「社会貢献活動」に込めた3つの異なる価値

2017/11/1
CSRは何のためにやるのか
「企業の社会的責任」と訳される「CSR(Corporate Social Responsibility)だが、言葉から正しい意味を理解するのは難しい。
寄付やボランティア活動などの「与える」立場での社会貢献活動を思い浮かべるかもしれないが、実際には広範で奥深い。コンプライアンス、社会との共生、従業員の幸福など、企業活動のベースとなるものであり、その取り組みは本質的には経営理念に根ざした内容であるため、所属する企業によってCSRについての理解に違いがあるかもしれない。
IBMのCSRのひとつである社会貢献活動では、「会社のもつ資産」を社会に還元している。モノやカネではなく、社員の「スキル」「専門性」や自社の持つ「技術」を提供。その代表的な取り組みが、新興国、発展途上国の社会課題解決を支援するプログラム「Corporate Service Corps (CSC)」だ。
CSCでは地域に対しての社会貢献活動をするだけではなく、参加した社員のさらなるスキルアップをはかる人材育成も目的にしているのが特徴だ。
各国のIBM現地法人が個々に行うのではなく、世界中からメンバーを集めて多国籍チームをつくり、新興国や発展途上国を訪れる。参加者たちは、バックグラウンドが異なるメンバーと生活を共にしながら働くことで、同じ企業でありながら混在する価値観を体感、多くの学びを持ち帰ることになる。
「実績+熱意」で審査
CSCは、新興国・発展途上国における社会課題の解決支援とIBM自身の人材育成を目的にしたプログラム。さらには、将来の市場を開拓するためのブランディング施策でもある。
2008年に始まり、2016年12月までに全世界で3300人以上の社員が参加してきた。200以上のチームが40カ国ほどに派遣され、現地のNGOと協力して「教育」や「環境」「ヘルスケア」などの重点分野での課題解決にあたっている。日本からも120人以上が33カ国に派遣された実績がある。
応募条件は全世界共通で、勤続2年以上、基準以上の業績評価、上司からの推薦に加え、3本の英語による小論文提出が課され、小論文の比重が最も大きいという。
プログラムにかける情熱と、プログラム終了後に経験をどう生かそうと考えているかを重要視しており、誰が書いたかは伏せられた状態で、1人に対して2人の審査員によって評価される仕組みだ。
実際に派遣されたビジネスパーソンはどんな価値を得たのか。今年のプログラムに日本から参加した2人に、CSCで得た経験と今後について聞いた。
──石川さんは新卒入社ですが、最初からCSCに興味を持っていましたか。
石川:はい、2011年の入社当時から制度はあったので、いつか参加したいと思っていました。また、世界各地にいるIBMのメンバーとも一緒に働いてみたいとも考えていました。
ただ、入社して数年は目先のビジネスに集中しようと思い、そろそろ応募する力がついてきたかなと思ったのが2015年の時で、今年ようやく参加することができました。
──応募してから参加まで2年、なぜそんなに長くかかったのでしょうか。
CSCは、合格後すぐに派遣される制度ではないのです。合格者リストはグローバルでプールされ、その後半年から2年ぐらいで派遣されます。いつになるのかは、数カ月前までわかりません。
──なぜチリだったのでしょうか。
CSCの応募時には南米、アフリカ、アジア、東ヨーロッパの4地域でどこを希望するか優先順位を提出します。私は南米を第1希望にしていたところ、チリに決まりました。
南米を希望した理由は、未知の世界での仕事を経験したかったから。自分の仕事の仕方が通用するのか、他国の人と協業できるのか、他の3地域に比べてもっとも距離が遠かったこともあり、現地の文化や仕事のスタイルなど、すべてにおいてこれまで全く経験したことがない世界を見られるような気がしました。
派遣されたのはチリのパタゴニア地方南部にある都市プンタ・アレーナスで、女性起業家を支援するプロジェクトのメンバーとして参加しました。
──チリの起業家、それも女性というのは意外ですが、プロジェクトの目的は何でしょうか。
チリの男女雇用機会均等は世界各国に比べて低い水準で、女性の経済的な自立や政治参加が国としての課題となっています。
私が今回派遣された地方においては、地理的な障害もあり、女性の社会進出が都市部に比較して更に遅れている状態でした。
そのため、地方に住む女性の経済的自立のため、起業や既存事業の拡大を支援しようというのが今回の目的です。起業といっても、規模や内容は、町の店を経営するイメージですね。
プロジェクトのオーナーはSernamEGという地元の政府組織で、女性起業家への補助金や事業の法人化を勧める研修などを通した支援を行っているのですが、そもそも支援制度の認知度が低かったり、補助金などが効果的に活用されていなかったりしたなどの課題をお持ちでした。
ただ、プロジェクト発足時にIBMに託されたのは「女性起業家の数を増やしたい。ビジネスの拡大を支援してほしい」というテーマのみで、具体的な依頼に落とし込めている状況ではありませんでした。
そこで、プロジェクトではSernamEGと女性の双方にインタビューを実施して、現状を細かく把握するところから始めました。これにはデザインシンキングの手法を取り入れ、女性たちの考えていること、求めていることを本音ベースで上手にすくい取れるように意識しました。
写真提供:日本IBM
その結果、SernamEGの活動がうまく生きていない理由として、女性たちに立ちはだかる時間的な壁、物理的な壁が見えてきました。家事や育児、日々の仕事に加えて、説明会や勉強会への参加に時間を割くことができない状態にある女性がほとんどでした。
また、補助金を申請するにはプロセスが複雑で長く、地理的な背景から書類を提出するのも容易ではないケースがあるなどの課題も見えてきました。
ただ、調査を進める中でIT活用率、特にスマートフォンの普及率が高いことがわかったので、これを活用する方法を考えました。今まで紙ベース、研修所での講演ベースだった情報発信を、女性起業家がいつでも、どこでもチェックできるようにデジタル化していくことを、具体的なコンテンツ案と共に提案してきました。
写真提供:日本IBM
──石川さんは戦略コンサルタントですが、他のメンバーはどのような顔ぶれでしたか。
普段の専門性は皆バラバラでした。私のチームは、インドから来たITアーキテクト、アメリカから来た営業でデザインシンキングに詳しい人、そして私の3人でした。
私は現在WatsonやAIを活用するコンサルティングを行っていますが、かつては業務改革のためにプロセスを可視化する仕事が中心でした。
今回のプロジェクトは、3人それぞれが得意なスキルを発揮できるものでしたね。
チリでは私たちの他にもプロジェクトが並走していて、11カ国から15名が派遣されていました。コンサルタントやエンジニアなどだけでなく、広報、法務、人事、経理、営業といった、幅広い人選が行われていました。各チームでそれぞれの能力を持ち寄って問題解決を進めていました。
──3人はどのようなコミュニケーションを取っていたのでしょうか。
全体での事前準備は3カ月前から始まります。一方で、具体的なチーム編成とプロジェクトが決まるのは1カ月ほど前なので、そこから電話であいさつ程度の話はしたものの、プロジェクトの具体的な話は現地で会ってからです。現地での活動期間は1カ月ですので、そこから駆け足で進めていきます。
今回チリに派遣されたメンバーを見ていると、国が違っていても優秀だなと思える人には共通点があることに気づきました。それはコミュニケーション能力の高さ。交渉力があるのはもちろん、なごやかにしたり活性化したりと、場を作ることが上手です。クライアントの表情も見逃しません。細かいところまでアンテナを張って気遣いできる人だなと感じました。
──今後に生かせる経験になりましたか。
はい。まず、1カ月無事に仕事がやりきれたので、大抵のことはできる、私のやり方でも通用するという自信が持てました。
それから、今後の目標が見つかりました。世界で通用する専門性を身につけたいと思っています。私は戦略コンサルタントとして必要なスキルは身につけているつもりで、あらゆるテーマに対してスピーディーに問題解決に当たるという経験はしてきましたが、特定のテーマで語れるものが明確にはなっていませんでした。ITアーキテクトや人事の仕事をしているメンバーは、自分の得意な分野をそれぞれに持っていて、私も同様に、一つの分野を極めてみたいと感じました。
そして、マネジャーの立場としては、チーム作りについての示唆を得ました。
通常よりも短い期間で終わらせるプロジェクトでしたから、短期間に集中することを体現していたことになります。メリハリのある働き方をもっと突き詰めて、チームで実践したいですね。日本人の気質なのかもしれませんが「熟考しすぎ、ため込みすぎ」と指摘されることもありました。
チリに集まったメンバーの多くができていた、雰囲気づくりも取り入れたいです。例えばフィードバックでも、いいねと言うだけでなくて、具体的にいいところを指摘してポジティブな感想を伝えるのです。いますぐに実践できることとして、帰国後すぐに心がけています。
帰国後すぐの活動としては、先日、母校の高校生に今回の経験を話す機会がありました。CSCを終えて、身近な社会貢献を続けていきたいという思いは、これまでよりも強くなりました。
──佐藤さんは2003年に入社して15年目になります。これまで海外で働く経験はありましたか。
佐藤:もともと国際志向が強かったこともあり、IBMに入社しました。アメリカや中国の拠点とのやりとりは経験がありますが、膝を突き合わせて同じゴールに進むのは、今回が初めてでした。
──CSCに応募した動機を聞かせてください。
入社当時はなかった制度ですが、始まったことを知ってからは、途上国支援もしてみたい気持ちが高まって、興味を持っていました。とはいえ、学生時代にボランティアの経験はなく、今回応募したのは慈善活動というよりは、各国のメンバーと交流したいという思いのほうが強かったですね。
──今回、どのようなプロジェクトに参加したのでしょうか。
派遣されたのはタイのプーケットでした。クライアントは現地の大学で、洪水対策を支援することに。洪水はプーケットでは深刻な災害なので研究対象になっているのですが、どこに避難場所があるか、どのような降雨量の推移で危険になるか、といった情報が機関ごとに点在しているという課題がありました。
そこでこうした情報を集約し、一般市民も参照できるシステムを構築するための、アクションプランまでをまとめるのがプロジェクトのゴールです。
クライアントの課題は明確であるものの、どうすすめるべきか悩んでいる状況でした。
写真提供:日本IBM
──苦労したポイントを聞かせてください。
まず、期間の短さがあります。
プロジェクト開始の3カ月前から、週に1回程度は電話で話し合いを持っていましたが、実際にプーケットに滞在した期間は、オリエンテーションなども含めて1カ月。日本で同様に実施する場合を考えると、およそ半分の短期間でした。
それからメンバーそれぞれの仕事の仕方が違っていたことです。
メンバーは4人で、カナダ、ケニア、インド系アメリカ人、そして日本から私が参画しました。日本のきめ細やかなアプローチとは違う部分があり、戸惑いましたね。特に時間と成果物に対する考え方の違いが際立っていたように思います。
長い時間をかけなくても、いいものができれば問題ないという考え方をしますし、期間が限られている中で、取り組む範囲や成果物について、必要に応じて取捨選択をすることも大切、という考え方です。
タイに派遣された他のチームの話も聞いてみましたが、他国がおかしいというよりは、どうやら日本が特別なんだなということがわかりました。
──タイでの経験は、今後の仕事にどう生かしますか。
何より、国際的な舞台でも英語を使って仕事ができそうな感触を得ることができ、自信につながったのが大きいですね。
同じIBMの企業文化で働いているとはいえ、考え方の違いは想像以上でした。いつもはWatsonのプロトタイプの開発などに関わっていて、プロジェクトマネジャーをしていますが、今後、今回の経験を生かし、さらに活躍の場を広げていきたいです。
卒業生は身近でも社会貢献を継続
プログラムを終えたメンバーの多くが「日本でも何か社会課題の支援に取り組みたい」と手を挙げているという。実際に東北復興支援に参加したり、あるいはプログラムでの経験を母校で講演したりと、社会貢献への積極的な活動につながっており、企業価値の向上に貢献するだけでなく、優れた人間性を育んでいるのは間違いない。
IBMの初代社長Thomas J. Watsonは「良き企業市民たれ」という言葉を残している。ビジネスを展開するということは、その地域社会に対しても責任を持つことだという考えは、IBMの伝統のひとつとして現代にも受け継がれているようだ。
途上国の支援、社員の育成、そして新しい市場の開拓。IBMの社会貢献はこの3つの共存を狙った長期的視点の活動であることがCSCを通じてよくわかった。
(取材・文:加藤学宏、写真:長谷川博一、編集:木村剛士)