習近平が得たフリーハンドと「改革・開放」の終焉

2017/10/26
中国政治の一大イベント第19回中国共産党大会が閉幕し、新指導部の選出とともに習近平総書記(国家主席)体制の2期目が幕を開けた。
習近平は、党大会で何を得たのだろうか。一言で評すれば、権力者としての「フリーハンド」だ。では習近平はその「フリーハンド」を使って何をするのか。それは、ちまたで言われてきたような「個人崇拝」や「独裁」といった陳腐な表現では表しきれない。
習近平が目指すのは「改革・開放」政策という一時代を築いた路線との決別だ。そのことを考えるうえで、改革・開放に沸いた当時の中国に触れた個人的な体験から話を進めてみたい。
「世界に学ぶ時代」は終わった
1980年代後半、筆者は中国に留学した。留学先は東北地方の吉林省長春市で、かつて満州国の首都・新京が置かれた場所だ。期間は2カ月と短かったが、私の中国観を形成する原体験となった。
当時の中国は1989年の天安門事件の前で、多くの中国人が改革・開放の先には、開かれ、豊かで、民主主義も受け入れるという祖国の未来を信じていた。