【再掲】「社員クチコミ」の影響力が、日本の労働市場に風穴を開ける

2017/11/13
あらゆるモノが「クチコミ」で評価され、可視化される現在。HR市場においても、企業に関するクチコミが重要な指標となりつつある。透明性が高まるジョブマーケットにおいて、優秀な人材を獲得するために企業が打つべき一手とは。リンクアンドモチベーションの麻野耕司氏と、Vorkers(現・OpenWork)代表の増井慎二郎氏の対談によって迫る。

透明化するジョブマーケットの潮流

──「社員クチコミサイト」が一般化したことで、HR市場にはどんな変化が起きているのでしょうか。
麻野:私もよくVorkers(現・OpenWork)をチェックしているんですが、とりわけ自社に関するクチコミというのは、身につまされるものも多く、決して軽視できません。
クチコミにはネガティブなものばかりではなく、ポジティブなものもあります。自社の「働き方改革」の成果もあり、「残業時間」のスコアが良くなっているのを見ると、実態が結構ビビッドに反映されるのだなと感じました。
実は今日、増井さんとお会いする前に、初めて自分でもクチコミを投稿してみました。入社年ですぐに私と特定されてしまうでしょうけど(笑)。
増井:それは非常に貴重なクチコミですね。麻野さんのような経営サイドの方を含めて、自社・他社の客観的なクチコミ評価を誰もが自由にチェックでき、比較できる現在のジョブマーケットは、かつてに比べて「透明化」が大いに進んだと感じます。
麻野:そうですね。実際にその会社で働く人たちの“生の声”が労働市場にさらされ、企業が評価されることは、もはや当たり前の動きです。
企業のクチコミの存在を無視してHR戦略や組織マネジメントを考えることはできない時代になってきたと感じています。
増井:従来の求職サイトは、企業側がより多くの求職者を集めるために、コンテンツを一方的に発信していました。つまり、求人広告の見せ方がうまい会社が「よい会社」に見え、それによって採用ブランディングが行われていた。
しかし近年では、UGC(user generated content)と呼ばれるユーザーによって蓄積される情報がコンテンツ化する手法が確立し、ジョブマーケットでも個人目線の情報が求められるようになったわけです。
麻野:つまり「食べログ」と同じことですね。店側の広告よりも、実際に食べた人の感想が重視されるようになってきた。
増井:まさにそうですね。食べログと同様に、Vorkers(現・OpenWork)でも求人検索結果ページではスコアの高い企業からランキング形式で表示していますが、評価スコアの高い企業の求人情報ほど「応募する」ボタンのクリック率が高くなることが計測できています。
麻野:次は、その感想の真偽をどう判断するかが問題になりますが、実際にVorkers(現・OpenWork)のクチコミを読んでいると、その精度はかなり高いと驚きます。
現在われわれが提供している「モチベーションクラウド」(※従業員エンゲージメントを測定し、組織改善に活用できるクラウドサービス)の結果との対比でも、様々な企業でVorkers(現・OpenWork)のスコアとの相関を確認できます。
増井:就職人気企業ランキングのような評価軸では、どうしてもその企業の商品やサービスのイメージが優先したり、知名度によるバイアスがかかったデータになってしまいますが、在籍経験のある社員のクチコミの評価スコアは実態を映し出すことができると考えています。
ありがたいことに、経済誌の記者や著名な経営者、株式アナリストなど、日本の企業をよく知る職業の方からもVorkers(現・OpenWork)のデータの納得性についてポジティブなコメントを頂ける機会が多いです。
また、Vorkers(現・OpenWork)ではクチコミの信頼性を担保するべく、UIを含めた情報設計を非常に重視しています。
いわゆる「トラッシュ(ゴミデータ)」を混入させないための投稿ハードルの設計や、時間経過によるデータ量の増大に対応した重み付けの変化など、独自のデータ分析を用いています。
麻野:透明化したジョブマーケットにおいては、何らかのバイアスのかかった評価やランキングは、求職者にとって正確な指標にはなりくい。企業はそれを理解した上で、自社の採用戦略を見つめ直すことが必要になってきていますね。

「卒業後」のエンゲージメントも評価

──クチコミを反映すると、企業の採用戦略はどのように変わっていくのでしょうか。
麻野:日本全体の労働人口が減少する流れのなかで、採用競争に勝つことは企業にとって死活問題です。
かつて終身雇用が当たり前だった時代には、一度入った会社を抜けることはレアケースだったため、「新卒採用」の段階でいかに優れた人材を確保するかが重要視されていました。
それが現在は転職インフラが整備され、人材の流動化が進んできたことによって、企業の人事部門・管理部門は「従業員エンゲージメント」に着目する必要性に迫られています。
採用した人材に高い貢献意欲を持って働いてもらい、また人材の流出を防ぐためには、社内の「働く環境」を整備することが必要になったわけです。
その従業員エンゲージメントが、今度はクチコミを通じて採用ブランディングにも直結するようになった。いわばジョブマーケットは新しいステージに突入したといえます。
増井:おっしゃる通りだと思います。従業員エンゲージメントの評価が、そのまま企業のブランディングにつながるのが今の時代です。
では、エンゲージメントをいかに上げるかと考えると、これはもう採用の話だけでは収まりません。中長期的な視点で、会社の組織マネジメントや社風を変えていかなければいけない。
例えば、終身雇用で社員が我慢して働いて退職者が少ない企業よりも、リタイアメントのプログラムまでが評価される企業、つまり次の機会に挑戦しようとするポジティブな退職者が多い企業のほうが、Vorkers(現・OpenWork)では高いスコアを得る傾向にあります。
麻野:わかりやすい例がリクルート・グループですよね。決して離職率が低いわけではないのに、Vorkers(現・OpenWork)では総じて高いスコアをマークしている。
おそらく、同社は日本で初めて退職のことを「卒業」と表現した企業だと思うのですが、それだけリタイアメントの筋道をしっかり整えてきたと言えます。結果として、退職したOB/OGからの評価が高く、それが採用面にも反映されている。
増井:そうですね。企業にとって人材の流動化というのは大切で、既存の社員のリタイアメントは、次の優秀な人材にチャンスを与えるきっかけにもなります。このあたりを健全に成立させる企業が人材流動化の波にうまく乗れるのだと思います。
麻野:その意味では、一昔前までは採用のために行われていたブランディングが、昨今では労働市場全体へのブランディングが求められるようになってきた。これは働く側にとっては、好ましい変化だと思います。
増井:エンゲージメントとは、つまるところは社員満足度という意味合いだけではなく、会社のビジョンや戦略に対して自主的に貢献していこうという意欲があるかどうか。
これを高めるための方法を各企業が必死に探っているわけですが、麻野さんは専門家として、どんなアプローチを採っているんでしょうか?
麻野:われわれが提供するモチベーションクラウドでは、エンゲージメントの「4P」を定めています。
「Philosophy(理念)」「Profession(仕事)」「People(人材)」「Privilege(待遇)」の頭文字をとったもので、この4つの指標が従業員エンゲージメントに影響を与えるという考え方です。
(リンクアンドモチベーションの定義による)
ただし、あらゆる企業が、このすべてを満足できるように提供すべき、ということではありません。それぞれの企業には個性があり、独特の強みがあります。
「うちの会社は給料はあまりよくないけど、仕事内容が素晴らしくエキサイティングだ」とか、「とにかく一緒に働ける人たちが最高だ」という会社もあるでしょう。
大切なのは、この4つのなかで従業員が何に期待をしているか。そして、その期待に応えられているか。それによって社員のエンゲージメントが高まるという考え方です。
増井:確かに、すさまじいハードワークで有名な某外資系戦略コンサル会社は、Vorkers(現・OpenWork)で高いエンゲージメントスコアを得ています。人材は皆、より大きくやりがいがある案件を期待して集まり、それにしっかり応える土壌があるから、社員は満足できている。
麻野:いずれかに適切に特化できれば、エンゲージメントは上がる。逆にいえば、エンゲージメントの高い企業というのは、そうした期待とのギャップが少ない企業が多いわけですね。
これは転職を考える際に、自分にとっての「いい会社」を探す上でも役に立つ指針になるはずです。

エンゲージメントを数値化する価値

麻野:われわれのモチベーションクラウドの特徴は、従業員エンゲージメントという目には見えなかったけれども組織を左右する要素を明確に数値化し、それをモノサシとして組織改善を行えるという点です。
同じくVorkers(現・OpenWork)も、従業員エンゲージメントを数値化し、これを外部に向けて発信するという機能を提供したことによって、あらゆる日本企業に風穴を開けたといってもいい。
なぜかといえば、私は組織改善こそ、数値目標を設定しなければ実現できないと考えているからです。
たとえばVorkers(現・OpenWork)には「社員の士気」や「風通しの良さ」といった評価項目がありますが、これは本来、目に見えません。
だからこそ、社内環境を見直して終わりではなく、具体的に「Vorkersで4.0点を目指そう」といった目標を立てなければ、打ち手の成否すら判断できない。これではPDCAが回せません。
増井:そうですね。実は、われわれも人事部門向けにエンゲージメントの状況把握が行えるクチコミ分析ツールを無料で提供しています。こちらは自社だけでなく、Vorkers(現・OpenWork)に掲載されているすべての企業のクチコミや評価スコアなど450万件を対象に分析やデータ抽出が行えます。
「Vorkers(現・OpenWork)リクルーティング」を利用した企業分析の一例
ただし、自発的なクチコミですから母集団が安定しないので、PDCAを回すことには不向きです。どちらかというと、エンゲージメントの傾向を把握したり、競合他社のクチコミ分析から気づきを得たりすることに向いていると思います。ぜひ、モチベーションクラウドと併せてご利用いただきたいですね(笑)。
具体的にエンゲージメントを高めるノウハウは、御社のコンサルティングの領域ですが、Vorkers(現・OpenWork)はエンゲージメントの状況をジョブマーケットに反映させることが仕事です。
これによって、転職者のリスクは軽減されると思うんですね。企業の実態が透明化され、それを事前にチェックした上で転職するのと、広告情報だけで次の会社を決めるのとでは、大きく異なります。
そして、転職リスクが低減されれば、雇用はさらに流動化するでしょう。企業にとっても、求める人材を積極的に採りにいく機会が生まれます。
麻野:この国の最大の資源が「人材」であることは、揺るぎない事実だと思うんです。広大な国土も、豊かな天然資源もないわけですから。
だから本来、人材をいかに育むかが重要であるはずなのに、これまでは後回しにされがちでした。
なぜなら、日本企業は長らく終身雇用や年功序列というシステムによって人材をつなぎ留めてきたため、従業員エンゲージメントを高めるという発想がなかった。
増井:だからこそ、それを数値で見せることに意味があると私たちは考えています。最近では就活に臨む大学生もVorkers(現・OpenWork)を見ていて、2017年は20万人弱の登録がありました。就活人口が40万~50万人と言われていることを踏まえれば、過半数近くに使っていただけています。
麻野:すでに就活のプロセスにもクチコミが組み込まれている。大学生ですらその意識があるわけですから、世のビジネスパーソンも積極的に自社やクライアントの実態に目を配るべきでしょう。
こうしたクチコミの影響は、ジョブマーケットの透明化・流動化を加速させるだけでなく、まだまだいろんな方向に広がっていくのかもしれません。
(編集:呉琢磨、構成:友清哲、撮影:Atsuko Tanaka)