立ち乗り、車いす、布製も。超高齢化社会を支える「日常の足」の多様化

2017/10/19
現在、人口の4分の1を65歳以上が占める日本。「超高齢化社会」に突入し、顕在化してきた問題の一つが高齢者ドライバーによる危険運転、交通事故の増加だ。運転免許返納の是非についても議論を呼んでいる。
返納により移動の足を失えば外出が減り、生活の質も落ちる。返納を迫るばかりでなく、自動車に代わる日常の足を普及させていくことも、重要な社会課題といえる。
たとえば、各所で盛んに研究開発が行われている「超小型モビリティ」も、有効な手段の一つだ。普通車よりもコンパクトで運転しやすく、軽量なため事故の際の被害も少ない。
また、最近では見た目にもかっこよく、いかにも高齢者向けというネガティブな印象を抱かせないものも増えてきた。多様化するモビリティの現在、そして未来について取材した。

超小型モビリティ、普及のカギは?

国土交通省では超小型モビリティについて、「自動車よりコンパクトで小回りが利き、環境性能に優れ、地域の手軽な移動の足となる1人~2人程度の車両」と定義している(同省ウェブサイトより)。
「具体的には、小型電気自動車のほか、電動二輪車などもそれに含まれます」
そう語るのは、東京大学次世代モビリティ研究センター(ITSセンター)、センター長の須田義大氏だ。
「現在、自動車メーカーをはじめ、国内外の様々な企業が独自のモビリティを開発しています。すでに実現しているのは、トヨタ車体の『coms(コムス)』のような超小型EVです。
そして、まだ一般公道を自由に走行するまでには至っていませんが、『セグウェイ』や『Winglet(ウイングレット)』といった1人乗りの電動二輪車ですね。
また、我々ITSセンターでも平行二輪型の、全く新しいパーソナルモビリティ・ビークルの開発を試みています。道路環境に合わせて変形が可能で、公道では自転車に、歩道では平行二輪車に変わるような車両をイメージしています」(須田氏)
明確な定義はないが、超小型モビリティは1~2人乗り、パーソナルモビリティは1人乗りというのが一般的な認識。須田氏の考えではパーソナルモビリティは「車や公共交通に持ち込めるような小型軽量である」「人力や電気エネルギー利用による環境低負荷な動力を利用する」「道路空間のみならず歩行者空間をも安全に走行できる」ものを指す(写真:PIXTA)
他にも、産学問わず様々な機関・企業が独自のモビリティを研究しているという。とはいえ、その多くはいまだ実証実験の域を出ておらず、社会に広く普及するには残念ながらまだまだ時間がかかると須田氏は見る。
「ネックになっているのは、道路などのインフラや法整備の問題です。電動二輪車などは車道では低速すぎて普通車の交通を妨げてしまうし、歩道を走らせると安全性への配慮が必要ということもあり、なかなか難しいといわれています。
交通量の多い場所では歩行者空間も走れた方がいいのですが、電気が動力になると現行の法制度では『原動機付自転車』となり、特区以外では歩行者空間を走行することができません。
セグウェイだって随分と前に出てきたのに、まだ走れる道には制限があり、アミューズメント施設のアトラクションなど中途半端なところに押し込められていますよね。
超小型モビリティを普及させるためには、全く新しい車両としての規制や安全基準、法制度を整えていく必要があります。しかし、現状ではそこまでの社会的なニーズ、世論の後押しが小さく、そうした方向性に向かう機運をもっと高めていく必要があります」(須田氏)

超小型モビリティが普及する社会的意義

ただ、思えば自動運転車だって、ほんの数年前はそれほど脚光を浴びていたわけではなかった。それでも、技術が進歩し実現性が高まるとともにその社会的意義が認められ、今では法改正に向けた議論も活発に行われている。
「超小型モビリティも同様に、これからの社会に欠かせないものになると思います。過疎地域などの公共交通不毛地帯ではもちろん、都市部や観光地でも車依存から脱却するカギになるはず。
また、環境面においても、街中を走っている普通車の一部を超小型モビリティ・パーソナルモビリティに置き換えれば非常に高いCO2削減効果が見込めます。
確かに、歩行者空間を走行する際の安全性など解決すべき課題はありますが、現状の普通車にも導入されているITS技術、衝突回避制御、適切な走行空間に誘導する制御などを駆使していくことでクリアできるはずです」(須田氏)

スタイリッシュでパワフルな電動車いす「WHILL」

一方、現行の道路交通法の制約を受けることなく、自由に屋外を移動できる新しいモビリティもある。
注目は、2014年に発売された「WHILL(ウィル)」だ。新時代の電動車いすとして話題を集め、2017年4月には最新の「モデルC」も登場した。
「WHILL モデルA」。本体価格99万5000円
「こちらは従来の車いす同様、公道では『歩行者』扱いとなるため、歩道を走行することが可能です。当然、運転免許も不要です。ただ、私たちは車いすという言葉は使わず、あくまで『パーソナルモビリティ』と呼んでいます。
従来の車いすをお使いの方からは、『車いすに乗っている姿を見られたくない』という理由から100m先のコンビニに行くことさえためらってしまうという声も聞こえてくる。
そこで、誰もが乗って出かけたくなる車いす、自動車やバイクのように所有することでステータスが上がるようなモビリティが作れないかと考えたんです」(WHILL株式会社代表取締役 福岡宗明氏)
確かに、WHILLのスタイリッシュなデザインは、前向きな気持ちを喚起させる。車いすの枠を超え、乗り物としてのワクワク感にあふれている。
こちらは最新の「モデルC」。普及型として価格を45万円に抑えている。軽量化が図られ、分解もできるため普通自動車のトランクにも収納可能。カラーバリエーションも豊富にそろえた
「寝たきりの人だけでなく、少し足腰が弱くなり歩行がつらくなってきたと感じている人にも利用していただきたいと考えています。車いすととらえず、自由な移動を補完するためのツールとして、気軽に乗ってもらいたい。
高齢で出歩くのがおっくうになると、ずっと家の中に引きこもってしまうケースが多いのですが、そういう人たちを外の世界に連れ出したいですね」(福岡氏)
24個の小さなタイヤを組み合わせた前輪。最大7.5㎝の段差を乗り越えるパワフルさと、その場で回転できる小回りの良さを兼ね備えている
なお、初号機のモデルAは日米で約1000台以上を売り上げ、最新のモデルCも年内は生産が追い付かないほどの人気となっている。多くの超小型モビリティが試作品や実証実験のフェーズで足踏みするなか、ビジネスとしてもしっかり軌道に乗せている点は特筆に値する。
操作は手元のコントローラーで行う。PCのマウスを扱うように、直感的に動かすことができる
「WHILLは多くの反響をいただいているだけに、これからが重要。ビジネスとして成り立たせることができなければ、『やっぱりパーソナルモビリティなんてはやらないんだ』というイメージを世間に与えてしまいます。
これからパーソナルモビリティを次世代の乗り物として社会に普及させていくためにも、僕らの責任は重いと考えています」(福岡氏)
福岡宗明氏

布張りやわらかボディの街乗り用モビリティ「rimOnO」

また、現段階で製品化には至っていないが、これまでにない“かわいらしさ”で注目を集めているのが、2人乗り小型電気自動車の「rimOnO(リモノ)」。
ボディはやわらかいウレタン製で、外側は布で覆われている。ところどころにステッチが施されていて、まるでぬいぐるみのようだ。WHILL同様、乗ること自体が楽しくなるようなモビリティを目指した。
rimOnOと代表の伊藤慎介氏
「とにかく見た目がかわいくて、従来の車の常識から大きく外れたものにしたいと思ったんです。表面の布は着せ替えが可能で、好みや気分に合わせて模様替えできる。
自動車というより、家電のような感覚で家の中に置いても違和感がない、生活空間になじむようなデザインを意識しています」(株式会社rimOnO 伊藤慎介氏)

普通の運転をあきらめた高齢者も

布製ボディは外観の愛らしさを演出するだけでなく、事故時の衝撃もやわらかく吸収する。高齢者ドライバーの、運転に対する不安も軽減することができる。
「後期高齢者の方は免許を返納すべきといった論調もありますが、返したあとも生活は続きます。特にマイカー依存度が高い地方に暮らす人は、通院や日々の買い物すらままならなくなってしまう。
そんな時、rimOnOのような安全で操作しやすく、コンパクトな乗り物が求められてくる。普通車の運転をあきらめた人の『ラストモビリティ』になり得ると思います」(伊藤氏)
外側の布を着せ替えれば、いかようにも自分好みのデザインにアレンジできる
伊藤氏は、こうしたモビリティが普及した社会では、免許制度自体の見直しがあってもいいのではないかと語る。
「現在、rimOnOで公道を走るためには普通自動車免許が必要です。しかし、こうした超小型モビリティについては、限定免許みたいなものが別にあってもいいのではないかと思います。
原付プラスアルファ、くらいの免許でこうしたライトなモビリティを運転できる制度があるといいですよね。
そうすれば、時速100km以上の普通車は不安になったから普通免許は返納するけど、限定免許でゆっくり走る超小型モビリティには引き続き乗るといった選択肢も生まれる。事故のリスクを減らしつつ、最低限の移動の自由も担保できるわけです」(伊藤氏)
操作方法はバイクに近い。アクセルの踏み間違えによる事故を防止するためだ。高速道路には乗らず、地域をウロウロする街乗りのための「コミューター」と位置付けている

まとめ

人口構造や街に暮らす人の生活状況は時代によって移り変わる。それに伴い、あるべき交通の形も変わっていく。
すでに超高齢化社会に入り、2025年には65歳以上の人口の割合が30%を超えるといわれる日本も、現在の車依存型から大きくシフトすべき段階であることは間違いない。
ITSセンターの須田氏は、超小型モビリティの普及を阻む法整備の問題をクリアするためには「まず、みんなが欲しいと思うこと」が何より重要だと語っていた。「欲しい人が増え、社会的な意義が認められれば、自動運転車の時のように一気に扉は開くはずです」(須田氏)
そのカギを握るのは「WHILL」や「rimOnO」のような、見た目にもかっこよく、楽しいモビリティなのかもしれない。
(文:榎並紀行/やじろべえ)