技術は、濃霧や暗所の中で前方車両や障害物を鮮明化することでADASシステムの検知率を大幅に改善し、安全の実現に大きく貢献できます。
また、現在最も開発規模が大きいのは、インフォテインメントと呼ばれるシステムの領域です。そこで使われるOSは、現在AndroidとLinuxに集約されてきているのですが、いずれも私たちが民生でさまざまな経験を積んできたプラットフォームです。
この領域で当社は国内外の自動車メーカーから非常に高い信頼をいただいています。そして現在、車載システムでの両OSの活用推進や業界標準化においてもパナソニックは主導的役割を担っています。
コネクテッドカーにおいては、携帯電話で培ったアンテナの技術が。フロントガラスに情報を投射するヘッドアップディスプレイには、カメラで培った光学系の技術が。ここで全てを伝えきれませんが、他にもわれわれが豊富な経験を持ち、クルマに生かせる技術が数多くあります。
こうした民生用技術を生かしながら、自動車メーカーと一緒になって、未来のクルマを実現していきたいと考えています。

エンジニアに求めるのは好奇心と熱意

──未来のクルマをつくる上で、求める人材像を教えてください。
私が3年前から、技術部門の運営方針の一環として社内のエンジニアに示している明確な人材像があります。
誰にも共通して求めるのは、高い専門知識と豊富な経験、そしてコミュニケーション力とリーダーシップです。その上で、エンジニアが進んで行く方向は5つに類型化できると考えています。
これら5つのうち、どの方向を極めていきたいのかを、当社のエンジニアには意識してもらっています。ただ、実はこれだけでは足りません。私は、全ての技術者が「熱意」を持って取り組むことを強く求めます。決まったことをやるだけの内向きな技術者が、新しいものを生むことはありませんから。
未来のクルマづくりには、自動車「以外」のさまざまな分野の技術が集約され、統合されていきます。その分、エンジニアも専門領域以外に目を向け、幅広い知識を身につけていかなければなりません。そこに対して「好奇心」と「熱意」を持って、アクティブに成長していける方と一緒に仕事をしたい。それが、私の思いです。
(取材・文:畑邊康浩、写真:中神慶亮[STUDIO KOO])