【新】P&Gが秘伝だった「多様性活用スキル」を世に広める理由

2017/11/6
独自の視点と卓越した才能を持ち、さまざまな分野の最前線で活躍するトップランナーたちが、時代を切り取るテーマについて見解を述べる連載「イノベーターズ・トーク」。
第112回(全5回)は特別編として、「P&Gダイバーシティ&インクルージョン啓発プロジェクト」を取り上げる。
このプロジェクトは、P&Gが25年もかけて培ってきた、ダイバーシティ&インクルージョン(多様性を受容し、活用すること)を実現する実践的な方法論を、広く社外でも役立ててもらおうと発足した社外啓発活動だ。
今、多くの大企業で、多様性を生かす文化の必要性が叫ばれているが、育児中の女性の働き方にしても、その対応策は個別的かつあいまいなのが現状だ。
P&Gの「ダイバーシティ&インクルージョン研修」は、個人および組織に多様性とその重要性を気づかせ、具体的なアクションまで導くという方法論だが、長らく門外不出のノウハウだった。
だが、2016年から社外にも公開され、すでに200社を超える企業に無料セミナーという形で提供されている。
そこで、編集部は日産自動車で行われたこの研修を取材、併せて同プロジェクト担当の小川琴音氏に、個人そして組織が多様性を受容し、活用する具体的なノウハウを聞いた。
とかく掛け声だけで終わりやすいダイバーシティ推進を、本当に機能する働き方・文化にする方法論とは──。

門外不出の研修を無償提供

──P&Gジャパンでは、それまで門外不出の社内研修であった「ダイバーシティ&インクルージョン」研修を、他社に無償提供しています。そもそも「ダイバーシティ&インクルージョン」とは、どのような意味ですか?
小川 「インクルージョン」(inclusion)とは、組織内の誰にでもビジネスの成功に参画・貢献する機会があり、それぞれに特有の経験やスキル、考え方が認められ、活用されていることを言います。
小川 琴音(おがわ・ことね)/ P&Gジャパン ヒューマン・リソーシス マネージャー
2011年、東京大学経済学部卒業後、P&G入社。研究開発部門人事、新卒採用・社内トレーニング担当人事、広報部門・IT部門・消費者市場戦略部門の組織人事を担当後、現在は日本と韓国の給与福利厚生リーダー、コーポレート・ダイバーシティ・アンド・インクルージョン、東京オフィス担当人事を兼任。2児の母。
──多様な価値観を認めるだけでなく、うまく活用して生産性を上げることですね?
そうです。当社は25年前から、女性の活躍推進や、ダイバーシティを推進してきました。その長い取り組みから、多様性を推進し、活用するためには、「ダイバーシティ&インクルージョン」の“スキル”が必要だというところに行き着きました。
そのスキルを身につけられる研修を開発して、社内で実施していたのですが、2016年の3月から社外にも提供することを決めました。それが、「ダイバーシティ&インクルージョン啓発プロジェクト」です。
──なぜ、無償で提供するのですか?
広く社会にひろめ、日本社会での多様性活用に貢献したいというのが一番の理由ですが、それだけではありません。多くの企業に提供することで、当社にメリットもあるからです。
例えば、日本企業のダイバーシティの実態が把握できることです。また、他社の良い点を学び、当社に還元できること。さらに、長い目で見ると、社会の底上げや個人のスキルを底上げするため、当社としても優秀な社員を確保できることなどです。
──多くの引き合いがあるそうですね?
はい。まだ1年半程度ですが、すでにノウハウを提供した企業さんは約240社に上ります。
──240社もですか。今回、編集部では日産自動車グローバル本社での研修を取材させてもらいましたが、どんな業界のどんな会社が多いんですか?
業界は多種多様で、日本の有名な大手の企業も多いですね。
日産自動車の場合、1社に単独で提供するスタイルです。また、ワークショップという形で各社の人事担当の方、ダイバーシティ担当の方に集まってもらって提供するスタイルもあります。
ワークショップは、30社〜50社規模で集まっていただいています。さらに、数百人規模のフォーラムという形でもお話しさせていただいています。おもにこの3種類の方法でノウハウを提供させてもらっています。
ご覧いただいた日産自動車のように、もうダイバーシティへの社内での理解や推進が進んでいるケースでは、次のステップとして、どう社内にある多様性を生産性向上や社員のやる気を高めることに結びつけるのか。つまり、どうインクルージョンを起こしやすくしていくかという部分をお話します。
日産自動車でのワークショップ(写真:鈴木愛子)
一方、ダイバーシティへの理解が「女性活躍って何ですか?」「ダイバーシティって何ですか?」という段階の企業もありますよね。その場合はワークショップという形で、ベーシックな内容にして、各社のダイバーシティ担当の方々に合同で提供させてもらっています。
ワークショップ、1社セミナーともに、内容はほぼ毎回カスタマイズしております。
──セミナー、ワークショップの参加者は、人事担当者やダイバーシティ担当者ですか?
いいえ。1社提供のセミナーの場合は各部門の管理職を対象にします。現場の管理職の人が参加することにこそ意義があると考えています。やはり日々多くの部下にあたる社員と接する機会があり、組織への影響力を持っていて、企業文化を作り上げていくのは現場の管理職の人たちがポイントになります。
ですので、「現場の管理職の人たちに参加してほしい」というリクエストを出させてもらっています。管理職というのは、課長さんと、部長さんクラスです。

職場の不満を洗い出す

──セミナーでは、事前にヒアリングし、参加者が「自分ごと」として考えられるように、入念にカスタマイズされると聞きます。事前に、どんなヒアリングをするのですか?
本当にざっくばらんに、どういった問題や不満があるのか。それを先方の人事部の方、さらに可能なら現場の管理職の方からもお聞きします。
直接現場の方からお聞きできることは少ないので、人事担当で社内を良く把握されている方に事前ヒアリングを何回か行います。
そして、ここで聞いた話を、おもにケース・スタディーに反映します。なので、ケース・スタディーは、その企業内で起こりやすいケースになっているわけです。
例えば、店舗展開をする企業さんの場合だったら、よく店舗運営の中で起こりうる問題や不満を扱います。
──店舗で起こりうるダイバーシティ問題とは、例えば、どんな状況がよくあるのですか?
典型的には、長時間労働に関するものですね。店舗にいる子育て中の女性が時短勤務で早く帰ったとき、残っている人が「早く帰っちゃうんだ……」という言葉を口にしてしまうことがあります。
──時短勤務の人が同じ職場にいること自体に不満を持っている人も、確かにいますよね。自分の仕事が増えて忙しくなるから。
そうですね。そこで、そういったケースを出して、「あなたの部署に時短勤務の人が出て、みんなが忙しくなったら、あなたは管理職として、どう対処しますか?」と、対処法を聞くのです。

原因は無意識の偏見

──時短勤務者がいる部署において、その人がやりきれなかった仕事をパフォーマンスの高い人に、単純に割り振るのも問題があるでしょう。すると、どこかに不満がたまっていきます。どう対処法を見いだしていくのが正解なのですか?
基本的に、不満がたまる原因は「無意識の偏見」にあります。ですから、双方(時短勤務の人と、そうでない人)がお互いどんな「無意識の偏見」を抱えているかを明らかにするのが第一歩になります。
そして、その偏見が言葉尻や行動につながっていることを意識してもらって、そうした無意識や偏見に対して、どういったアクションを取れば、お互い理解し合うことができるのか。管理職の人が、この相互理解を通して、不満を軽減、解消できるよう、われわれはガイドしています。
──具体的な管理職のアクションの取り方まで伝授するのですか?
現場の管理職の方は、それぞれ違う部門の方が集まるので、当然、抱えている課題もそれぞれ違います。ですので、アクションについては、それぞれが日々抱えている問題に対して、具体的なアクションに落とし込んでもらうようにしています。
──では、時短勤務のメンバーに対し、他のメンバーの不満が募っているという場合、管理職が具体的に取るべき「インクルージョンアクション」というと、どうなるのですか?
双方の話し合いが足りていないということが多いので、まず時短勤務の人は、「どういった背景があって早く帰らなければいけないのか」をみんなで共有します。
次に、それに対して、時短でない人は、「どんな業務が増えて、増えた人はどう思っているのか」を共有します。
そして、早く帰る社員が就業時間内に、時短でない人の業務を補うため、できることはないか。逆に、時短でない人は、早く帰る人のために、他にできるケアはないか。それを管理職が働きかけて、みんなで話し合って、アクションプランを考えていくのです。
──なるほど。まず時短勤務者の背景をしっかり聞くと、確かに感情的にならず、合理的な対処法を考えやすいですね。
では、次回から、多様性を認めて、活用するためのスキルについて、具体的に詳しくお聞きしていきます。
*明日に続きます。
(取材:佐藤留美、構成:栗原昇、写真:小林正、鈴木愛子、デザイン:今村徹、バナー写真:iStock/llhedgehogll)