【再掲】大手金融機関が投資に活用。変わる「社員クチコミ」の価値

2017/10/30
企業の信用評価や分析にビッグデータが活用されている昨今。新たに大手金融機関が注目し始めているのが、オンライン上に投稿される企業の「社員クチコミ」だ。クチコミを活用した企業分析の価値と、その最新動向に迫る。
伸びる企業と伸び悩む企業の違いは何か──。従来、われわれはそうした予見の材料として、主にファイナンス面の数値を活用してきた。
たとえ見た目に華やかな企業であっても、その実、資金が乏しかったり、利益率に不安を抱えていたりするケースはよくある。そうした経営面の実情を浮き彫りにする意味で、財務諸表に記される数字はもっとも嘘をつかない材料の1つと目されている。
ところが、世はビッグデータの時代に突入。多種多様なデータやAIの活用が声高に叫ばれるなかで、企業のポテンシャルをより正確に探るべく、B/SやP/Lに変わる新たな一手が模索されてきた。
俗に言う「いい会社」とは、何を指標に見極められるべきか? そこで大手金融機関が今、新たに注目し始めているデータがある。それがインターネット上に蓄積され続けている、膨大な“クチコミデータ”だ。
数ある会社の評価を、実際にそこで働く社員からのクチコミで収集・共有する「社員クチコミサイト」は、いまではジョブマーケットに深く浸透している。就職・転職希望者は新しい職場を検討する際に、まずはその企業のクチコミを読んで内情を知ろうとする。
海外サービスでは「Glassdoor」が大きな成功を収めているが、日本では450万件超の社員クチコミと評価スコアを抱える「Vorkers(現・OpenWork)」が国内最大規模を誇っている。
そこに目をつけたのが海外大手金融機関だ。日本の金融マーケットにおける企業分析、およびAIを用いた株式投資のためのビッグデータとして、Vorkers(現・OpenWork)のクチコミデータを活用しているという。
また、日系大手保険会社やヘッジファンド、大手リース会社なども、株式投資や信用リスク調査のために、Vorkers(現・OpenWork)のクチコミデータを活用しようという視点を持ち始めた。
なぜいま、金融機関が「社員クチコミ」に注目するのか。金融工学を専門とする同志社大学の津田博史教授に、その背景を聞いた。
1959年生まれ、京都府出身。京都大学工学部卒業、東京大学大学院工学系修士課程修了。総合研究大学院大学数物科学研究科博士課程修了、博士(学術)。現在は同志社大学理工学部数理システム学科にて教授を務める。日本金融・証券計量・工学学会(JAFEE)前会長。
「金融マーケットに触れた人であれば誰もが実感していることだと思いますが、後に大きく伸びる企業というのは、黎明期からどこか社風が明るく、ポジティブな企業カルチャーを備えているものです。
しかし、こうした雰囲気は明確に指標化できるものではなかったため、たとえばアセットマネジメントの現場などでは、その企業の将来性を見極めるために、財務データなどに基づいて銘柄のセレクトが行なわれてきました。
それがインターネットの登場により、クチコミという形で企業内のムードが可視化されるようになり、さらにテキストマイニングの技術が発展したことから、金融機関として新たな指標を持ち得る可能性が生まれたわけです」
ビッグデータやAIを投資に活用する時代を迎え、この+αが金融機関にとって他社との差別化に繋がる期待が高まったのだという。
「Vorkers」(現・OpenWork)には、国内企業に務める社員、元社員による精度の高い企業クチコミと評価スコアが450万件以上も投稿されている。
そして折しも、環境・社会・ガバナンス面の充実度を判断材料とするESG投資がグローバルで定着しつつある昨今、クチコミが持つ可能性はいっそう増している。
「クチコミデータが有用とされるもう1つの背景に、企業の成長性や持続性を重視する“ESG投資”の拡大にあります。
日本においても、世界最大の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、今年から日本株の3つのESG指数を選定し、同指数に連動したパッシブ運用を開始したばかりです。
GPIFが選定したESG指数の1つに、女性の活躍に焦点をあてた『MSCI日本株女性活躍指数』がありますが、これは女性活躍推進法にもとづいて開示されている企業の“女性雇用に関するデータ”に基づき算出されています。
将来的に社員クチコミがより活用されるようになれば、当該企業で働く女性社員の生の声を反映したクチコミデータも判断材料に取り入れた、新たな『女性活躍指数』が開発される可能性があります。
ESG投資の広まりにより、長期を見込む企業判断において、企業カルチャーを知ることの重要性は今後ますます高まるでしょう」(津田教授)
企業クチコミの価値が高まる一方で、気になるのはデータの信憑性だ。個人的な感情が混在するネット上の匿名クチコミは、そもそも信用に足るものなのか。
「一般に、匿名で書かれた情報というのは一方的で、鵜呑みにできないものと思われがちですが、実際にはそうとは言えません。
匿名のクチコミには、実名では書き込みにくいリアルな情報など、匿名だからこその精度の高い記述が含まれているとも言えます。
むしろ、忌憚なき本当の実態を知るためには、Vorkers(現・OpenWork)のクチコミデータのように品質管理された匿名情報こそが望ましいとすら言えます」
そう語るのは、企業の信用評価モデルの構築を専門に手掛けるクレジット・プライシング・コーポレーション(CPC)の鈴木洋壹・代表取締役社長だ。
横浜国立大学大学院経営学研究科修了。野村総合研究所、長銀総合研究所を経て、2001年クレジット・プライシング・コーポレーション設立、代表取締役。専門分野:金融エンジニアリング、クレジット分析。
鈴木氏がVorkers(現・OpenWork)のクチコミデータに着目したのは、アメリカ企業の投資判断に、その銘柄企業の組織力や経営力が少なからず重視されている事実を知ったからだと言う。
「従来の企業評価では、財務などの定量情報が広く利用される反面、“組織文化”や“社風”などの定性情報はほとんど活用されてきませんでした。
財務数値から企業の評価判断をすることのメリット・デメリットについては、私たちはこれまでの経験からよく理解しています。
それに加えて、これまで数値化できなかった定性情報をクチコミデータの機械学習により定量化し、組織力や経営力を測定することで、より高いレベルの評価判断が行なえるだろうと考え、1年前から研究をスタートしました」
Vorkersに集積されたクチコミは、独自の分析によって8つの項目ごとに評価がスコア化される。
そこで、CPCが同志社大学・津田教授を交えVorkers(現・OpenWork)との間で開発したのが、クチコミデータを数値化して組み入れた「VCPC組織スコア」という新指標だ。
「VCPC組織スコアは、Vorkers(現・OpenWork)に投稿されたクチコミデータから各企業の社風や組織文化に関するクチコミを抽出し、ディープラーニングを用いた分析を加えることで、その企業の定性情報を定量化することを可能とした指標です。
われわれは、このスコアを用いて約3000社の企業の定性情報を測定し、実際の中長期の業績と比較検証を行いました。
その結果、たとえばある業種の企業のVCPC組織スコアを測定した後、各企業の業績を業種平均ROAと比較すると、VCPC組織スコアの上位、中位、下位のグループごとに、5年先の業種平均ROAを上回る会社数の割合は明解に異なってくることがわかったのです。
VCPC組織スコアが高い企業ほど、過去及び将来における収益性は高くなる。
つまり、VCPC組織スコアを用いることで企業の中長期的な成長力を測ることができ、5年、10年といったスパンで“いい会社”であり続ける「業種内の勝ち組」となる企業の選別を行える可能性があるわけです。
また、株式リターンにおいてもVCPC組織スコアは有効です。2008~2016年のマーケットデータを元に、期初の財務状況とVCPC組織スコアの高低から、対象企業を4つのグループに分けて1年後の株のリターンを評価したものが下図です。
もっとも超過リターンの多いグループ2は、開始時点の財務が良くないが、 VCPC組織スコアが高い(組織文化が良い)集団である。同じく期初ROAの低いグループ4との比較から、VCPC組織スコアの分離性能の高さが確認できる。
1年後の実績リタ-ンが最も高いのは、期初のROAは低くても、VCPC組織スコアが高かった企業群(図中のグループ2)であることがわかりました。
これは我々の手法の可能性を示唆する、非常に刺激的な結果だと言えます」
実際にVorkers(現・OpenWork)のクチコミデータから企業パフォーマンスの分析に至るプロセスについては、CPCのコンサルタント・西家宏典氏に聞いた。
「クチコミデータに対し、ディープラーニングを用いてポジティブorネガティブの判定を文章ごとに行ないます。それぞれにポジティブ確率を付与し、投稿の裏に潜む構造を解析し、その結果を企業ごとに集計したものが、VCPC組織スコアとなります。
テキストマイニングでは、約2万文章の学習データによってモデル学習を行ない、さらに約5万文章を使ってそれを検証。その上で、約3000社分の計53万クチコミほどのデータを解析し、定量化しています」
東京理科大学理工学部卒業、東京大学理学系研究科修了。金融系SIerにてアナリスト業務に従事した後、2014年クレジット・プライシング・コーポレーション入社。日本証券アナリスト協会検定会員、国際公認投資アナリスト。専門分野:金融エンジニアリング 、投資運用モデル構築、機械学習。
つまり、学習データでモデルを作り、検証データで精度を検証し、さらに実際のクチコミデータを適用データとして用いることで、VCPCスコアを作成しているわけだ。
その結果、検証データでのポジティブ・ネガティブ判別精度はAUC(Area Under the Curve)で87%と、極めて高い水準にあることが確認されているという。
「スコアの作成には最新の機械学習やディープラーニングだけでなく、伝統的な確率統計解析や時系列分析など、非常に多岐に渡る技術を取り入れています。
クチコミ評価というのはどうしても、投稿者が多くなるほど個性が埋没してしまう傾向がありますので、そうならないための工夫を随所に凝らしているわけです。
VCPC組織スコアの精度は、Vorkers(現・OpenWork)がフリーアンサーとは別に設定している働きがい指標の評価点(5段階評価)の集計と照合することでも裏付けられています」
こうして開発されたVCPC組織スコアは今後、金融マーケットにどんな影響を与えていくのか。同志社大学・津田教授は、期待を込めて次のように語る。
「世界の金融マーケットでは今、その日の気象条件や天候など、あらゆるビッグデータを市場分析の指標に取り入れようと、様々な研究を続けています。そうした+αの1つとしてクチコミは非常に有用であり、これから世界中のアセットマネジメントで活用される可能性は十分にあるでしょう」
そもそも社員クチコミは、“いい会社”に多くの人材が流れるように情報を共有するサービスだ。これは、金融マーケットも同じことが言える。よりいい業種、いい会社にこそ多くの資金が流れれば、経済全体の活性化にも繋がる。
社員クチコミデータは、これからのマーケットを左右する重要な指標になっていくのかもしれない。Vorkers(現・OpenWork)とCPCでは、金融マーケットにおける社員クチコミデータの活用について、今後も協同して金融機関からの個別のニーズに対応し、分析ソリューションやモデル開発を行っていく計画だ。
(構成:友清哲、撮影:Atsuko Tanaka、編集:呉 琢磨、デザイン:九喜洋介)
■金融機関向けデータ提供について
Vorkers(現・OpenWork)の社員クチコミデータを活用した企業の評価モデルは、CPC社と共同開発しています。このデータにご興味のある金融機関関係者の方はこちらよりお問合せください。