【外交】誤解がつきまとう安倍外交、5年の成績表

2017/10/20
安倍晋三首相が総理の座に再チャレンジした2012年末。当時、安倍は中国や韓国から「極右」のレッテルを貼られ、欧米メディアからも東アジアの平和と安定を脅かしかねない存在として警戒されていた。英エコノミスト誌は「過激なナショナリストだらけ」の安倍内閣は「(アジア)地域にとって悪しき前兆」とまで書いた。
それから5年、国際社会が安倍にいだくイメージは大きく変わった。就任後早々にアベノミクスを世界に売り込み、「地球儀を俯瞰する外交」を掲げ、インフラ輸出などのトップセールスを展開。日米関係に安定感をもたらし、近隣外交に地道に取り組んできた。ドナルド・トランプ米大統領が国際情勢を揺るがす今、ドイツのアンゲラ・メルケル首相と並んで、自由主義による世界秩序(international liberal order)を守る役回りも一部から期待された。
5年前の当初の国際社会の予想を裏切り、異例の長期政権を築いた安倍には今も様々なレッテルがつきまとうが、ファクトベースで安倍外交の成果を検証する。
「地球儀を俯瞰する外交」を掲げる安倍はこの5年間で70カ国を訪問、歴代総理でトップの訪問国数を誇る。単なる物見遊山ではなく、インドやサウジアラビアなどにトップセールス外交を展開し、インフラ輸出の受注を拡大。
G7ではメルケルに次ぐ古株で、いまやサミットなどでの立ち居振る舞いについて他の首脳からアドバイスを求められる存在だ。
日本のリーダーにはめずらしく、外遊先での演説も評価されている。2013年にニューヨーク証券取引所で”Buy my Abenomics”と語ったスピーチや2014年のオーストラリア議会演説、 2015年の米議会演説など、英語で聴衆の心をつかむ演説を行ってきた(これは谷口智彦内閣官房参与の存在が大きい)。
何よりも、1年ごとに総理が代わっていた時代と違って、各国首脳と実質的な人間関係を構築している。トランプやインドのナレンドラ・モディ首相、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領などがその代表的な例だ。
もちろん、他国首脳と「信頼関係」があると思っても、それが外交成果につながるとは限らない。
安倍も2016年の日露首脳会談でそれを思い知ったはず。何度も接触を重ねた末にプーチンを安倍の地元・山口県に招くと、日露関係の長年の懸案だった北方領土問題が大きく動くのでは、と周囲の期待が膨らんだ。
安倍はプーチンを「ウラジーミル」と呼び、親密ぶりをアピール。ところが、ふたを開けてみると北方領土問題でほとんど成果は得られず、日本側にとっては肩透かしに終わった。「首脳同士の信頼関係がある」からといって、メディアは期待を寄せたが、長年の懸案事項が大きく動くとは限らないと思い知らされた一件だ。
とかく、日本は信頼関係に過度な期待を寄せることがある。いくら首脳同士がファーストネームで呼び合う仲になろうと、過信は禁物。それは「ドナルド」とも同じだ。
2月の日米首脳会談でトランプ米大統領から異例の厚遇を受ける安倍(写真:The New York Times/アフロ)
世界がドナルド・トランプの登場に困惑していた頃、安倍は早期にトランプと関係を構築。今年2月の日米首脳会談では突出した厚遇を受け、ゴルフで親密ぶりをアピール。今や各国首脳からトランプとの接し方についてアドバイスを求められるほどで、多くの国のリーダーがトランプへの対応に頭をかかえる中、対米関係を最もうまくマネージしたと言える。
また、バラク・オバマ前米政権時には、在任中の米大統領初の広島訪問と安倍の真珠湾訪問で日米の真の和解を印象づけた。
安倍は、民主党が日米関係をズタズタにし、それを改善したのは自分だと胸を張る。しかし、全てが安倍の功績だというのはフェアネスに欠ける。
確かに、2009年の民主党の政権交代で当時の鳩山由紀夫首相が「最低でも県外」と主張した普天間の移設問題をめぐって両政府間に不和が生まれた。続いた菅直人政権はTPPの協議開始を表明するなどしたが、国内での求心力の低さから不信感はくすぶり続けた。それでも、アメリカの国務長官(当時ヒラリー・クリントン)から、尖閣防衛は日米安全保障条約の範囲内であるとの言質を初めて引き出したのは、菅政権の前原誠司外相だった。続いた野田佳彦前首相は日米関係を改善し、オバマ自身が “I can do business with him”と評価した。
つまり、日米関係を安定軌道に戻したのは安倍政権だけの手柄ではなく、その土台は主に野田政権時に作られたと評価するのがフェアだろう。
逆の意味で、「日中関係や日韓関係を悪化させたのは安倍」というイメージも事実と異なる。
自身の歴史観などから安倍は近隣国との関係を悪化させかねないと見られたが、第1次政権も含め、実際には安倍は関係改善のために動いた。第1次政権発足前、小泉純一郎元首相による靖国神社参拝や歴史問題などをめぐる軋轢によって日中関係は「政冷経熱」と表現された。日中関係は小泉在任中、最後まで回復することはなかった。
2006年に安倍が総理の座を引き継ぐと、最初の外遊先に選んだのが中国だった。当時の胡錦濤国家主席との首脳外交を機に、両国関係は一時緊張が和らいだ。しかし第1次政権は閣僚の醜聞や「消えた年金」問題などの印象が強く、「美しい国」といった個人的なイデオロギーと電撃辞任で覚えられた。
実際のところ、日中関係がどん底に陥ったのは「ハト派」とされる民主党政権時だ。決定的だったのは野田政権による尖閣諸島の「国有化」だった。
ただ、経緯を考えると野田政権にすべての責任を押し付けるのは酷だ。問題の発端は当時の石原慎太郎都知事が民間人の地権者から尖閣を購入する計画を打ち出したこと。これを受け、野田政権は日中関係のダメージコントロールのために東京都や地権者、中国の外交当局らと水面下で接触を続けた。当時首相補佐官だった長島昭久前衆院議員の著書『「活米」という流儀』によると、極秘裏に島の所有者の名義を民間人から国に移転し、数カ月後にその事実を公表することで中国側の反応を和らげ、問題の軟着陸を図ろうとした。
ところが朝日新聞がこの動きをすっぱ抜き、「国有化」という表現で報じると官邸に通告。当時の首相官邸は「国有化」では国が民間から島を収用して一方的な現状変更を行ったという印象を与え、日中関係が決定的に悪化しかねないことを理由に報道自粛を求めた。同紙は応じず、日中戦争の起点となった盧溝橋事件の75周年にあたる2012年7月7日という極めてセンシティブな日に1面トップで報じた。「『国有化』の三文字が、その後の日中間のみならず日米間のコミュニケーションをも著しく阻害する元凶」となったと、長島は記している。
日韓関係が極度に悪化したのも野田政権時だ。韓国の李明博元大統領が突如、竹島を訪問。日韓の世論は沸騰し、両国政府間で子どもじみた泥仕合にまで発展した。いずれも外国の内政事情が大きく関わっていただけに、野田政権が対応を誤ったとは言えない。
ともあれ、日中関係・日韓関係はともに氷河期とも言えるような状況のなかで安倍は政権を引き継いだ。そして安倍の個人的な歴史観や信条は別にして、総理大臣としては関係改善を望む態度を示し続けた。国際会議などでの場で、中国の習近平国家主席と韓国の朴槿恵前大統領にも歩み寄りの姿勢を見せた。対して、仏頂面で応じたのは中韓の両国首脳だった。
国会答弁などでは時に色をなして反論することもある安倍だが、外交舞台においては辛抱強く、ムキになったりしていない。
そのかいあってか、現在は一定の成果が得られている。中国とは今、関係が小康状態にある。9月には両国の政府高官が頻繁に接触し、王毅外相は「今後、日中関係においてより良いニュースを期待している」と関係改善の機運を感じさせた。韓国とも慰安婦問題を「最終かつ不可逆的に解決する」日韓合意を結んだ(現在は韓国世論の反発で合意の存続が危ぶまれているが)。
最大の懸案である北朝鮮の核・ミサイル開発こそ、相手国の態度の問題が大きい。また、事態がここまで悪化したのもオバマ政権が掲げた「戦略的忍耐」という名の無策が根底にある。北朝鮮にとっての本丸はあくまでアメリカであるため、日本が単独で事態を動かすことは極めて難しい。
今のところ、安倍は北朝鮮への圧力をとことん強めることでアメリカと歩調を合わせている。ただ、北朝鮮が経済制裁に屈したことはほとんどない(金正恩朝鮮労働党委員長からすれば、自身の求心力に関わる)。また、北朝鮮は筋金入りの制裁逃れのプロ。新たな制裁が課されても別の資金源を見つけ、国際社会とのイタチごっこが続いている。
圧力一辺倒では北朝鮮問題は動かない。軍事行動を取れば日韓に壊滅的な被害を招きかねない。問題を解決するには、最終的にはどこかの時点で交渉するしかない。
北朝鮮はロシアとの関係強化で制裁の影響を緩和しているとされる。であれば、トランプともプーチンとも一定の関係を築いている安倍が、北朝鮮に交渉復帰への「出口」を示すべく関係各国との調整に回るという新発想の外交も考えられる──だが、現状の安倍は「圧力」を連呼するにとどまっている。
中国の台頭に向き合うべく、安倍はインドとの関係を強化してきた(9月、日印首脳会談)[写真:ロイター/アフロ]
ただ、アジア外交全体を見れば、安倍は積極的な外交を展開してきた。東南アジア外交を重視し、経済関係の強化だけでなく中国の拡張路線を見据えて日本の外交的存在感をインドや東南アジアで高めた。また、アメリカの離脱によって行方が危ぶまれるTPPだが、通商面だけでなく、今後の中国と向き合う戦略性もあった。現在はアメリカ抜きで協議が進められ、当初思い描いた規模ではなくなったが、合意にこぎつけたのは粘り強い交渉を続けた当時の甘利明担当大臣が重要な役割を果たした。
中国の台頭とどう向き合うか──国際情勢の最重要テーマの一つであるこの命題に日本が能動的に外交を展開してきたことの戦略性は高く評価されるべきだろう。
ここは視点を少し変えて評価してみたい。
安全保障政策に胸を張る安倍。確かに、実績はある。その手法は国内から猛反発を受けたが、集団的自衛権の行使を可能にした安保法制の必要性は安倍政権に限らず、安全保障の専門家が20年近く訴え続けてきたものだ。「積極的平和主義」を打ち出し、地域の平和と安定に貢献していく姿勢を見せているのも国際的には評価されている。
しかし、いくら法整備を進めたところで、重要なのは運用だ。さらに、運用にあたる際の総理としての覚悟も問われる。この面で安倍にどこまでの覚悟があるかは微妙だ。
南スーダンのPKOに派遣した自衛隊の撤退では、安倍の本気度が問われることがあった。南スーダンについては後の日誌問題が注目されたが、「積極的平和主義」の観点から考えてみたい。南スーダンが内戦状態に陥っていたこと、そして自衛隊に殉職者が出ることをまだ受け入れることができない国内世論を考えると、撤退は一つの妥当な判断とは言える。
しかし、安倍は一人でも自衛隊に殉職者が出たら辞任する「覚悟」があると発言。これは見当違いの覚悟ではないか。そもそも派遣を継続したのは、自衛隊員の生命を一定の危険にさらしてでも国家として全うすべき国際貢献があると考えたからではないか。覚悟を持つとすれば、この点だろう。そうでなければ、日々覚悟をもって任務にあたっている自衛官に対して不誠実ではないか。仮に、不幸にも自衛官が殉職する事態が起きたとしても、最高司令官である総理大臣はその重い事実を背負い続け、職務を全うするのが筋ではないか。辞任して済む話ではない。積極的平和主義を掲げる安倍だが、結果的にはその本気度が問われる形での撤退となってしまった。
自衛官の命を危機にさらしてまで守るべき国益や国際社会への責務がある、という覚悟と誠実さを安倍はまだ示せていない。国際貢献において、日本には今も「日本だけよければいい」という「自国ファースト」のマインドセットが残っている。これは安倍自身の問題以上に、日本全体の問題だ。
集団的自衛権の行使を可能にした安保法制を実現した安倍だが……(写真:ロイター/アフロ)
安倍は外交の柱の一つに、「価値観外交」を掲げている。民主主義、基本的人権、法の支配といった価値観を旗印にした外交を展開すると宣言しているものの、中身を精査すると言行不一致と受け取られかねない側面もある。
たとえばフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が進める超法規的な麻薬撲滅戦争に対する姿勢だ。ドゥテルテ政権発足後4カ月の時点で、4000人もの麻薬犯罪の容疑者が法の手続きを得ずに街頭で残虐な手口で「処刑」された。アメリカ、 EU 、国連など国際社会は一斉に非難。超法規的なやり方を批判したオバマ前大統領は、ドゥテルテに「売春婦の息子」とののしられた。
「価値観外交」や「人間の安全保障」を掲げる安倍も続くか、と思われたが、ドゥテルテとの首脳会談でこの問題を大きく取り上げることはなかった。
ミャンマーのロヒンギャ問題でも同じだ。民族浄化と呼ぶに値する殺戮(さつりく)が行われているにもかかわらず、日本政府はこの問題を正面から捉えることなく、役人的な表現を繰り返している。
フィリピンにしろミャンマーにしろ、対中国政策において関係を重視したい状況はあるにせよ、価値観外交を掲げるのであれば原理原則を守る姿勢を示すべきだろう。
 ましてや国際社会において自由主義陣営の重要な一角を担う国の指導者としては、ここは極めて重要だ。都合のいい時だけ「価値観外交」を持ち出し、微妙な問題が発生した時にそれを引っ込めるようでは価値観外交も看板倒れになりかねない(もっとも、これを「現実主義」と呼ぶこともできなくはないが)。
安倍は近隣諸国との関係を改善、トップセールスも行って一定の実績を出し、安保法制によって日本の国際貢献力を高めるなど、歴代総理の中でもまれに見るレベルの実績を出している。
ただ、人権や安全保障面における国際貢献などの面で日本外交が伝統的に抱えてきたご都合主義のメンタリティを転換することはできていない。さらに TPPや日韓合意など、成果が危機にさらされているものもある。もっともこれらは相手国の事情や問題に端を発しており、安倍は与えられたカードをうまく切っていると言える。今後は「価値観外交」「積極的平和主義」といった理念をどこまで実践するか、本気度が問われる。
(デザイン:星野美緒、バナー写真:代表撮影/AP/アフロ、記事中見出し写真:代表撮影/AP/アフロ・AFP/アフロ・Newspix24/アフロ )