今回(10月16〜31日)の注目点はインドネシアで成立した来年度予算で2018年の成長率が前年比+5.4%とされ、マレーシア議会に提出された来年度予算案では+5.0〜5.5%されたことだ。インドネシアは2017年に比べて緩やかに加速し、マレーシアはやや減速するも依然として高水準を維持すると両国政府は予想している。このほか、フィリピン南部で5ヶ月間にわたり続いていた「IS」を名乗る武装集団と治安当局の交戦が終結したことも重要な動きだ。

インドネシア:来年予算成立、+5.4%成長を予想

10月16日に発表された9月の貿易収支は+17.6億米ドルと単月では2011年12月以降で最高額となり、黒字幅は前年同月比+37%と大幅に伸びた。2017年は7月を除いて黒字基調が続いている。
他方、非石油ガス部門は22億5700万ドルの黒字だが、支えているのは石炭等の鉱物性燃料であり一次産品に依存する輸出構造は変わっていない。
10月25日、2018年度予算が成立した。同年の経済成長は前年比+5.4%、インフレ率は同+3.5%、財政赤字の対GDP比は2.19%と設定された。歳入は1,894兆7,000億ルピア(約16兆円、2017年補正予算比+5.0%)、歳出は2,220兆7,000億ルピアである。
ジョコ大統領は8月16日に予算案を提出した際に、貧困対策と格差是正や、教育、保健、インフラ整備への支出拡大を強調したほか、(1)歳入拡大のために税収の割合を引き上げ、天然資源の能率的な管理を進めること、(2)財政支出の質の向上を図ること、(3)財政の持続可能性を担保するために優先均衡赤字の解消や債務比率の調整を進めるという3つの原則を堅持するとした。
他方、2018年の経済成長見通しについてインドネシア経済金融開発研究所(INDEF)は、同+5.4%の達成は困難との見通しを示した。その理由として、同年上期に予定されている全国的な地方選挙が投資にネガティブな影響を与えることを指摘した。
インドネシアの選挙では、政党が印刷物やTシャツ等を大量に作成したり、運動員の移動などを通じて経済活動を活発化させる。他方、政治的な不透明さが高まることから、企業によっては投資を選挙後へと先延ばしにする傾向も強まってしまう。
また、INDEFは2018年下半期(7~12月)に改善に向かうとしつつも、2019年は大統領選で再び投資を控える動きが広まり、経済成長が大きく好転することは難しいと予想している。
 2017年アチェ特別自治州のロークスマウェで行われた地方選挙の準備の様子(写真:Fachrul Reza/NurPhoto/Getty Images)
インドネシア中銀は10月19日、金融政策決定会合を開催し、政策金利を現状の4.25%で据え置き、7−9月期の実質GDP成長率は、4−6月期の前年同期比+5.01%から加速するとの見通しを示した。
国家公務員に対するボーナスの支給、貧困層への支援金など政府支出の増加による消費の拡大や、建設分野などを中心とした投資の拡大が成長を下支えしていると指摘した。その上で、2017年通年の成長率は当初予測の同+5.0~5.4%を上回る可能性があると指摘し、2018年については従来通り同+5.1~5.5%を維持した。

タイ:喪明け後の消費回復なるか

10月29日、プミポン前国王の葬儀に関する儀式が終了し、喪の期間が終了した。喪中は派手な消費を手控える動きが広がっていたとされ、今後は消費が上向きになることが期待されている。
今後の数ヶ月は、これまでの消費減退が喪の影響なのか、それとも、タイ経済の構造的な問題なのかを見極める試金石となろう。
プミポン前国王の最後のお別れに詰めかけたタイ国民の様子 (写真:Stephen J. Boitano/LightRocket/Getty Images)
9月の新車販売台数は7万7592台で前年同月比+21.9%と大幅に伸びた。2017年中では8万4801台の3月に次ぐ販売台数となった。
10万台を突破していた2013年前半は、エコカー購入のための補助金が支給されいたという特殊な事情がある。効果が剥落したその後の状況の方が実態を反映している。足元の販売台数は底打ちから上向きの兆しが読み取れる。
10月24日の閣議では「官民連携投資計画2017〜22年」が承認された。総額は1兆6,170億バーツ(約55兆5,000億円)であり、スワンナプーム、ドンムアン、ウタパオの各主要空港を結ぶ高速鉄道の建設や、自動車等の積出に利用されているレムチャバン港の拡張といった大規模なプロジェクトが含まれる。
タイと中国の両国政府は10月27日、中国南部の広東省を中心とした珠江デルタ地域での経済協力の強化を狙いとして、ソムキット副首相(経済担当)と張高麗副首相が協議した。今後は、高級事務レベル会合を通じて、詳細を調整して行く。タイ政府は、中国政府に対して、タイをCLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)進出の窓口として活用することや、一帯一路の一環として東部経済回廊と珠江デルタの関係強化などを提案した。
タイ債券市場協会は17日、2017年6月末時点で、個人投資家による債券保有(長期社債)が7,827億バーツ(2兆6,700億円)と発行総額の33%を占めている状況について、「過剰であり債務不履行のリスクが高い」との懸念を表明した。当面、債券市場を始め、金融市場の動向を注視すべきだろう。

マレーシア:好景気を背景に予算拡大

ナジブ首相兼財務相は10月27日、2018年予算案を発表した。
2018年の経済成長を前年比+5.0〜5.5%と設定した上で、歳出額は2,802億5,000万リンギ(約7兆5,000億円)と17年度当初予算案の2,608億リンギから+約7.5%の拡大となった。予算案は今後、議会での審議を経て成立する。
この予算案について、2018年前半までに行われる総選挙を控えた「バラマキ」という批判もあるものの、2017年の好調な経済成長を受けて、インフラ整備やボルネオ島のサバ・サラワク州など地方開発を重点とした予算規模の拡大自体は妥当なものと言えよう。
また、予算案のテーマとしては、2020年に先進国入りを目指す「ビジョン2020」の後に一層の高付加価値経済を目指す「2050ナショナル・トランスフォーメーション」に向けた前進や、デジタルエコノミーの強化などが謳われた。
2017年9月に行われた「2050ナショナル・トランスフォーメーション・フォーラム」でスピーチをするナジブ首相(写真:Mohd Samsul Mohd Said/Getty Images)
マレーシア財務省は10月27日、「2017〜18年経済報告書」を通じて、2017年は経済成長率(実質GDP成長率)前年比+5.2〜5.7%、2018年は前年比+5.0〜5.5%との見通しを示した。財務省の2017年当初予想は+4.3〜4.8%であったため、+0.9%ptの大幅な上方修正となる見込みである。
1人当たりGDPが1万ドル水準の新興国群と比較すると、マレーシアは高水準の成長が続く見込みである。原油価格が底打ち後に回復しているほか、製造業やサービス業が堅調な伸びをしている。


フィリピン:ミンダナオ・マラウィの戦闘終結

ロレンザーナ国防相は10月23日、フィリピン南部のミンダナオ島マラウイ市で5月下旬から発生していた「IS」を自称する武装集団と治安当局の交戦が終結したと宣言した。10月22日までの約5ヶ月間で死者数は、武装集団が919人、軍・警察が165人、民間人が47人と明らかにされた。人質となった1780人は解放された。
交戦が周辺地域に拡大することや、テロリストの拡散することなどが懸念されたが、大元となるマラウィ市での戦闘が終結したことは好材料と言えよう。
*参考記事:2017年6月24日付NewsPicks「フィリピンの“IS”。本当は何が起こっているのか。
ただ、この戦闘を通じて10万単位の国内避難民が生じるなど、地元の経済や社会に大きな爪痕を残したことも確かだ。
ミンダナオ地方には、MILF(モロ・イスラーム解放戦線)のほか、複数の武装組織が活動している。政府はそれを押さえ込むために、予算や人員といったリソースをつぎ込んでいる。
近年のフィリピン経済は好調だが、本来ならば、インフラ開発や教育、貧困削減等に回されるべき予算が国内の戦闘に使われている状況を改善しなければ、長期的な意味で本格的なテイクオフを迎えることは困難であろう。

ベトナム:ビットコイン等の仮想通貨規制へ

ベトナムは月末に集中してマクロ経済データが発表される。毎月のことだが、当該月が終了する数日前に発表され、その多くは後に修正値が発表されることもない点には留意が必要である。
10月の鉱工業生産は前年同月比+17.0%、小売売上高は同+12.7%と高い伸びを維持した。また、10月30日に発表された2017年1〜10月の外国直接投資(FDI、新規・追加の認可ベース)は、282億3,850万米ドル(約3兆2000億円)で前年同期比+37.4%と好調な伸びを示した。最大の投資国は韓国であり、2016年に続きトップを維持している。このほか、10月の外国人観光客数は100万人を突破し、通年で1,000万人を突破した。
当局が発表したマクロデータをみる限り、足元のベトナム経済は好調を維持しているとみられる。
ベトナム国家銀行(中央銀行)は、ビットコイン等の仮想通貨の流通や利用について罰則を設ける通達を発表した。違反者には最大2億ドン(約100万円)の罰金が科される。
(写真:Dan Kitwood/Getty Images)
この通達については、ベトナムの場合、自国通貨ドンに対する信任が弱いことを考慮する必要があろう。
ベトナムでは金や米ドルが資産待避のためのポートフォリオとして所有される傾向が強いが、仮想通貨も将来的には待避先になり得る。金は物理的に希少であり、米ドルは両替規制で制御できるが、ルールが確立していない仮想通貨は自由に交換できてしまうおそれがある。
今般の仮想通貨規制は、中銀当局がこうした懸念を高めているとも解釈できる。

シンガポール:住宅価格は底打ちか

4−6月の住宅価格は前年同期比+0.7%と確定値が発表された。10月2日に発表された暫定値が同+0.5%であり、0.2%ptの上方修正となった。1−3月期の▲0.1%からはプラスに転じたが低い伸びに止まった。
シンガポールの住宅価格は2011年〜13年にかけて大幅に高騰した後、上昇幅は鈍化した。ここ数ヶ月は底打ち感もみられるが、見極めるにはもう数ヶ月の時間を要する。

次回の注目点

次回リポートは11月1日〜15日を対象とし、最も注目すべき統計としては、インドネシアで7−9月期のGDPが発表されるほか、タイ、マレーシア、フィリピンで金融政策決定会合が開催される。
また、景気が緩やかに上向きつつあるタイの企業景況感指数と消費者信頼感指数、そして月初に公表される各国の日経PMI(購買担当者景気指数)が景気動向を示唆する指標のため要注目だ。
(バナー写真:ロイター/アフロ、2018年度予算案を発表したマレーシアのナジブ首相)