孫正義の預言。テクノロジーの「覇者」は、半導体に辿り着く

2017/10/9

ソフトバンクの「心臓部」

「後々の人々は、こう言うでしょう」
2017年7月に開かれたソフトバンクグループのイベント「SoftBank World」。2時間以上にわたった基調講演の最終盤、CEOの孫正義は神妙に語り出し、こう続けた。
「チップ(半導体)を制する者が、全てを制する、と」
孫がこう切り出した背景には、当然、昨年(2016年)3兆3000億円を注ぎ込んで買収した英半導体大手のARMの存在がある。孫は、グループの「ビジョンファンド」を通じて、膨大な数の買収・出資を続けているが、ARMの存在は別格だ。
ARMの半導体について説明する孫正義(写真:Kiyoshi Ota/Bloomberg via Getty Images)
基調講演でも、今年にかけて出資を受けた10社のトップが次々と壇上に現れたが、ARMのCEOサイモン・シガースは、その大トリを務めた。孫も「グループにとって欠かせない『中核企業』」と断言する。
そこまで孫が入れ込むのは、半導体が、テクノロジーの未来に欠かせない「コア」だと確信しているからだ。
「サイモンの頭の中にある、これからやってくる世界、それがチップの設計の中に、実際の表現として表れてくる。今後、どのような世界がやってくるのか、人々のニーズと願望を想像しながら、チップに落とし込んでいく。それが我々の世界を形作ってくれるのです」
孫は、ARMを通じて「1兆個」のチップを供給すると繰り返している。

グーグル、アップル、アマゾンも参戦

世界中のモノがネットワークを通して繋がる「IoT(Internet of things)」。そして、それが生み出す膨大なデータから、パターンを見つけ出す「AI(人工知能)」。
このテクノロジーの2つの大潮流には、半導体は欠かせない。
センサーとして、あらゆる種類のデータを「知覚」するのも半導体であれば、膨大なデータを「頭脳」として情報処理するのも半導体だからだ。
すでに、テクノロジーの変革を受けて、半導体市場は沸きに沸いている。
その中でも筆頭が、米NVIDIA(エヌビディア)だろう。
元々は、ゲーム向けのGPU(画像半導体)のメーカーだったが、GPUが今のAIの本流技術である「ディープラーニング(深層学習)」との相性が抜群だと確信すると、一気にAI企業としてのアクセルを踏み、猛烈な勢いで成長を続けている。
時価総額は2016年の1兆円台から、わずか1年で約11兆円と跳ね上がった。創業25年の企業としては”異常値”ともいえる躍進だ。
【幹部直撃】グーグル翻訳が「無敵」になった真の理由
そして、この領域を狙うのは、エヌビディアだけではない。
今後、あらゆる分野を侵食していくAIだけに、その頭脳を司る半導体には、新しいプレイヤーが続々と進出している。
その筆頭格が、グーグルだ。
グーグルストリートビューやグーグル翻訳、傘下のディープマインドが手がける「アルファ碁」まで、あらゆるサービスに深層学習を用いているグーグルは、ついに昨年から自社開発の半導体「TPU(Tensor Processing Unit)」を導入している。
実は、日本の人工知能の雄「プリファード・ネットワークス(PFN)」も、深層学習に特化した独自の半導体を開発している。「深層学習には、データとアルゴリズム、そして半導体がそろわないといけない」と開発関係者は打ち明ける。
【解説】時価12兆円突破。エヌビディアの「革命的経営」3つの秘密
スマホ向けでも、半導体の革新は激しい。
アップルは先日、最新のiPhoneのCPU「A11 Bionic」に、AI処理用のエンジンを搭載し、「顔認識」の機能を追加した。アップルは2010年から、iPhoneに自社開発のCPUを導入し続けている。
同様に、中国ファーウェイも2017年9月に「NPU」といわれるAIプロセッサを搭載したスマホを発表している。ちなみに、米アマゾンも、イスラエル企業を買収し、自社で半導体事業を抱えだした。
まさに、半導体の「黄金時代」ともいえる様相だ。

日本の半導体はどこへいく

「東芝の半導体メモリの売却は、日本では東芝の財務問題の文脈だけで報道されているが、それは一面的な見方だ。本来は、この2、3年の半導体業界の大再編の文脈を踏まえて語るべき」
ある金融関係者は、こう指摘する。確かに、この2、3年、半導体業界では、巨大な合従連衡が一気に進んでいる。
インテルは自動運転での生き残りを目指し、モービルアイを買収した(写真:David Paul Morris/Bloomberg via Getty Images)
それを牽引するのが、半導体の不動の王者、インテルだ。
2015年に米アルテラを2兆円で買収したかと思うと、2017年にはイスラエルの自動運転関連のモービルアイに約1.7兆円を注ぎ込んだ。このほか、米クアルコム、ウェスタンデジタルや、オランダのNXPが兆円単位の買収を仕掛けている。
「かつての半導体再編は、負け組同士がくっつくだけだったが、ここ数年で、強者が強者を飲み込む大再編が起き始めている」(同)
【完全解説】教養としての、日本の半導体「栄枯盛衰」の歴史
NAND型フラッシュメモリで、世界の2強の一角を占める東芝も、例外ではない。
「東芝メモリ」の売却先は、米投資ファンドのベイン・キャピタルが主導する「日米韓連合」に決まったが、IoT時代の到来で、動き出す大激変の時代をどう勝ち抜くのか、そこが問われているのは間違いないだろう。
特集では、東芝の今置かれている状況を、かつて世界を恐れさせた「日の丸半導体」の歴史とともに、振り返りたい。
このほか、特集では、没落した日本の半導体でも気を吐くソニーの「CMOSセンサー」の次なる戦略や、長年の赤字体質をようやく脱却したルネサスエレクトロニクスの軌跡についても、取り上げる。
【逆襲】ソニーを支える「最強事業」の次なる野望
半導体は、今大きな転機を迎えている。
「この50年、半導体業界に大きな影響を及ぼしてきた『ムーアの法則』がいよいよ終焉を迎えそうだ」
これは取材をする中で、何度も技術者らから聴いた証言だ。少なくとも、この法則の限界が見え始めたからこそ、「パンドラの箱」が開いたかのように、多くのITジャイアントが、この業界へと飛びついているのは間違いない。
次のテクノロジーの行方を見通すための「羅針盤」として、この特集に目を通して頂ければ、非常に幸いだ。
(敬称略)
(取材・構成:森川潤、デザイン:砂田優花)