芸能✕テレビ。今、日本最後の「ディスラプション」が始まった

2017/10/30

元SMAP出演の「衝撃」

これは、日本のエンタメを牽引してきたテレビ・芸能界の大きな転換期になるかもしれない──。
「せっかくの目玉番組なのに、もはや誰も触れられない“火事物件”ですよ」(テレビ朝日社員)
2017年11月2日。この日を皮切りにして三連休まで、ぶっ通しで生放送が予定されているのが、インターネットテレビのアベマTV(AbemaTV)の特別番組「72時間ホンネテレビ」だ。
まだ開局して1年半ほどのネットテレビの番組の成り行きに、多くのテレビマンたちが固唾を飲んで見守っているのには理由がある。メインMCを担当するのが、国民的アイドルグループだったSMAPの元メンバー3人だからだ。
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稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾──。
アベマTVだけでなく、ネットフリックスやアマゾンプライムビデオまでネットテレビが次々上陸する中でも、テレビ局側は「テレビで通用しなかった番組が配信されているだけ」(キー局プロデューサー)との構えを崩さなかった。
だが今年にかけて、テレビでも大御所レベルの松本人志や明石家さんまといったタレントたちが、その活躍の場をネットテレビに求め、その尖った作品性が大きな話題となっている。
そして、この流れをいよいよ決定付けるかもしれないのが、元SMAPの3人なのだ。
若年層を中心に「テレビ離れ」が進むなかで、さらにテレビ全盛期を築いてきた3人が乗り込んで大きな成功を収めれば、その勢いは止められないものになる。
(写真:アベマTV提供)

芸能✕テレビ=しがらみ

とはいえ、これはよく語られるようなテレビとインターネットの対立ではない。むしろ、SMAPを辞めた3人の出演が「浮き彫り」にしているのは、芸能界とテレビをめぐる古いしがらみの構造だ。
「ジャニーズのコンテンツは、あらゆるネット利用が厳禁だ」。これはエンタメ業界にたずさわっていれば、誰もが知っている不文律だ。
男性アイドルの「独占企業」として圧倒的な地位を誇るジャニーズ事務所は、そのタレントをテレビで見ない日はない。一方で、パソコンやスマホの世界で、公式に彼らの姿を見ることもほぼない。
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元SMAPの3人も、ジャニーズ事務所の看板タレントとして約30年にわたって活躍してきたが、事務所の方針もあってインターネットの世界とはほぼ無縁で過ごしてきた。
テレビこそ、一流タレントにふさわしい舞台である。ネットは論外。
そうした大前提が共有される中で、テレビ各社は昼夜、ジャニーズタレントが出演するレギュラー番組からドラマ、特番などを制作。一方でジャニーズ事務所とも蜜月の関係を築く中で、さまざまな「しがらみ」を発生させてきた。
例えばジャニーズ事務所を退社したタレントは、特殊なケースを除けば、テレビというエンターテイメントの表舞台から姿を消してゆく運命にあった。ジャニーズ事務所の不利益を、テレビは認めないということだ。
ところが、元SMAPの3人は退社直後から、そうした「大人の事情」が渦巻くテレビから離れるかのように、インターネットをフル活用した新しいチャレンジを猛然と始めたのだ。
「もし、テレビを封じられたとしても、自分たちには新たな場がある」。彼らの活動状況を見ていると、こうしたメッセージがひしひしと伝わってくる。
そもそも「72時間ホンネテレビ」では、3人がユーチューブやインスタグラム、ブログなど、これまで無縁だったインターネットツールを使いこなすことが大きなテーマとなっている。
またオフィシャルサイトとして開設された「新しい地図」は、英訳すれば「New Map」であり、それは「New SMAP(新しいSMAP)」をもじっていることは明白だ。
新しいSMAPは、これまで出来なかった新たな挑戦に賭けていく──。
そんなメッセージは、おそらく往年のジャニーズファンや一般視聴者だけではなく、同じしがらみで生きている芸能人から、コンテンツを作っているクリエイターらにも届いているに違いない。
(写真:「新しい地図」オフィシャル動画より引用)

芸能界「3つのディスラプション」

「今回の企画はネットテレビとして、記録的な視聴者数になるのは間違いありません」(サイバーエージェントの藤田晋社長)
だからこそ、慌てているのはサイバーエージェントと一緒になってAbemaTVを運営しているテレビ朝日だ。これではまるで、テレビ業界とジャニーズ事務所との「秩序」をいきなり乱したと思われかねない。
「テレビ朝日は、ホンネテレビの番宣(番組宣伝)から撤退すると社内で周知するなど、一切関わりがないことを必死でアピールしています。ジャニーズ事務所への配慮でもあります」(アベマTV社員)
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それでもホンネテレビが始まる11月2日、芸能界とテレビ業界はあらためて、次の3点について問われることになるはずだ。
1つ目は、テレビという場所に縛られなくても、ネットテレビや動画サービスにはより大きなチャンスが待っているのではないかという点だ。
米国ではテレビ番組に並ぶどころか、それ以上の巨大な制作費をかけたキラーコンテンツが続々と生まれている。日本でもその流れが加速すれば、テレビでしか実現できないことは少なくなってくる。
2つ目が、一般のビジネスの世界では考えられないような、芸能界におけるタレントの「働き方」の是非だ。SMAPの解散騒動の際に、メンバー5人が地上波のテレビ番組に登場して、異様な謝罪をしたことは記憶に新しい。
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これからのタレントはただの「商品」ではなく、あたかも起業家のように、独立してセルフ・プロデュースをする時代に入りつつある。最近は起業をしたり、クラウドファンディングで資金調達する俳優やタレントが話題になっている。
3つ目が、新しいやり方で、もっと面白いコンテンツを作りたいと願っているコンテンツメーカーやクリエイターたちへの影響だ。
AbemaTVなどでは、地上波にはない尖った新番組が次々と生まれている。すでにタレントが自らネットTVへ出演希望する流れはできつつあるが、それと歩調をあわせるかのように制作サイドにも、有力な人材が流れこんでくるかもしれない。
それは実は、テレビにとっても大きなチャンスだろう。
(写真:Hoxton/Paul Bradbury via Getty Images)
芸能界は興業を祖とする、その成り立ちからして、「義理人情」がものを言う世界であり、インターネットを含めた最先端のイノベーションはなかなか浸透しなかった。
だが、全盛期を過ぎたテレビにガタつきが見える中、ようやくこの分野にも「日本最後のディスラプション」が到来してきた。
SMAPを辞めた3人がジャニーズ退社後に掲げた「新しい地図」には、そうした未来のエンタメ産業の風景が、描きこまれているのではないだろうか。
(取材構成・後藤直義、デザイン・砂田優花、バナー画像/VCG via Getty Images)