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信用は過去の実績が作るもので、信頼は未来に期待してするもの。石川さんの言うように、言葉を丁寧に使い分ける意識は本当に大切だと思う。

一方で、信用が信頼の前提であり、根拠になるケースもあると思う。つまり、行き着く先は「信頼」とした時に、

① 直感(根拠なし)→信頼
② 信用(根拠あり)→信頼
の2パターンがある。

もちろん、過去の実績をもとに信頼が生まれる②のパターンも好きだけど、①のパターンにおいて、過去の実績が"ないのに"あえて信頼してあげる事で、相手も自分の事を信頼してくれて、謎のパワーを発揮し始めるという、「根拠なき信頼が生む信頼」という構図も、僕は大好きです。なぜなら、その方が世界が少し温かくなる気がするからです。根拠ないのに信頼してくれた人の事を、僕は裏切れません。だから、その信頼に応える為に、死ぬ気で頑張ると思う。

かといって、実際じゃあ自分が①をできているかというと、否。だいたい人を信頼する時って、その人の信用を見て判断しているわけで、現実世界において、結構そこはシビア。きっと僕の修行が足りないのだな笑

何よりも、この面白い議論のテーマを投げかけてくれた石川さん。ありがとう!!
組織に必要なのは「信頼」というのは、ごもっとも。

ただ、この記事は「お金作り(信用)」の話と、「組織作り(信頼)」の話をゴチャ混ぜにしちゃっている。
「信用」と「信頼」の違いについて語りたい気持ちは理解できるが、僕が普段言っているのは「お金の正体は信用である」という「お金作り」の話であって「組織作り」の話ではないので、冒頭で引き合いに出すのはスジが悪い。


ここで石川さんが話されている「信用」と「信頼」という言葉の違いについては、これまで散々議論されてきたので(「トラストフォール」というゲームが面白いよね)、いまさら言うのもなんだけど…

過去に対して評価しているのが「信用」で、
未来の行動を期待するのが「信頼」だ。


そのことを踏まえた上で、「信頼には“根拠”がない」は大ウソ。


「こいつに任せよう」と思えるには根拠が必要だ。

皆が寅さんを信頼するのも、他の誰でもない「寅さん」という根拠があって、

志村けんサンの例でいうと、「出世払い」が発生したのも「コイツだから」という確固たる根拠がある。

セックスにしてもそう。
信頼する相手を“選んでいる”。
選ばれた相手には、選ばれた根拠がある。

その根拠というのは、寅さんや、後輩芸人や、セックスのパートナーが過去に積み重ねた「信用」なんだよね。

僕は、ホームレス小谷が「困ってます。お金を貸してください」と言ってきたら、おもくそ「信頼」して、1000万でも、1億でも貸すけど、返ってこなかったら、返ってこなかったでいい。

理由は、“これまでに僕の「信用」を獲得したホームレス小谷”だから。

ホームレス小谷が獲得した「信用」というのは、「小谷は必ずお金を返してくれる」という単純なものではなくて、「小谷がお金を返さなくても笑っちゃう」といったもの。

「小谷だから、しょうがないww」というキャラクターに仕上げたことが、彼の最大の実績であり、彼が積み上げた「信用」だ。

「信用」と「信頼」は、どちらも必要だし、人は任されたり、頼られたりした方が力を発揮するから、良いチームを作るには必ず「信頼」が必要なんだけど、
「信用」を得ないと「信頼」を得ることはできない。

「信用」という切符を買わないと、「信頼」という電車に乗って遠くに行けないという話。

まずは「信用」を獲得することが大切だと思います。
山岸俊男教授は、信頼は不確実な社会において必要なものであり、アメリカは信頼社会。また不確実がすくない社会は安心社会であり、日本はよそ者を排除して安心社会を築いてきたとします。そして、安心社会が成り立たなくなってきて、信頼社会に移行していく必要があると、喝破しました。
日本の組織もメンバーシップ型からジョブ型に変わりつつあるなか、"信頼組織"に転換していく必要があるのでしょうね。
藤沢さんも言及していますが、山岸先生の「安心社会から信頼社会へ」という本を思い出しました。
この本はたいへん面白いのですが、例えば「他人を見たら泥棒と思え」みたいなしこうを日米でどちがらするかを比べてみると実は日本のほうが泥棒と思う率が高い。
これは、ある組織なり集団に所属しているということで和を乱す行動はしないだろうという損得勘定が働く結果「信じて良い人である」と認識して安心を感じているだけであって、個人の判断として「この人が信じるに足るか」ということを判断していない、そういうことは不慣れだし下手である、と喝破しています
個々人がきちんと判断して信じる事が「信頼」だし、それはなんの保証もないしリスクもあること。そういう世の中になっていくべき、と説いていて、大変面白いです
http://classic.music.coocan.jp/_book/shakaishiso/toshio-y/anshin-shinrai.htm
【必読な記事】石川さんのお話を何度かお聞きしたことがありますが、まぁめちゃくちゃ面白い。なんでこんなに面白いんだろうかと思ったら、とにかく教養の振れ幅と深さが凄いんだなと。だから様々な起業家や経営者を惹きつけるのかと。

自身としても常に研鑽を積みたいなと思うのは、まさにここで、自分の中にどれだけの振れ幅を持てるか。振れ幅を体現し、深さをつくれるか。同時に周りの振れ幅の中に身をおとし許容できるか。

今回の信頼の話もとても面白いです。信頼される人であるにはまだまだ程遠いですが、かくありたいものです。
是非読んでいただきたい記事、「信頼」と「信用」の違い、面白い!
そして、冒頭に述べられているように信頼があるかないかで組織の過ごしやすさは変わると思う。組織は人が営むものだから、当たり前と言えば当たり前。

一方で、金融は「信用」(Credit)という言葉をよく使う。それはお金がモノで、双方向にはなりえないからだと思う。
ただ、「人を見て投資する・貸す」という領域もあり、それは「信用ではなく、信頼での投資」なのだと思う。

ちなみに、困っている人を助けるという点では、どこかで社会実験がされていた。厳密に覚えていないのだが、たしか
・困っている人と遭遇した
・自販機で前の人がお釣りを忘れた後に、困っている人と遭遇した
というような2パターンだと、後者のほうが困っている人を助ける確率が優位に高いというもの。ハッピーな時だと他者を助ける余裕があるし、それが知らない人でも一定信頼して助けようという「相互信頼」「社会信頼」につながるというもの。
そのほうが世の中は幸せに好循環になっていくと思う。そして、だからこそ格差含めた社会分断が強いと、好循環に入れないことの示唆だと思う。社会保障のフリーライドなどデメリットもあるが、でも福祉国家は個人的には人間の過去との格闘の結果で、一定の叡智が絞られているものだと思う。
連載「石川善樹のウェルビーイング」、今回は「信頼」について。「信頼」と「信用」の違いとは何か?「信頼」のキングとして挙げられている志村けんさんのエピソードがカッコよすぎます!
「「寅さん」のことは誰も「信用」はしていないけれど、家族や同じ町内の人から「信頼」はされている。」

とても分かりやすい表現。信用と信頼は、つい混同しやすいですが、これからは寅さんをイメージして区分けます(笑)。

しかし、毎回石川さんの話は面白く興味深いですね。一体、どういう視野を持てば、ボノボやロブスターに行き着くのか。石川さんのような人が学校の先生だったら、きっと毎回の授業が面白くて仕方なさそうです。
「寅さんは信用されてないが、信頼されている」
「オキシトシン」
「ロブスターのメスはセックスするとき殻を全て脱ぐ」
よしきあいかわらずさいこう。
途上国とされるアフリカは、まさに信頼社会。信用に値するエビデンスなどなくても仲間は一生仲間だし、騙されても許し、困っている人はみんなで助け、寅さんがたくさんいる。その裏面は、癒着や賄賂、縁故、ディシプリンや生産性の低さ。
この連載について
人生100年時代を生き抜くベースとなるのは「スマート・ライフ」。ビジネスパーソンがより良く、楽しく、健康的な毎日を送るための「新時代の自己啓発」を紹介する。