購入から自宅到着まで全工程が自動化

時は2036年──。10月の肌寒い夜、米国コロラド州イングルウッドに住むケイトリン(26)が仕事から帰宅すると、玄関に箱があった。3日前にネットで買ったスニーカーだ。ささやかな衝動買い(送料込みで29ドル)で、週末のランニングが楽しくなりそうだ。
彼女のもとに届いたスニーカーは、マスオンラインリテイル・ドットコムのレディース部門で販売された3812足のひとつ。7月に中国の工場で製造された。
赤紫色に鮮やかな黄色のアクセントが入ったデザインはどこにでもありそうだが、この郊外の家に届くまでの旅は、30年前の私たちには興味深い。
この30年でロジスティクスの現場から人間は消えて、機械とシステムが取り仕切っている。靴の製造も、少なくとも低価格帯では、かなり前からロボットの仕事になった。
スニーカーなどの消費者製品を製造し、販売し、輸送して、それを購入するプロセスに必要な人間は、消費者と、組み立てや修理を担当するロボットの監視役だけ。私たちが購入する日用品の多くは、消費者が実際に目にするまで人間の手が触れることはないまま、製造され、売買され、輸送される。
スニーカーは2036年7月5日に中国南部の工場を旅立ち、18週間後の10月26日にケイトリンの自宅に到着した。この1足を直接、目にして、手で触れた人間は、ケイトリンが初めてだ。彼女は思ったとおりの履き心地に満足している。
● 2017年
スニーカーの未来の旅をとおして、さまざまな技術が小売の世界をどのように作り替えるかを見ていこう。それほど遠い未来ではない。現代のツールやアイデアはすでに、オンラインの消費活動が多くの人間を必要としない──あるいはまったく必要としない──段階に到達しているかもしれない。

もちろん、これから紹介するシナリオが、すべて実現する保証はない。未知の障害が起こり、規制当局は自動運転車に興味を失うかもしれない。靴を販売する地元で3Dプリントするほうが安く済むようになれば、アジア諸国から利益率の低い製造工場がなくなるかもしれない。

とはいえ、輸送業界とロジスティクス業界は、新しい技術の可能性に積極的に投資している。すでに実現が近い「未来予想図」もある。

■ 2036年7月5日5時45分

貨物船が出航、行き先:カリフォルニア
中国・広東省東莞の工場で、ロボットが数百足のスニーカーを金属製のコンテナ詰めている。40フィート(12.2メートル)コンテナを使ったインターモーダル輸送(NP注:鉄道、トラック、船舶、航空機など複数の輸送手段にコンテナごと積み替えて運ぶ複合輸送サービス)は、今も国際貿易の主力だ。
スニーカーが詰まった赤錆色のコンテナは太平洋を渡り、カナダのバンクーバーを経由して、26日後にカリフォルニア州ロングビーチに到着する予定だ。
甲板には1万7422個の似たようなコンテナが、高さ9メートルまで積み重ねられている。おもちゃ、ダイニングチェア、ブックシェルフ型スピーカー。人間は1人も乗っていない──。
にぎやかな深圳の港を船が離れると、ドローンがほとんど音を立てずに北東方向へ飛び立った。航行中にコンテナの位置が3.5センチ以上ずれたら、各コンテナのタグが衛星に向けて信号を発信する。
一方、韓国の海上警備のオフィスでは、世界中を移動している約480万個のコンテナの位置をコンピュータで監視。私たちと旅する赤紫色のスニーカーを積んだコンテナも追跡されている。
輸送中のコンテナが6.5センチ以上、揺れることはめったにない。船の監視カメラが何らかの異常を感知すると、韓国からコンピュータが指令を出し、船内に待機していたドローンが飛び立って状況を確認する。
● 2017年
国際輸送の90%は海上輸送で、かつてないほど大きな船舶が投入されている。ほかの輸送手段に比べてコストが安いコンテナ船は、アメリカの小売業者とアジアの供給業者と鋼鉄製コンテナから成るエコシステムを支え、ほぼすべての商品を地球上のどこにでも安く運べるようになった。

海運業は、デジタルな未来へと急速に進化している。多くの船舶が遠隔操縦できるようになり、完全自動操縦も増えるだろうと、ロールス・ロイス・マリン・パワー・オペレーションズのオスカー・レバンダー副社長(イノベーション担当)は言う。

同社はこの変化を見据え、さまざまな技術を研究している。遠隔および自動操縦を推進する人々は、無人で運航できればコストが下がり、航行の最適化と安全もはるかに改善されると主張する。

フェリーやタグボートなど、特定の場所を移動する船舶はいち早く自動化が実現すると、ロールス・ロイスはみる。続いて沿岸の航行に、さらには公海を定期航行する船舶へと拡大するだろう。

船長の職場は船から岸に移り、レーダーやカメラ、センサーなどの高度な機器を駆使して船舶を操縦する。米軍のパイロットが米国内の基地から、大型の無人爆撃機を世界中で飛ばすようなものだ。人間の航海士が操縦するのは特定の場面だけというパターンも増えるだろう。

「入港の際や何か特別なことが起きたときは、海岸にいる船長が操縦するようになる」と、レバンダーは語る。いずれ、遠隔操縦と自動操縦を組み合わせる方法が主流になるという。

さらに、船が「賢く」進化するにつれて、業界の統合が進みそうだ。

海運会社が保有する船舶数は業界全体の平均は8隻だが、一部の超大手──A.P.モラー・マースク(デンマーク)、メディテラニアン・シッピング・カンパニー(スイス)、ハパックロイド(ドイツ)など──は数百隻を全世界に展開している。

遠隔操縦が増えれば、船舶を保有する企業の数は減るだろう。仕様が共通している大型の船舶を増やすことによって、操縦センターの資源を集中させやすくなるという規模の経済性が働くからだ。

2020年には遠隔操作の船舶が実用化され、「2030年には公海を当たり前に行き来しているだろう」と、ロールス・ロイスは予想する。

海運業界では、無人船舶に必要とされる信頼性を目指して通信網のテストを重ねるなど、準備が進んでいる。ロールス・ロイスはフィンランドで、陸上から船舶を操縦する施設の実験を行っている。「20年後には……完全に無人化されたコンテナ船が登場しているはずだ」と、レバンダーは言う。

■ 2036年8月3日4時47分

港で荷降ろし、行き先:港内の作業車
8月3日午前4時47分、曇り空の蒸し暑い朝、赤紫色のスニーカーを積んだコンテナ船は26日間の航海を終えてカリフォルニア州のロングビーチ港に到着した。
船は係留システムと通信しながら、コンテナターミナル内をゆっくり進む。停泊までの所要時間は約40分。船と貨物はセンサーで簡易の「デジタル検査」を受け、積荷を降ろしはじめた。
巨大なガントリークレーンを制御するプログラムは、すでに最も効率的な手順を判断している。コンテナの中身を確認して選別し、行き先を整理しながら、船から降ろして次のコンテナを積み込む順番を決めるのだ。
クレーンは広大な甲板に覆いかぶさるように前後左右に動き、40フィートコンテナを自動運転の作業車に移す。作業車が向かう中継地点では、貨車やトラックが待っている(赤紫色のスニーカーが入っているコンテナはこれから43時間トラックに揺られ、ロサンゼルスの東に位置するカリフォルニア州サンバーナディーノへと向かい、別の自動運転トラックに積み替えられてデンバーを目指す)。
少人数の技術者が交代で港内を巡回し、クレーンや作業車に問題が生じると対応する。タイヤ交換も彼らの仕事だ。赤紫色のスニーカーのコンテナは、途中で止まることもなく順調に処理されている。確認が必要な傷もない。スニーカーから30メートル以内に近づく人間は1人もいなかった。
● 2017年
ヨーロッパの港は、いち早く自動化に取り組んできた。海運業者や港湾当局者は1990年代から、クレーンが巨大化してソフトウエアが洗練されるのに伴い、コンテナの取り扱いの自動化が進むことを見抜いていた。

半世紀前にコンテナが登場して、サプライチェーンのコスト削減という最初の革命が起きた。それ以前は港湾労働者が主役で、大半の貨物は大きな鉤と筋肉で揚げ降ろしされた。その後、金属製のコンテナを効率的に取り扱うシステムが発達。アジアでもヨーロッパに続いて港の自動化が進んだ。

無人の港を結ぶ世界的なネットワークが誕生するのは、数十年先ではなく数年先の話だろう。

クレーンやコンテナ、ロボット、自動化ソフトウエアなど、必要な技術革新が進んでいる。深圳、上海、シンガポール、ロッテルダム、ロサンゼルスなど世界的な規模の港はどこも、自動化に多額の投資をしており、効率面でも環境対策としても導入範囲を広げようとしている。

ただし、港湾整備は費用も規模も膨大なうえ、数年おきに改良するケースも少なくない。投資額は世界貿易の状況にも縛られ、経済が低迷すればプロジェクトも減速しやすい。

2017年3月のある朝、ロングビーチ港のミドル・ハーバー・ターミナルで香港の海運大手OOCLのコンテナ船「OOCL TAIPEI」が荷降ろしをしていた。ここはアメリカでもとくに自動化が進んでいる港だ(技術的な自動化に関しては、ロッテルダムが世界最先端の港とされている)。

アジアから到着した約8000個のコンテナを見下ろすように、巨大なガントリークレーンがそびえ立つ。20トン以上あるコンテナを持ち上げて、所定の場所でぴたりと降ろす。

人間のオペレーターが監視しているが、基本的な動きはコンピュータ制御だ。ほかにもさまざまな機械が連携して、どのコンテナをトラックに載せ、どのコンテナを貨物列車に載せるかを仕分けしながら荷降ろしを進めている。
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Justin Bachman記者、翻訳:矢羽野薫、イラスト:Grandfailure/iStock、panimoni/iStock)
©2017 Bloomberg News
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.