起業家、科学者、アーティスト必見。『ブレードランナー 2049』が問う【人間】の定義

2017/10/26
映画界のみならず世界中のビジネスリーダーや、科学者、アーティストに多大な影響を与えた革命的SF映画『ブレードランナー』の続編『ブレードランナー 2049』がいよいよ日本で公開される。
人間とテクノロジーの境界線、都市の衰退、気候変動、遺伝子工学、格差社会。2049年の近未来として描かれるテーマはSFのジャンルを超え、【人間と魂】の在り方に問いを投げかける。その『ブレードランナー 2049』を科学者はどう見るのだろうか。
自身が開発した「ポゼストハンド」が米『TIME』誌で「世界の発明50」に選出され、未来のノーベル賞候補と期待が集まる科学者であり起業家の玉城絵美氏に聞いた。

人間とレプリカント(人造人間)を何が分けるのか?

1982年に公開された『ブレードランナー』の舞台は、酸性雨降りしきる2019年のディストピア。
人間に代わる労働力として開発された高度なレプリカント(人造人間)が脅威になる近未来を描き、科学の進歩がもたらす新たな課題を私たちに突きつけた。
30年後の世界を描く『ブレードランナー 2049』では、従順な新型レプリカントが開発され、人間社会と危うい共存関係を保っている。
旧型で寿命制限のない旧型「ネクサス8号」の残党は「解任」の対象となり、追跡された。彼らを取り締まる捜査官が「ブレードランナー」である。
LA市警のブレードランナー「K」(ライアン・ゴズリング)は、ある事件の捜査中に巨大な陰謀を知り、その闇を暴くカギとなる男を捜す。彼こそが、30年前に女性レプリカントとともに姿を消したデッカード(ハリソン・フォード)だった。
デッカードが命をかけて守り続けてきた秘密とは何か。人間とレプリカント、2つの世界の秩序を崩壊させうる真実が、今明かされる──。
前作の監督であるリドリー・スコットの全面的な支持を受けて監督を務めるのは、アカデミー賞受賞作『メッセージ』でその才能を世界に証明したドゥニ・ヴィルヌーヴだ。自他共に『ブレードランナー』信奉者であることを認めるヴィルヌーヴが、どんな2049年を描くのか。
2017年秋は、立て続けにSF映画が公開される。しかし、『ブレードランナー 2049』は、間違いなくこの秋一番の注目作だ。

【玉城絵美】「生きている」ことの科学的な定義を問う「超SF」作品

『ブレードランナー 2049』を見て、人間とは何なのか、私たちが「魂」や「意識」と呼ぶもの(ゴースト)とは何なのか、「生きている」とはどういう状態なのかについて、改めて考えさせられました。
何が人間とレプリカント(人造人間)を分けるのか。これはまだ科学的には定義されていない部分なのですが、今後ロボット技術が進化していけば、必ず私たちが対峙する問題です。
そして、人間に「作られた」存在であるレプリカントも、自分が生きているのか、そうでないのか、必ずや葛藤することでしょう。人間と見分けのつかない外見を持っているからこそ、その苦悩は大きいと想像します。
作中では、それが「手」で表現されていて、とても興味深かったです。手に目がいったのは、私が手の研究をしているためでしょう。
何かに触れる、触ろうと手を伸ばす、自分の手を動かしてじっと見る……。「手」は私たちにとって単なる体の一部ではなく、動かすことで「意識」や「生」を確認できる象徴的なものです。
死に直面した患者さんがベッドの上で手鏡をする(手のひらや甲を、鏡で顔を見ているかのように眺める)というのは日本ではよく聞く話ですが、作中でもレプリカントが同じしぐさをしていて驚きました。
ネタバレになってしまうので詳しくは話せませんが、「手」の演技を大切にしているなと感じたので、ぜひ注目してください。
そういった物語の軸となる部分もそうですが、ビジュアル面でもリアルなのが『ブレードランナー 2049』の特徴です。
荒廃した街の様子や、ものすごいテクノロジーによって支えられた世界を見ると、一見「SFっぽい」のですが、一つひとつを検証していくと「ありえない世界」ではまったくない。
精巧なホログラムを使ったデジタルサイネージはすでに実現されているし、Googleのラリー・ペイジが空飛ぶ自動車の開発企業に投資しているのは有名な話です。むしろ、2049年どころか、2029年でも実現可能な世界が広がっていて、夢とロマンとリアルのバランスがいい「超SF」だなと、うなりました。
実は私は、SF文学賞の審査員もさせていただいたことがあります。そこで話していたのが、「最近、突飛な設定がないよね」ということ。テクノロジーが進化したことによって、逆にSF界はネタに詰まっているんじゃないかと(苦笑)。
でも、『ブレードランナー 2049』はそうじゃない。アイデアにあふれているだけじゃなく、SF映画にありがちな「どこかのテクノロジーだけが極端に突出している」とか、「主人公が超人的に強い」といった違和感もないんです。
きっと、たくさんの科学者にリサーチをかけて作品を練っていったんでしょうね。

自分がどう変わってしまうのか、起業家こそ見るべき映画

『ブレードランナー 2049』は、科学者はもちろん、起業家やアーティストも絶対に見るべき映画だと思います。
アーティストなら、ダイナミックな表現から必ず得るものがあります。個人的には、1980年代を彷彿とさせる街並みやコルビュジエ作品のような建物にひかれました。
科学者なら、生命の定義を問いかける内容にきっと共感できるし、研究のアイデアの種も詰まっています。
起業家なら、レプリカント開発を行うウォレス社の社長の姿を見て、世界を変えるようなサービスや技術を提供したとき、その変化の大きさによって自分がどう変わってしまうのか、考え直すのではないでしょうか。
私は、科学者であり、起業家でもあります。
手の体験を世界中の人と共有するために研究し、ヒトの手指の動きを制御するPossessedHand(ポゼストハンド)、ヒトの手指の動きを伝達するUnlimitedHand(アンリミテッドハンド)やFirstVR(ファーストブイアール)といったプロダクト発信に携わってきました。
できれば、これらのプロダクトを全世界の人に装着してもらい、いろいろな体験を共有したい。これは私の純粋な希望です。ただ、PossessedHandを発表したとき、一部の人たちからは「怖い」と言われました。
何かに支配され、操られる状態がレプリカントなのだとしたら、外からの信号によって手を操られるPossessedHandは少し怖いかもしれませんね。
社会や人間の身体に大きな影響を与えうる科学者や起業家は、ともすると自分が「神」であるかのような錯覚や慢心に陥ることがあります。もし本当にPossessedHandが世界に広がったら、大きな影響力を持った私も、変わってしまうのかもしれない。
『ブレードランナー 2049』を見て、気をつけなくては、とひそかに襟を正しました。

『ブレードランナー2049』は愛と魂について問いかける

私は気に入った映画は必ず2回見ます。でも、この映画はもっと何回も見たい。
SF映画なのに恋愛映画でもあるし、親子愛、コミュニティ愛など、さまざまな「愛」と「魂」について問いかけられる内容で、すごく考えさせられたし、感動もしました。前作を見ずに続編を見ましたが、『ブレードランナー』がSF映画の金字塔と呼ばれる理由がわかった気がします。
楽しみにしている皆さんのためにネタバレはしませんが、これまでに見たSF映画の中で一番面白かったです。
(取材・文:大高志帆 撮影:加藤ゆき)